ななき
2024-04-14 01:18:50
10701文字
Public 吸死
 

紫煙で測る距離

(ドラロナ)煙草と距離がテーマの短編、連作。


六.わからなくなった(一緒に暮らした年数が両手からあふれて、何度目かの新月)


 何年ぶりだろう。あいつと久しぶりに大きなケンカをした。いつもとは違う、本気の口論だ。頭を冷やす、と言って部屋を出てきた。引き止める声を無視して。

 夜の河川敷は人気がない。年末もほど近い季節、枯れ草の間を冷たい風がすり抜けていく。
 ケンカのきっかけがグルグルと回る。恋人の、いや、恋人だと思っていた男の声が。――きみもいい年だろう、そろそろ誰かいいお嬢さんでもいないのかね。なに、遠慮しなくていい、コンビの相方の幸せくらい私だって願える。ああ、でも荷物も増えたし、もしお相手と一緒に暮らすというなら早めに――その先は聞きたくなくて気づけば怒鳴っていた。

 無性に煙草が吸いたい。ジャージのポケットを探るが、出てきたのはライターだけ。いつか切らしてから忘れていたらしい。忘れていられる程度には、必要ないものになっていたことに今更気づく。
 不安を誤魔化すために覚えた煙草。それをなくてもいいものに変えたのは、あの痩せぎすの吸血鬼だ。寂しくて息の出来なくなっていたガキに、騒がしい日々とありとあらゆる愛情を与えてグズグズに骨抜きにしたくせに、昨日のチラシかそれこそ吸い殻でも捨てるかのようにあっさり放り出そうという、薄情な吸血鬼。
 ……煙草を諫める言葉に、ジョンのためという枕詞がつかなくなったのはいつからだったか。ただ俺の健康を気遣う台詞になったのは。愛されているんじゃないかと、俺が勘違いしたのは。
 涙が滲んできてライターを強く握りしめる。
 家を出る直前に見た、傷ついたような表情がチラついた。傷ついたのはこっちだ、クソ。

 俺の気持ちも覚悟も伝わっていなかったのか。それとも隣にあると思っていた温度が、本当は最初からひどく遠かったというだけか。
 ベンチに座り込めば、肺の底からため息が出た。本当に泣いてしまおうか。吐き出したわずかな水分が白くなって消えていく。消え際に煙の幻を嗅いだが、胸の痛みは誤魔化されてはくれなかった。