黒竹
2022-05-30 21:36:40
24581文字
Public VOCALOID
 

@rem "I Love you"

【GUMI】【ボカロ家族】
言えない言葉の話。


 グミが帰ると、マスタはすぐにラボへ戻ってしまったので、リビングにはミクとルカの二人だけが残された。
 カップを片付けようかと足を踏み出しかけたルカの肩にずしりと重みが乗る。振り返って確認する必要もなく、「お姉ちゃーん」甘ったるい呼び声が耳たぶを震わせた。
「やっと二人きりになれたね」
「リンたちが出かけたり部屋にいたり、そうでなくても私かミクの部屋ならだいたい二人きりでいるじゃない」
 ミクは時々発言がおっさんくさい。
 ぐでんと寄りかかってくる彼女を邪険に扱うわけにもいかず、半身を捻ってミクの腰を抱くと、青い髪を梳くように撫でてやる。うにゅんと目を細くしたミクがますますしがみついてきた。いい子だからちょっと待ってて、と訴えたつもりだったのだけど、どうも通じていないようである。
 カップに茶渋がつく懸念と甘えてくるミクの柔らかさを秤にかけて、ルカはあっさり後者を選ぶ。
 もしかしたらミクは先ほどの訴えに気づいていて、それでも気付かないふりをしたのかもしれない。だとしたら謀りにかけられたことになるが、まあ、いつものことだ。
「グミちゃんも大変ね」
「いやっ、こんな時に他の子の話なんかしないでっ」
……その昼メロごっこ、いつまで続くの?」
「この前見た古いドラマがけっこう面白かったんだよね。最近ドロドロの三角関係とかあんまりないじゃない?」
「もうちょっと十六歳らしくしていた方がいいと思うんだけど」
 一応、世界的に評価されている歌姫なのだし。最先端技術の塊だし。
 「そう言われても、わたしこないだ大人になっちゃったからなー」さらっと独り言のように言われたセリフは、ルカに対してだけ甚大なダメージを与える。
 ミクを大人にした張本人(システムロックをひとつ外した、という意味である。そうとも、それ以外になにがあろう?)であるところのルカは、努めて冷静さを装いながらさり気なく視線をそらした。
「ま、そういう冗談は置いといて、わたしもけっこう心配してるんだよね。グミちゃんってわりと天邪鬼なところあるから」
「そう?」
「そうだよ。SETIのことだって」
 プロジェクトSETIの話は、以前マスタから聞いたことがある。数十年続いた研究であり、グミの大切な相手である、その名前。
 宇宙船をね、作るんだって。ぽつりとマスタが洩らした一言がひどく哀しかったのを覚えている。
「グミちゃんは宇宙船を作れるかしら」
「作るんじゃないかな。百年後くらいに」
 そして銀河の果てまで歌声を響かせるのだろう。きっと。
 その決意は彼女が先天的に持つ弱さだ。
 本気でグミを心配しているのが伝わってきたので、慰めるつもりでミクの頬にキスをした。
「えー、そこー?」
 ご不満らしかった。
「口にしたら、あなた止まらなくなるじゃない。さっきからマスターがドアの向こうで入るタイミングを伺ってるから、この先はまた今度にしましょうね」
 「ん?」ドアに背を向けていたミクが首だけを後ろへ回す。ドアの中央部に取り付けられた曇りガラスの奥に、うっすらと人影が見えた。
 ミクを離すと、恐る恐るといった感じでドアが開いて、じっとりした半眼が現れた。「君たちねえ……」言いたいことが山ほどあるけどどこから手をつけようか、という表情でマスタ。
「マスター空気読んでよ」
「読んだから入らなかったんじゃないかっ。なんなんだ君たちは隙あらばいちゃいちゃして! お見合いを三回連続で断られた僕へのあてつけか!」
「そりゃ、ずーっとわたしたちの話しかしなかったら普通の女の人は引くよね」
「技術論は興味のない人にとっては、その……あまり楽しいものではないですし」
「ルカすらフォローしてくれない!?」
 マスタの背中がすすけた。いやきっとまだ時期じゃないんだ、いつか綺麗で気立ての良い人が僕の前に現れてくれるはず、マスタは必死に己を奮い立たせる。
 呆れ顔でその様子を見やりながら、「グミちゃんもこれくらい素直だったらよかったのに」ミクが小さく呟いた。
 まったく同感である。