06
[マサくん、明日の予定は大丈夫なの?]
マサくんにLIMEを送ると、すぐに返事が返ってくる。
[カズイは明日別の学校に行くんですけど、俺は今日で全部終わるので丸一日空いているんです]
[そうなんだ。観光とかはしないの?]
[リコさんと一緒ならそれもいいかもしれないですね]
「わたしと一緒
……そっか」
マサくんはわたしが答えを出すのを待っていて、もしかしたら、そのために明日の
時間を空けてくれているのかもしれない。
[行きたいところとかある? 知っている所なら案内できるよ]
[それなら、俺のわがまま聞いてくれますか?]
* * *
「
――本当にここで待ち合わせでよかったの?」
マサくんが行きたいと言っていたのは、わたしがアルバイトをしているカフェだった。
「もちろんです。リコさんお休みなのにバイト先に来るのは嫌かと思ったんですが
……」
「ううん、ちょうどシフトの確認もしたかったから大丈夫だよ」
待ち合わせより少し先についていたマサくんは、顔を上げると窓の外に視線を投げる。
「リコさんとこうやって待ち合わせするの、少し憧れていたんです」
「そんな
……おおげさだよ」
マサくんはカップのコーヒーを手に取ると「行きましょうか」と席を立つ。
ここでお茶するのかと思っていたわたしが面食らっていると
「リコさんの分は買ってありますから」
と、紙袋に入ったカフェオレを手渡してくれた。
「そんな、いいのに」
「いえ。今日はエスコートさせてください」
紙袋をありがたく受け取り、二人並んでカフェを後にする。
マサくんの希望は『いつも通りの休日を過ごして欲しい』というものだったので、昨日途中で切り上げたショッピングに付き合ってもらうことになったのだけど。
「
……あの、この間の返事
……しなくて大丈夫?」
あまりにもマサくんがいつも通りなので、わたしは思わず聞いてしまう。
するとマサくんは
「ええ。大丈夫です。今は」
と優しく微笑んで前を向く。
「それより、リコさんがいつもどう過ごしてるか教えてください」
「わたしの
……?」
「ええ。上京した後の過ごし方の参考にもなりますし、それに、好きな人のことはなんでも知りたいですから」
「ううっ
……」
いつもなら。
三人で過ごしている時なら「弟の前でねーちゃん口説くなって」とカズイがツッコミをいれているところだけど、今日は二人きり。
マサくんから投げられた好意はまっすぐにわたしに飛んできて、胸のあたりにすごいスピードでぶつかり、息が止まりそうになる。
上手な返事も思い浮かばずになんとかその気持ちを受け止めようとしていると
「いつもならここでカズイに止められるからなんだか気恥ずかしくなってきました」
とマサくんも困ったような笑みを浮かべた。
「そ、そう、だね
……?」
「
……やっぱり、リコさんも俺と二人きりだと調子狂っちゃいますか?」
要約すると『カズイと一緒じゃないとダメか』ということなのかなと思い、わたしはあわててそれを否定する。
「そうじゃないけど
……マサくんが直球すぎて、受け止めるのに時間がかかるかも」
素直にそう告げるとマサくんは嬉しそうに首を傾げた。
「よかったです。それなら、少しずつ慣れていきましょうね」
「うん
……?」
それって、もう付き合っているのでは? という気もしたけど「今は」その話をする時ではなかったはず。
マサくんは和やかに話しながらわたしの買い物に付き合ってくれていたけれど、わたしは彼の気持ちが気になってしまい、なかなか集中できずにいた。
「そろそろお昼にしよっか。付き合ってもらったしご馳走するよ」
「あ、それなんですけど、実は行きたい店があるんです」
マサくんの提案でショッピングモールを出て、少しオシャレなカフェに向かう。
彼いわく、そこのスイーツをテレビで見て興味があったものの一人で行く勇気がなく、カズイに話してもあまり興味を持ってもらえなかったらしい。
「そういうことなら任せて」
カフェでバイトしている身としても、そんなお店ならぜひ行ってみたい。
それに、その店が美味しかったらクミちゃんやユキねぇにも教えてあげたいと思い、わたしは二つ返事でOKした。
「リコさんならそう言ってくれると思ってました」
マサくんは整った顔をくしゃっとさせて嬉しそうに笑った。
* * *
マサくんに案内されたのは、いわゆる古民家を改造した落ち着いた雰囲気の『隠れ家的カフェ』だった。
「もともとは小説家の方の家だったそうですよ」
広いテラスの席に着くと、マサくんがメニューを手渡しながらそう言った。
「へぇ
……だから中に本がたくさんあったのかな? 素敵だね」
室内の棚に沢山飾られていた本や小瓶はもともとあったのか、それともインテリアとして置いたのかわからないけど、この店の雰囲気にとても合っていると話す。
マサくんはこの店で一番人気のパンケーキを食べたいと言っていたので、わたしは別の物を頼んだ方がいいかなとメニューをじっくり読んでいると
「よかったら、パンケーキはシェアしませんか?」
と提案される。
そういえば三人でご飯を食べに行ったときもデザートをそれぞれシェアしていたね、なんて話しながら食べたパンケーキは聞いていた以上にボリュームたっぷりで一人ではとても食べきれそうにない大きさだった。
「一つずつ頼んでいたら大変でしたね」
「ほんとだね。マサくんに声かけてもらってよかった」
想像以上に大きいパンケーキだったけど、口の中に入れた途端ふわっと溶け、あっという間に口の中から消えていってしまう。
「この先も、こうやってあなたと色んなものを分け合えたらいいんですけど」
マサくんがパンケーキを切りながらそう呟くので、わたしはあわててフォークを机の上に置く。
「そのこと、なんだけどね」
「あ、待ってください。まずは俺に謝らせてください」
マサくんはナイフとフォークをお皿の上に乗せると、背筋をスッと伸ばしてわたしをまっすぐに見つめてきた。
「あの時はすいませんでした。いきなり言い逃げしたみたいなことをしてしまって」
マサくんはそう言うと深々と頭を下げる。
「カズイにあのあと怒られたんです。
勝手なことするなって」
「ううん、わたしのほうこそしばらく返事もしないままで
……ごめんね」
男性として意識していなかったわけではないと今更伝えても、それはただの言い訳になってしまうだろう。
「マサくんみたいな人が彼氏だったら素敵だろうなって思ってたけど、マサくんはカズイの友達だったから
……」
「弟の友達と恋してはいけないって決まりはないですよ」
「
……そうだよね、でも」
「俺、カズイにはずっと前から伝えていたんです。リコさんが好きで、リコさんさえよければ付き合いたいって。その度に『人のねーちゃん口説こうとすんな』って笑われていたんですけどね」
マサくんはテラスの向こうに見えるビル群を捉え、一点をじっと見つめる。
わたしもその方向に目をやると、カズイが行くと言っていた大学の名称がビルの上部に大きく浮かんでいた。
「
……このままの関係でもいいって、お互い逃げていたのかもしれません。それくらい、あなたとカズイと三人でいる時間はとても心地良いものだったから」
いつまでも三人でいられたらいい。
そう思っていたわたしはマサくんの気持ちが痛いほどわかる。
「それならどうして
……」
「焦ったんだと思います。こっちに来てあなたはどんどん綺麗になっていくし、俺たち以外の誰かと過ごしたり、時間や思い出を重ねていく。一年待てばまたそばに行けるとわかっていても、『弟の友達』でしかない自分がもどかしかった」
マサくんは視線を戻すと、もう一度居住まいを正してわたしのほうを向いた。
「俺に返事をくれたってことは、期待してもいいんでしょうか。それとも、丁寧に断るために時間を割いてくれたんでしょうか」
「そんなこと
……」
「じゃあ、改めて俺はリコさんに好きだと伝えても良いんですか? 弟(カズイ)の親友(ともだち)ではなく、あなたの恋人として一番近くにいたいって告白させてもらえますか?」
「マサくん
……その言い方、なんかズルいよ」
「ズルくても情けないと思われても、この機会を逃したくないんです」
いつも穏やかで冷静なマサくんとは思えないほどの熱意にわたしの顔が熱くなる。
マサくんは小さく息を吸うと、優しい声でこう告げた。
「返事
……聞かせてください。あなたは、俺を選んでくれますか?」
「わたし
……マサくんのこと、好きだと思う。前にマサくんに気になる子がいるって聞いたときマサくんに想われる子が羨ましくて
……それで、もしかしたらマサくんのことが好きなのかなって」
「あれ、リコさんのことだったんですよ。試すような真似をしてしまってすみません」
「え
……そうだったの?」
マサくんははー、と大きく息を吐く。
「意識して欲しくて、かなりアプローチしたつもりだったんです。でもあなたは素直に応援してくれて
……カズイにも「遠回しなコトしてんのな」って言われました」
「うう
……ごめんね? でもわたしを信じて相談してくれてるからちゃんとアドバイスしなきゃって思って
……」
「いえ、リコさんが一生懸命話を聞いてくれるのでそういう所も含めて好きだとあの時気付かされました」
マサくんのまっすぐすぎる愛情表現に、いちいち衝撃を受けてフリーズしてしまう。
「マサくんあのね、ちょっと恥ずかしい
……」
素直に告げるとマサくんは口元を緩めて笑う。
「すいません。ずっと我慢してたから言うなら今しかないと思って」
ずっと、という言葉に、マサくんはどれだけ我慢してくれていたのだろうと考える。
でも、いつからわたしのことが好き? なんて尋ねたら自分の首を絞めてしまうだろう。
「
……えっと、それなら遠慮しないで言いたいことは言ってくれていいんだけど
……」
「ありがとうございます。そういう優しい所も好きです」
「うっ」
「俺、リコさんのこと本当に好きなんですよ」
「えっと、あのね」
「そうやってうろたえるリコさんも可愛いです」
「もうっ、マサくん!」
わたしが耐えきれなくなって声を荒げると、マサくんは珍しく声を上げて笑い出す。
「あはは、すみません。さすがに困らせちゃいましたね」
「そうだよ
……もう」
「ごめんなさい。俺、浮かれてるんです。これから、春からは恋人としてあなたの隣にいられるって思っただけで、叫びだしたいくらい嬉しくて」
「マサくん
……」
マサくんの嬉しそうな顔。
わたしはふと、その頬がほんのり紅く染まっていることに気付く。
「急かしてしまったけど、あなたの気持ちが聞けて良かったです。本当に
……俺を選んでくれてありがとうございます」
「ううん、わたしの方こそ
……気付くのも、ちゃんと返事するのも遅くてごめんね」
マサくんは首を横に振ると「いいんです」と微笑む。
「これからは全部伝えていくつもりです。遠回しなことをして待たせたり、気付くのを待っているのは勿体ないってわかりましたから」
マサくんはわたしの手を取ると、うやうやしく持ち上げて指先にそっと唇を寄せた。
「よろしくお願いしますね、リコさん」
カキウチ HAPPYEND
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