02
「なあ、さっきミヤアツと何話してたん?」
「
……えっ?」
悪意のない、いい意味での好奇心と興味本位を隠さずに一緒にいた友人たちに話題を振られ、さっきまでの回想から現実に引き戻された。特に何も、と返したもののアイツほんま喧しなあ、ちゅうか授業中堂々と寝すぎやろ、などと話題は尽きることがない。良くも悪くも話題になる人やなあ、と少し失礼な感想を抱いてしまう。
「なんも悪さされんかった?」
「悪さて
……教科書どうも、とかそれくらいやで」
「アイツ人にお礼言えたんやな!」
槍でも降るんちゃう?とそう宣った友人は見るに過去に何か小さないざこざがあったようで、窓際でバレー部の面々と何やら盛り上がっている宮くんに辟易とした視線を向ける。何があったかは聞かん方がええなと思いつつ、どうやらあの時の始終を見ていたわけではないようで内心胸をなで下ろした。
何となくあのやり取りをした瞬間は誰にも内緒にしておきたかった。陽に透けた金色とかやわくなった眼差しとか、もしかしたらこの教室中の誰も知らない、自分だけが見つけた宝物のような、どこか柔くて儚い大切なもののような気がして大切にしまっておきたいとどうしてか思ってしまった。
❖
「
真嶋さんは、何しとる人なん?」
予鈴が鳴って各々自分の席に戻り次の授業の準備をしていると宮くんが声をかけてきた。何しとる、とはどういうことか。言葉足りなすぎひん?宮くんのあまりにざっくりとした問いかけに、喉の奥まで出かかったツッコミをすんでのところでこらえたのは誰かほめてほしいと思いながらその疑問に答えた。
「何
……て、普通の高校生やと思うけど」
「なんかでかい大会とか出とるって」
角名が言うとった、何やすごい人なんやろ?とほんの少し
――いやだいぶ、好奇心とほんの少しの、ついさっきようやくまともに話をした相手だけれどそれでも、何となく感じ取ってしまう皮肉を隠さない何かを試すような視線を向けながらそう言った。
そこまで話したなら全部話してくれたらええのになあ、と昨年同じクラスだったその人の顔を思い出しながら観念してその本当に興味があるのか読めない視線に答えた。
「すごいかどうかはわからへんけど
……スケート」
「
……スケート」
「うん、そう」
はぁ、とかへぇ、とかいまいちピンとこない顔で宮くんが気の抜けた声を出す。それはこれまでも同じようなよくある反応やったからまあそうなるよな、と思う。それ以上の追及はなさそうなので、と前を向きなおそうとしたら前の
――宮くんの斜め前に座る川野くんが割って声をかけてきた。
「
真嶋、あれやん世界選手権やっけ?出たんやろ?」
「は
……?世界
……?」
「ちょっ、川野くん違う!宮くんそれちゃうからほんまに!」
ほんますごいねん、五輪も出んで!とひとり盛り上がる川野くんに、なんてことを言い出すのかと慌ててしまった。それはさすがに言いすぎやと思う。興奮冷めやらぬ川野くんを尻目に目を丸くする宮くんは信じられないという顔をしていた。
その顔にそうやろな、と再び思うと同時に少しくやしいと思う。川野くんのそれはだいぶ膨張している気がするけれど、どれでも昨シーズンは我ながら頑張った自信はあった。さすがに自分めっちゃすごいって自画自賛したし。でも知らない人はそんなこと知るわけもないから、宮くんの反応は当たり前のものだ。けれど。
そうだけれど、そうじゃない。宮くんには知らないままでいてほしくない。訂正はしなければならないと、あのね、と切り出したところでタイムアウト。先生が来て次の授業が始まってしまった。
話が途中になったせいか、何か言いたげな視線がこちらに向けられるものの何も言ってこないのは前の授業中の反省をしているからなのか。でもあからさまなそれは居心地のいいものではないのも事実だ。とはいえこちらから声をかける訳にもいかないしどうしたものかとぼんやりと思う。
自分のしていることが世間一般から見れば物珍しいのだろうということは自覚していたし、これまでも話題に上がれば一時ではあるが好奇の目を向けられることも最近はもう慣れた。何ならそれがきっかけで少しでも広く知られるようになればいいな、と思っていたりもするけれど。何を、どう話したらこの人は腑に落ちるんだろう。そんなことを思いながら、宮くんに気付かれないように小さく息を吐いた。
何とも居心地のよくない授業時間がやっと終わった、と肩の力を抜いたその瞬間、なあ、と、その一瞬だけ忘れていた居心地の悪さの元凶が待ってましたとばかりに声をかけてきて思わず身を竦める。
「な、なに?」
「さっきの、何がちゃうのかて思て」
「何が
……あ
……!」
そう。そうだけれど、そうじゃない。どうしてかこの人にはちゃんと伝えなけれならないと、そんな気がしたから。何となく姿勢を正して、もう一度あのね、と意を決して言葉を返すと、おん、と同じく背を伸ばして小さく答えてくれた。
❖
「いやそれ、結局違くないんとちゃうか?
……よな?」
「全然ちゃうよ
……!」
「要は、カテゴリー?がちゃうだけってことやろ?」
「まあ
……それは、そう、やけど」
「ならやっぱちゃうくないやん」
すごいもんはすごいでええやん、すごいんちゃう?とあまりにあっけらかんと言うものだから素直にありがとう、と言葉が出てきた。たぶん、理由とかなんとかはつけずに、ただの本心で本当に単純にすごい、と言ってくれているんやろうとその顔を見て思う。
またひとつ、知らなかった顔を知る。今日、はじめてちゃんと話をしたばかりだけれど、どうしてかそれがなんだかくすぐったくてうれしい。さっき感じた、宝物のような何かが少しずつ増えていくような気がした。
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