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ななき
2024-04-14 01:18:50
10701文字
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吸死
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紫煙で測る距離
(ドラロナ)煙草と距離がテーマの短編、連作。
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七.棺桶の中と外(両手からあふれて、何度目かの新月。その数時間後)
喧嘩した。
頭を冷やしてくると出て行ったっきり、同居人兼恋人が帰ってこない。コンビニに寄って、久しく吸っていない煙草でも買って、そうしたら帰ってくるだろうと思っていたのに、もうじき夜明けだ。棺桶の中、メッセージを送ろうかとスマホを手に取ったが、止める。謝るのは癪だ。
ジョンが合宿で居ないのが堪える。はやく帰ってくればいい。ジョンも、あれも。
何もかもが青かった若造は、いつの間にか、随分落ち着いた大人の顔をするようになっていた。年々交友も広くなって、女性の知り合いも沢山できた。その中には本気の恋心を垣間見せるお嬢さんだって当然、いた。
聞いてしまったのだ。そのひとりが勇気を振り絞って彼に恋を告げるのを。咄嗟に背を向けたので、彼の答えは聞いていない。そのあとも私への態度が変わらなかったことを鑑みれば、お断りしたのだろう。
その一件は、思ったよりも私にとって衝撃だった。彼が他の誰かに真剣に愛されたことがではない。その一件を、私に悟らせなかった事が、だ。
どうからかってやろうかと構えていたのに、告白を誇るようなこともなければ、後ろめたさで挙動不審になることすらなかった。沈黙によって恋人への誠実を形にできるようになるだけの時間があの男の上に流れたのだと、その時ようやく思い至って
……
恐ろしくなった。
あの男を私の特別に収めて、私があの男の特別に座って、どれだけたった? ほんの僅かな年月の気がするが、人間にとっては? どんな年月だろうと偽りも後悔もないが、しかしその分だけ、血族を作る機会を奪ったということでもある。人には吸血鬼のような時間も牙もない。血の連なりで家族を迎えるにはリミットがある。
それは、人であるあの男から奪ってはならないものだと、そう思ったのだ。
それで、せめて選択肢があることを示そうと考えた結果がこの喧嘩だ。人の倫理観に照らせば酷いことを言った自覚はある。私の身体の端だってギシギシといやな軋み方をしていたが、彼のためというだけでもないのだからと言い聞かせた。甘いミルクと暖かな部屋の匂いのする相棒に時々会う生活もきっと悪くない。隣に立つのが自分でなくても耐えられる、と。
でもまさか、ああも激しい反応が返ってくるとは。本気の怒りを向けられたのは、久方ぶりだった。
スマホをもう一度手に取り、また無為に手放す。
家を出る寸前、わずか振り向いた時の傷ついた瞳の色が、どうしても消えてくれない。
◇
起きて帰りを待つ覚悟もできず、かといって寝付けもせず。
寝返りを繰り返していれば、ドアの開く音と、足音が聞こえてきた。ジョンの可愛らしいものではなく、重量のある人間の足音だ。棺桶を開けるか迷ううちに、それは迷いなく、私の枕元で止まる。
「なあ、起きてるか?」
声と共に棺桶の蓋の隙間から流れこんできたのは予想通り煙草の、
……
違う。これは、硝煙の匂い!
思わず蓋を跳ね上げれば棺桶の横にしゃがむ男の、ぽかんとした青色とかち合った。
ガバと取り付いてその身を確かめる。暴力的に爆ぜる火花の匂いは服からも、髪からもしていた。
……
血の匂いはしない。怪我は、ない。どこも、欠けていない。
安堵の息をつけば、背に暖かいものが回ってきて抱きしめられた。
「なんつぅ顔してんだ」
「銃
……
匂いが」
「あぁ、ちげーよ。後輩達の射撃練習に散々付き合わされて
……
いや、あれ気を使われたんだな」
うわ俺かっこ悪いと呟く男の首筋からは、慣れ親しんだ肌の匂いがした。吸血鬼の本能が、その下の血が熟しはじめていることを告げてくる。泣きそうだ。泣きたくないのに。
「俺が欠けたかとでも思ったかよ。バカ吸血鬼」
なにも言えやしない。その通りなので。代わりに抱きしめる腕に精一杯力を入れる。
「お前の差し入れが楽しみなんだからさっさと仲直りしてくれって言われたよ」
「
……
まだ許してない」
ぶふっと吹き出した息が、私の襟足を撫でる。
「許すも何も、お前の癇癪だろ。カッとなったのは俺も馬鹿だったが、あいつらのおかげで頭も冷えたし。
……
どうせ勝手に思いつめて決めつけて離れること考えたんだろ。お前ほんっとジョンの時から成長してねぇな、二百歳児」
「な、」
「俺はとっくに腹括ってんの。お前は俺のだし、俺はお前のなの。逃げられると思ったか? 残念だったな、俺が誰か忘れたかよ」
ニヒル気取ってるのか、それ。五歳児には似合わないよ。とうとう、涙がひとつ落ちた。気づかれていないといい。ただただ、腕の中の身体は温かい。吸血鬼である私とは、違う体温。
「
……
執着は、吸血鬼だけの専売特許じゃねぇよ。ほら、夜が明ける。もう寝ろ」
とんとんと背中をあやすように叩かれ、腕が解かれる。体の間に風が通るのがひどく寂しくて袖を掴めば、袖の持ち主は小さく笑った。
「なんだよ、二百歳にもなってひとりで寝られないでやんす~とでも言うか?」
声にも表情にも言葉ほど険はなく、それこそ子供に言い聞かせるように優しい。からかっていつもの調子に戻そうとしてくれている。それくらい、わかるさ。
――
ああ、本当に、君は大人になったのだね。
「一緒に寝てくれてもいいだろう」
寂しいんだから。
掴んだ袖をもう一度引っ張る。こんなのは、また笑われて解かれるんだろうが。
しかし、予想に反して目の前のきょとんとした顔が、下からじわじわと赤くなりだした。さらにはそわそわきょろきょろと落ち着きなく
……
あん?
「あの、そ、れは、えっ
……
ちなことのお誘いですか。その、仲直りのとか」
前言、撤回。
さっきまでここにいた大人の男はどこかへ消えてしまったらしい。頬を染めてもじもじとする様は、恋人になったばかりの頃と何も変わらない。というかいまだにそんな、上目遣いで、それはちょっと、結構な破壊力なんだが。
「やっぱなんでもねぇ! 風呂!!」
彼が言うところの受動のなんとかから私が再起動するまえに、彼は私の手を解いてバタバタと廊下へ出ていった。
絶妙に死なない力で解かれた指は滑らかに開閉できる。無意味に開いたり閉じたりして動揺をおさめる努力を
……
そういえば最近正面から誘うのも誘われるのもあまり無かったというか、なんだ、その。してなかったわけでもないとはいえ吝かでもないが
……
いやそれより、あれは腹を空かしているだろう。もう眠気も飛んでしまったし、軽いものでも作ってやって、お腹の満ちたところで棺桶に引き込むのがいい。うん。その先は、その。あとで。くそ、私まで顔が熱くなってきたじゃないか。とにかく料理だ。
よいせと棺桶から出れば、やかましいシャワーの音が聞こえてきた。また髪を乱暴に洗っているらしい。痛むから止めろと言ってるのに。上がってきても火薬の匂いがしたら承知せんからな。
落ちてきた髪をかき上げて、ふと思いつく。髪を伸ばそうか。目に見える印として、昼の子の隣にいることを忘れないために。
きっと、今度こそ悪くない思いつきだ。
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