02
「ねーちゃん、あんなこと言ってたけど俺と住んだら男とか連れ込めないじゃん。大丈夫かよ」
夕食後、カズイはスマホをいじりながらそんなことを言ってくる。
「わたしはそんなことしません。そんなこと言うなんて、カズイは嫌だった?」
「そういうわけじゃねーけど」
カズイはそれ以上何も言わず、スマホを両手で操作しはじめる。
「
……もしかして、マサくんと一緒に住む約束とかしてた? それならそれでも」
「いや、マサはとひとり暮らしするって前から決めてた」
「そうなんだ
……じゃあ、カズイもひとり暮らししたいと思ってる?」
「別に」
吐き捨てるように言うとソファの反対側から勢いよく立ちあがる。
その反動でスプリングがきしみ、バランスを崩しそうになったわたしにカズイは
「
――俺だって、ねーちゃんと一緒に住むのが最適解だってわかってるよ」
と、複雑そうな顔で言った。
* * *
[リコさんと一緒に住む話、初めて聞いたよ]
マサからのメッセージはとても簡潔で、とても鋭い棘のようだった。
[俺も初めて聞いたし、考えてなかった]
少し悩んだが、素直に返事を打ち返すしてからチラリと横目で
義姉を見る。
化粧が変わったのか、それとも環境が変えたのか、前よりももっと綺麗になったような気がしてなぜか気分が苛立つ。
それなのに、こっちの様子に気付くことなく
「マサくんと3人でシェアハウスとかも楽しそうだね」
とかテレビを見ながらのんきに問いかけてくるので、そのユルさに呆れてしまう。
「
……そんな簡単にはいかねーだろ」
「そっかぁ。でも、ご近所にはなれるといいね」
「まーな」
答えた所で手の中のスマホがまた震えたので視線を戻す。
[よかったね、カズイ😊]
とご丁寧に絵文字までつけて送られてくる。
(ちっともよくねーし
……)
だってそれは、あくまで
義弟としてなのだから。
正直に返したい気もするが
恋敵に伝えたところで状況は変わらないと思ったので
[まーとりあえずオープンキャンパスは一緒に行こーぜ]
それとなくはぐらかすように返事をしてから画面を閉じた。
* * *
「カズイ、ちょっといい?」
ノックをしながら声をかけると、「んー」と短く返事がする。
わたしはカズイの部屋に入ると、以前に来た時と変わっていない様子に少し安心してしまう。
「勉強してた?」
「いや、息抜き。なんかあった?」
ベッドに寝転がっていたカズイは起き上がるとのそのそと学習机の椅子に腰掛ける。
「んーん、明日向こうに戻るからちょっと話しようかなって思って」
「へぇ、もしかして寂しくなったとか?」
カズイはイタズラっぽく笑う。
「そうかも。ひとり暮らしだとちょっとした事を話せる相手がいないもんね。まさに“咳をしてもひとり"って感じ」
「なんだよそれ」
「正岡子規だけど
……えっ受験大丈夫?」
「
……俺は理系だからいーんだよ」
他愛のないやりとりに顔を見合わせ、思わず吹き出してしまう。
こうして軽口を叩き合うことも実家にいる時しかできないと思うと、カズイの言った通り、名残惜しいのかもしれない。
「頑張ってね。わからないことがあったらおねえちゃんに相談してもいいんだよ」
「まー気持ちだけ受け取っとく」
「あっ、その顔信用してない。勉強はともかく、上京してからの事とかはこれでも詳しくなったんだからね」
生活する為に必要な知識はこの半年でだいぶついたはずだし、一年前のわたしは親元を離れて生活する不安で一杯だったから、カズイも同じ不安を抱えていたならきっと役には立てるはず。
そう思っていたわたしにカズイは意外な言葉を投げかけてきた。
「じゃあさ、ねーちゃんはマサのことどう思ってる?」
「マサくん? どうって
……優しくて頭も良くて完璧超人と言われているマサくんがカズイと親友でいてくれてよかったなぁっていつも思ってるけど」
高校では生徒会長を立派に務め上げたらしいし、自分の受験で忙しいはずなのに、わたしがこっちに戻って来る時はいつも一緒に遊んでくれる。
弟は本当にいい友達を持ったと心から思っている。
「そうじゃなくて、一人の男として」
「男として
……? うーん
……でも、どうして?」
「いや、べつに」
「? 変なカズイ」
カズイ(おとうと)の友達なんだからマサくんだって弟みたいなものだと思っていたけど、それは何となく口にするのがはばかられて、わたしはそれ以上何も言わなかったし、カズイもそれ以上は何も聞いてこなかった。
「
……明日、昼過ぎに向こうに戻るよ」
「わかった。ヘンな奴の家に行ったりすんなよ。駅まで付いてってやろうか?」
「もうっ、子供じゃないんだからそんなことしません! 駅までだって一人で行けるよ」
へへへ、と意地悪に笑うカズイのおでこをかるくつんとつついて怒っていることをアピールするけどカズイはまったくひるまない。
「まー気を付けて」
「うん。また連絡するよ」
軽く視線が交わるとふっとカズイが微笑む。
それだけで通じ合う、という訳ではないけど昔からこうしているせいか、お互いに安心できる空気がそこに流れる様な気がする。
「それじゃあ、おやすみー」
「んー」
子供のころから変わらない懐かしい時間を過ごしたわたしは、胸の中に暖かいものが満たされたような気持ちでカズイの部屋を後にする。
「
――子供じゃないから言ってるんだっつーの」
残されたカズイがそう呟いていた事には、まったく気づいていなかった。
次の日。
用事があるというカズイを学校に送って少し経ってから私も駅に向かおうとすると、マサくんから直接LIMEが届いた。
[良かったら駅までご一緒しませんか?]
マサくんは予備校の授業がなくなってしまったとかで時間を持て余しているらしく
[まだ家にいるのですが、カズイの代わりに荷物持ちくらいはできますよ(笑)]
と提案されたのでありがたくお願いすることにした。
「急にすいません。カズイが見送りいけないって言っていたのを思い出したので」
家まで迎えに来てくれたマサくんは穏やかにそう言って笑う。
「荷物って言ってもそんなにないんだけどね」
私が持ってきた少しの衣類、お義母さんが用意してくれた食料品や雑貨が入った袋とそれから大きなペンペンのぬいぐるみ。マサくんはそれらが入ったバッグを軽々と背負ってくれるので、頼もしいなぁと思わず呟いてしまうと
「もう高校生ですからね。というか、リコさんにとっての俺たちってどんな印象なんですか」
と逆に笑われてしまった。
「そうなんだよねぇ
……どうしても、カズイと二人でくっつきながらゲームしてる時のイメージが強くて
……」
仲良しだなぁ、とほほえましく見ていたら「ねーちゃんも遊ぼうぜ」と呼ばれて中に入るようになり、気が付けば3人で遊ぶ回数が増えていて。
「すっかり大きくなっちゃったよね、マサくんもカズイも」
「あ、やっぱりそういう印象なんですね」
苦笑するマサくんはあれからだいぶ大人びたとは思うけど、それでも笑顔や会話の端々にあの頃の名残がある。
「でも、あの頃から大きな荷物も持ってくれるしマサくんはずっと優しいよね。
時々どっちが年上か時々わからなくなっちゃう時はあるよ」
いつの間にかわたしより頭一つ分大きくなった彼を見上げると、マサくんは穏やかな笑みを浮かべてわたしの方を見る。
「それは、相手がリコさんだからですよ」
「えぇ、わたしってもしかして頼りない
……? でもカズイも時々似たようなこと言うんだよね。自分ではしっかりしているつもりなんだけど」
マサくんはそう言うとぴたりと足を止めてわたしの方をじっと見てくる。
何かあったのかと思って私も同じように足を止めて向き合うと、マサくんは泣きそうな、困ったような顔で微笑んでこう言った。
「
――俺、リコさんにひとつ、お願いしたいことがあるんです」
* * *
「俺を意識してください」
マサくんの“お願い”はその一言だった。駅のホームで別れ際にそんなことを言われるとは思ってもいなかったので、わたしは自分でどう返事をしたかまったく記憶にない。
「それだけ伝えたかったんです。それじゃあ」
閉じていく扉の向こうで言葉を失っているわたしに深々と頭を下げると、いつものように穏やかな笑みでひらひらと手を振ってくれた。
思わずわたしも振り返してしまったけれど、それが正しい行動だったのかすらも今はわからなくなっている。
わからないまま電車に揺られ、わからないまま乗り換えて地元駅につき、わからないまま家に到着して荷物の整理もほどほどに、「マサくんは何が言いたかったんだろう」と頭を抱えていたので、カズイからの着信音に飛び上がるほど驚いてしまった。
「家着いたら連絡しろってかーちゃん言ってただろ? 何時間かかってんだよ」
電話の向こうには明らかに不機嫌なカズイ。
「あれ、わたし
……ごめん、片付けに手間取ってて」
「LIME何度送ったと思ってんだよ、あんま心配させんなっての」
「そんなに
……?」
慌ててスマホを耳から話してみると、LIMEの通知欄は見おぼえないような数字が表示されていた。
「ごめん、なんか
……ボーっとしてたかも」
「ボーっとしてるのは前からだけどさ、連絡はちゃんとしてくれよ」
ホッとしたのか、カズイは電話の奥にいるであろうお義母さんに「ねーちゃんもう着いてるってさ!」と声を上げた。
「しっかりしなきゃなぁ」
小さく息を吐くと、カズイは受話器の向こうで息をのむ音が聞こえる。
「
……なんかあった?」
声を潜めるようにして尋ねられたので、わたしはマサくんの話をかいつまんで話すことにした。
「
――意識してくださいって、どういう意味なのかなぁって」
「どーもこーも、そのままの意味だろ。マサのやつ
……」
「でもさ、わたし今までマサくんをないがしろにしたりしてないよね? ちゃんと3人で遊ぶときもカズイだけひいきしたりしてないし」
「アイツ、もうすぐ受験だし焦ってんだろーな」
「受験? でも、オープンキャンパスはカズイと来るっていってたじゃない」
「いや、こっちの話」
「えっと、カズイは意味が分かってるってこと?」
かみ合わない会話に困り果てていると、カズイはイライラしたように「まーな」と
吐き捨てた。
「意味わかってるし、それを俺に内緒で言ったマサにも、なんも考えずに俺に相談してくるねーちゃんにもイラついてる。意識しろってマサは言ったんだろ? だったら意識してやりゃいーじゃん」
「マサくんを意識する
……?」
「男として! 俺(おとうと)の友達じゃなくて一人の男としてってコトだろ!? 」
「ひとりの、男の子
……」
「そーだよ。わかんなきゃわかるまで考えろ。俺がそれにムカついてることも含めてな」最後の方は苦しそうにそう言ってカズイは電話を切ってしまった。
マサくんだけじゃなくカズイまでわたしのわからない所にいるようで、わたしはなぜか泣きそうな気持ちになる。
「
……泣いてる場合じゃない。ちゃんと考えなきゃ、ちゃんと」
意識して欲しいと言ったマサくん。
それを相談したことを怒っているカズイ。
この問題に決着をつけないと、もしかしたらマサくんとカズイの間も険悪になってしまうかもしれないし、それはわたしも望んでいない。
わたしは
……
●「マサくんの言ってたことを理解したい」……4≫ へ
●「カズイと仲直りしなきゃ」……11≫ へ
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