ゆの
2024-07-13 16:43:51
57084文字
Public あつむとあの子
 
639508

かけらの紡ぎ

あつむとあの子の本編連載 (サイト掲載:2023/08/19~2025/3/23完結)
隣の席の宮くんとゆっくり進む両片思いの話。サイト掲載済。
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4/4 17~21話(17~21ページ目)UP !完結



17


「何、顔死んどるやんけ」
……えっ」
「この世の終わりみたいな顔しとるやん」

 奇しくもこの間の席替えで久しぶりにまた隣になった宮くんが、朝の挨拶もそこそこにどないしてんと言いながらケラケラと笑いながら席に着いた。グランプリも二戦無事に終わってあっという間に冬休み間近。約ひと月空いて今度は正念場の全日本選手権がもう目の前だ。そんなひどい顔しとったんやろかと思わず頬に手をやるとなんかあったん? と宮くんが顔をのぞき込んできた。

「あー……たぶん、緊張しとる」
「は? なんで」
「明日、試合行くんやけど……
「え、そうなん?」

 緊張、きんちょう……と宮くんが不思議そうに首を傾げて繰り返す。その顔を見ながら宮くんは緊張とかしなさそうやもんなあなんて思っていたら、なんか失礼なこと考えとるやろと言いながらわしゃわしゃと頭を撫でてきた。

「緊張なんかすることないやん」
「それはそうなんやけど……
「またなんかあかんくなっとるん?」
「あかんくはないかな」
「ならいつもどおり行くだけやろ」

 きばれや、と何故かちょっとだけふんぞり返って言うから笑ってしまった。そして、自分が思った以上に緊張していることに気付いてしまった。緊張してる自覚も無かったのは初めてかもしれない。初めて出るわけやないのに、こんなんで大丈夫かな。
 そのことに気付いた瞬間、急に不安が押し寄せてきて息が苦しくなって、なんだかみんなの声が遠くなった気がする。急にひとりだけ誰もいないところに放り出されてしまったみたいやな、なんてことを思いながらさざめく教室の風景を眺める。確かにここにいるのに、自分だけがそこにいないような感覚に、ほんの少し前にきばれやと励ましてもらった言葉もそのさざめきでかき消されてしまったような気がして、いてもたってもいられず縋るように自分の手を祈るように握りしめた。



 どこかふわふわとしたまま時間が過ぎていった。休み時間のたびにあやちゃんたちにも顔やばいで、と言われてそのたびにごまかすように笑って返していたけれどちゃんと笑えていただろうか。その様子を聞いていただろう宮くんは朝話して以来何も言ってはこなかった。
 ホームルームが終わってのろのろと帰りの準備をする。このあと学校を出たらいよいよ決戦の場に向かうんやなと気合を入れた……つもりだったけれど、それが失敗だった。自分で自分にプレッシャーをかける結果になって、朝の息苦しい感じがもっと大きくなってぶり返してきしまった。息が上手く吸えない気がする。うわ、やばい。どうしよ。こんなん初めてや。

「ちょっとあかり、だいじょぶ?」
……たぶん」
「到底大丈夫って顔やないんよねぇ」

 ほらリラックス、と朝から気にしてくれていたあやちゃんにほっぺたをむぎゅっとされる。人肌を感じて無意識に身体中に力が入っていたのが少し抜けた気がして人心地ついて大きく息を吐いた。
 ていうかあいつ人の心無いんか? と気付けばもぬけの殻な隣の席を見てあやちゃんがため息をつく。全然気付かなかったけれど、私がぼんやりとしている間にいつのまにか宮くんはもう教室を出て行ったらしい。宮くんも春高が近くなっているし忙しいんやろな。早よバレーしたいというその気持ちは痛いほどわかる。

「バレー部も……宮くんも忙しいやん」
「そうやけどもさぁ、明日からって話したんやろ?」
「話はしたけど、でもそれだけやんか」

 でもさぁ……と不満げにぼやくあやちゃんの顔を見て何故だか笑ってしまった。自分で言った〝それだけ〟という宮くんとの関係を表した言葉にも。どれだけ教室や電話で話をしても、メッセージのやり取りを交わしても、頑張れと背中を押してもらっても私と宮くんはただの友達。あるいはクラスメイトだ。私が一方的に片思いしているだけの。
 それだけて、とあやちゃんが吐き出すようにつぶやく。それにうん、と返せば少し険しい顔をして少しの間無言のまま見つめてきて、そしてあのさ、と口を開いた。

「今からたぶんあかりが今言われたないやろなってこと言うんやけどさぁ」
……なに?」
「なんで、そんな自分の気持ちにセーブかけるん?」
「えっ?」
「いっつも疑問やってん」

 あかりも色々忙しいとは思うけどもさ、もっと好きって気持ちぶつけてもええんちゃう? とあやちゃんが困ったような顔をする。あかりがそうやってあんまり抑えてたらあいつもどうしたらええか分からんくなるんちゃうかな、とそこまで言って立ち上がる。バイトやから行くな。なんかしんどかったら連絡してな、応援しとる。そう言って教室を出て行った。
 好きを抑えてるつもりはなかったけれど、面と向かって言われてそうやったんかなとこれまでのことを振り返ってやっぱりそうなのかもしれないと思う。今となってはもうこんなにも宮くんが好きだとはっきりと言えるのに、あと一歩のところで踏み止まっていた。
 例えば、電話で話をしている時。夜道を二人で並んで歩いた時。それ以外にもきっと好きだと思ったその気持ちを表す機会はあったはずだ。宮くんも同じ気持ちなのでは、とは思わないけれど、それでも私がもう少しだけ自分の気持ちに素直になれていたら、今こうしてうじうじと思い悩むことも無かったかもしれない。今さら気付くなんて遅すぎる。けれど今このタイミングで気付けてよかったのかもしれない。
 試合の緊張とは別のところで気が抜けて机に突っ伏すと体温が戻った頬に机の面が触れて冷やりとする。それが気持ちを落ち着かせてくれる気がした。気付くと教室には人がほとんどいなくて、いつもより静かだった。私ももう行かな。そう思って身体を起こして立ち上がろうとしたら、急に騒がしい声が飛び込んできた。

……っおった!」
「なに、え、宮くん……?」
「もう帰ったかと思ってん、よかったわ」

 ずんずんと教室の中に入ってきた宮くんにどうしたん、と疑問をぶつける前にほれ、と何かを差し出してきた。何かを確認する前に反射で受け取ったそれはコンビニの袋。それと宮くんの顔を交互に見ていたら選別や、と言ってふいと顔をそらした。ええのかな、と袋の中を見てみると色とりどりの飴やらグミやらがたくさん入っていた。カラフルな中身に思わずわあ、と声が出る。

「そんなんあったら緊張もちょっとはほぐれるやろ」
「うん……これ、わざわざ買うてきてくれたん?」
「まあ、ちょっと時間あったしな」
「そっか、ありがとう」

 思わぬ出来事に顔が緩むのがわかった。気にしてくれてたんかな。よくよく見るとちょっとだけ髪が乱れていて息こそ切らしてはいないけれど、頬がほんのり赤い。時間があるとは言ったけれどきっとそうじゃないはずだ。その証拠に、今の宮くんはまだ着替えもせず制服のままだ。

「大事に食べるね、ほんまありがとう」
「それ食ってきばってこいや」
「うん、頑張る」

 下まで一緒に行こ、と揃って教室を出る。試合どこでやるん、とか次会うん始業式やなとか、そんな他愛のない話をしながら昇降口まで歩く。
 今、ここでちょっとだけ素直になって、欲張ってもいいかな、とそんなことが頭をよぎる。今言うべきではないし、ストレートに好きという勇気もまだないけれど。もし受け入れてくれたら次はちゃんと好きだと言えるように。そんなことを考えながら宮くんを呼んだ声は思った以上に小さくなってしまって、それでもちゃんとその呼びかけを拾ってくれたことが嬉しいと思った。

「あのね、手ぇ握ってほしくて……
……は?」
「ちゃうの、あの、握手とかで、なんかパワーもらえそうやなって!」
……ええけど」

 ん、と差し出してくれた手のひらに自分の手をそっと重ねる。その瞬間ぎゅっと握られたその手は自分のよりもずっと大きくて体温が高くて、本当に頑張れそうなパワーが流れてくるみたいだった。

「てかおま、手ぇ冷た?!」
「え、そう? ごめん……
「ええけど! いやあかんわ! あったかくせなあかんやろが!」
「いや大丈夫やか、ら……っ!」

 なんでこんななっとんねん、と言いながら呆れた顔をした宮くんにもう片方の手も取られる。両手で包まれるみたいに握られて感じる手の熱さと恥ずかしさで、そこから全身に熱が回るみたいに熱い。夏休みのあの日の、あるいはけんかをした後の帰り道の時のような、いやそれ以上のキャパオーバー。教室と違って昇降口はまだそれなりに人がいて、側を通りかかる人たちの視線が痛い。そんなことはおくびにも出さずどや、と言いながら握ったままの手をさする。

「もう大丈夫。ありがとね」
「元気出たん?」
「うん、めっちゃ出た」
……ならええわ」

 これで失敗なんかしたら許さんからな、と真剣な顔で見つめられる。離される気配がない握られたままの手をゆるく握り返して大丈夫、と返してようやく離される。そろそろ宮くんも練習に向かわなければならないだろうと声をかけようとすると、宮くんは自分の手をまじまじと見つめていた。

「どうしたん……もしかして冷えてもうた?」
「あ、や……なんでもない、大丈夫や」
「そう……? 部活始まるのにありがと、私も行くね」
「おう、がんばれ」

 じゃあ、と宮くんは体育館へ、私は校門へ。それぞれ歩き出して思い出す。応援してもらってばかりでは申し訳ないから。たぶん本当に始業式まで会えないはずだからと振り返って声をかけた。

「宮くん、宮くんも! 春高頑張ってな!」
……っ、当たり前や!」

 振り返った宮くんが見とけよ! と挑戦的な顔で笑いながらそう言って背を向けて走って行った。その背が廊下の向こうの角を曲がるまで見送ってようやく私も再び校門に向かう。
 外はすっかり冬の空気で、かさかさと落ち葉をさらう風が体温を奪うように冷たくて思わず肩を竦める。それでもさっき握られた手だけはずっと熱を帯びていて、冷える気配がひとつもなくてそれが心強い。今ならなんでも出来そう。さっきまでのあほみたいな緊張はまるでその熱に溶かされたみたいにすっかりどこかへ消えてしまった。 ——がんばろう。そう小さく呟いてその熱のこもった手を握りしめた。