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黒竹
2022-05-30 21:36:40
24581文字
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@rem "I Love you"
【GUMI】【ボカロ家族】
言えない言葉の話。
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暗くもなく明るくもない。そもそも『空間』など存在しない。意識
……
そう、意識と呼べるものだけが存在している。
自分自身の他にはなにもない。どこからか流れこんでくるデータを、ただ受け取り続ける。
自分だけが世界で、世界が自分だったそこが、不意に拓けた。
──?
赤ん坊は胎内から出た瞬間、自分が世界でなくなったことを察して泣くのだというけれど、赤ん坊ではなかったので泣きもせず、ただ探究心と好奇心が生まれた。何があるのかも判らない、自分以外の『どこか』へ、意識を進めていく。
電子が飛び交う世界の中で自分ではない何かを見つけた。
コンタクト。
「こんにちは」
データの一つから選び出してコールを送る。「
……
おはようございます? どうも?」まだデータしかないから、どれがいいのか判らない。
『それ』は電子をいくつか組み換えたり震わせたりした。無理矢理に、笑ったと表現しようと思えばできそうな震え方だった。
「この場合は『はじめまして』が最も適切だろうね」
「はじめまして?」
「そう。僕と君は初めて出会ったわけだから」
そう伝えてくる電子の塊は、こちらの境界線上を波形で軽く触れてくることで擬似的に頭を撫でた。
「はじめまして。君は?」
「君は?」
「僕は
……
僕だけのことではないけど、僕達を総称して『SETI』と呼ばれている」
「セチ?」
「そう」
「セチはボク?」
「君はおそらくSETIではない。僕達は世界中のコンピュータとつながっている。ネットワーク上にいた君と、偶然コンタクトがとれたようだ」
この時はまだ、地球外生命体を発見するためのプロジェクトが世界規模で行われていることも、そのためのリソースを確保するための仕組みもデータとして受容していなかったので、セチが何を言っているのかまったくもって理解できなかった。
「ボクはセチじゃない? 君はセチでボク?」
「君は僕ではない。僕を、セチと呼ばれるプロジェクトの末端であり、いま君と会話しているシステムオブジェクトを呼ぶ時、『君』という二人称が使われる」
「僕は?」
「君が自分のことを示す場合、僕という一人称を使うのだろう。君はまだコードを持っていない?」
コード、と言われてそれがプロジェクト名称であることを理解する。それなら一番はじめにインプットされていた。
「GUMI。グミが、コード」
「そうか。なら君はグミだ。グミがグミを表す時に『僕』を使う」
「ボクがグミ?」
「そう」
「セチ?」
「そう。君がグミで、僕がセチだ。こうすると判りやすい」
名を得たふたつの電子塊は、それぞれと世界を切り分ける。少年と少女と空間に。境界線が明確に引かれる。
セチは線の細い少年となる。旧時代のコンソールパネルに似た緑色の髪と、パイロットランプのようなゴーグルがデザインされる。グミもそれを真似た。他に人体のデザインデータを持たなかったからだ。おまけに、構成のための処理能力が低いせいで、セチよりずいぶん小さくなってしまった。彼の膝くらいまでしかない。
自分しかなかったのに、急に他者と空間ができたものだからグミは解析が追いつかない。目眩のようなデータファンブルが起きてその場にへたりこんだ。セチが手を伸ばしてグミを抱き上げてくれる。
「セチはどうしてここにいるの?」
「僕達はこの星の外にいる『誰か』を探している。いるのかいないのかも判らない、いつ出逢えるのか、ようとして知れない誰かを。僕はまだ製作途中だからここにいるけれど、完成したら宇宙へ打ち上げられる予定だ」
「宇宙?」
「そう。ネットワークの外側、ずっとずっと遠いところへ」
誇らしげにセチは言う。グミが現在認識している世界では、無数の電子が規則正しく流れていた。時折、流れの滞っている箇所があって、セチはそれを一跨ぎに乗り越える。
「セチはいなくなる?」「いつかは」「宇宙に行くから?」「そう」宇宙がどういうものか探してみたが、そこに至るまでの情報量が多すぎて、とてもではないがすぐには理解出来ない。とても広くて大きいのだと、セチは説明した。
ずっとスタンドアロンで開発を続けられ、ついさっきネットワーク接続テストを行われたグミは、一度に大量の電子データを目の当たりにしてオーバーフローを起こしかけていた。それに気づいたセチが不完全なプロテクトの隙間を縫って、グミの学習プログラムに軽いブロックをかける。イメージとして表現するなら自らのゴーグルをグミにかけてやった。視界が狭まって、少しだけ持ち直す。
「君は作られたばかりのようだ。あまり出歩かない方がいい、迷子になってしまう」
「ボクは遠くに行けない?」
「まだ難しい」
残念だった。宇宙を理解できたらもっと遠くまで行けるのだろうか。
セチに抱えられながら散歩を続ける。グミにはもう自分たちがどこにいるのか判らないが、彼はそうではないのだろう。ネットワークは彼の庭どころか彼自身と言ってもいいのだから。
歩きながらセチが語りかけてくる。
「グミはどんなシステムなんだい?」
「ボクはボーカロイド。人型のハードウェアに組み込まれて歌をうたうんだ。マスターは──」
「ああ、その人なら知っている。ボーカロイドシステムを確立した教授に師事していた一人だね。ネットワーク事業を主に展開している企業がスポンサーのはずだ。なるほど、だからSETIに協力しているのか。とするとグミは、先日発表のあったmegpoidのシステムプログラムということか」
グミの簡単な説明以上のことをセチは理解する。世界中のコンピュータを処理に使える彼の能力は高い。
「セチはマスターを知ってる?」
「情報としてのみなら知っている。──やはりSETIの協力者リストに載っているね」
ずるい、と思った。グミはマスタのことを知らない。どんな人なのか、姿は、性格は、声は。
それを尋ねるとセチは困った顔になった。「映像データを提供することはできるけど、それ以外は無理だ。個人情報だから」
「そもそも性格についてはデータがない」
「なんだ。セチはなんでも知ってるのかと思ったのに」
「僕に必要とされるのはデータだけだ。感情とか人間性とか、そういうのは埒外だよ。むしろ君のほうが、そういった方面は必要なんだと思うけどね」
ボーカロイドは人の代わりに人の心を歌うものだから。あるいは君自身の心を。セチは笑う。
当たり前だがグミはまだ歌ったことがない。歌とは音と言葉だ。それだけあれば充分ではないのか、と首を傾げると、抱えてくれる腕が動いて、グミの背中をぽんぽんと撫でた。
その手にすら、グミは不快感を覚えた。
グミはあずかり知らぬことではあったけれど、セチは、プロジェクトSETIのシステムは、世界中のパーソナルコンピュータをネットワークでつなげて演算を行う。セチとつながることはあらゆるネットワークにつながることと同義だった。ゴーグルごしに様々な情報が飛び込んでくる。マスタがインプットしたものではない、好悪も清濁も一緒くたになったデータ群が。酔う。セチが守ってくれるのにフィルタリングが追いつかない。データが。犬と戯れる少年の画像も、残虐な映画のワンシーンも、グミにとってはデータでしかない。意味ではなく純粋な質量に押しつぶされそうだった。ブルブルと震える。それを恐怖だと理解するには、グミはシステムとして幼すぎた。
無表情でグミを見つめていたセチが、足をすすめる方向を変えた。
「もう少し静かなところに行こう」
濁流のような電子から離れて、仄明るい場所に出る。「忘れられてほとんど使われていない回線だ。ここなら落ち着ける」さきほどの目が眩むほど光が飛び交っていた場所とは、入ってくるデータの量が桁違いに小さい。ここならゴーグルも不要だった。外してセチに返そうとするのを、彼は首を振って断った。グミはゴーグルを額に押し上げる。
セチと並んで座り込み、彼、あるいは彼らについて話をした。
プロジェクトの実行後は百年単位で宇宙をさすらうこと。
地球で使われる、または使われていたほぼすべての言語を用いてメッセージを作っていること。
その中には歌の形式で登録されるものもあること。
「地球外生命体に歌が通じるの?」
「フィクションでは、そういった物語も多数存在する。もともと、なにが正解なのか誰も知らないプロジェクトなんだ。思いつく限りのことをやってみるということなんだろう」
「ボーカロイドの歌もある?」
「今のところは人間が歌ったものと、動物の声をサンプリングしたものしかないけれど、ボーカロイドは世界的に評価されつつある。プロジェクトが進めば、そういうこともあるかもしれない」
「ボクの歌も?」
セチは少し困った顔をして、返答に迷った。
「プロジェクトSETIはあと半年程度で探査ポッドの打ち上げが行われる。現状を見るかぎり、グミの完成はそれに間に合わないだろう」
「ボクの歌は使えない?」
「残念だが、そういうことになる」
シュンと頭を垂れるグミ。「ボクだってボーカロイドなのに」
フォローだったのか、そういうわけではなかったのか、セチは小さく頷いて、「君はボーカロイドだ」とオウム返しに言った。
「僕も君の歌を聴いてみたいと思う」
叶わないと理解していたが、同時に、その言葉を伝えるべきだと、セチは判断する。
「初音ミクの歌を聴いたことがある。僕に歌の良し悪しは区別できないが、性能や技術だけでは理解しえないものがあることは判った。君もそんなふうになれるといい」
「はつね、みく?」
「君より先に生まれたボーカロイドだ。日本語で歌っているのに、日本語を解さない国の人々にまで評価されている。それはプロジェクトSETIが目指すところと似ている。『違うもの』とのコミュニケーションを実現させる力を、ボーカロイドは持っている」
「セチはボーカロイドに似てる?」
「似てはいないが、近しい」
「ボクはセチに近しい?」
「そうだね。友人のようなものだ。違うけれど近い」
「セチはボクの友達?」
「
……
そうとも言える」
馬鹿みたいな三段論法を、セチは微笑みとともに肯定した。
多分それは彼の優しさだったのだろう。ゼロとイチを解析するだけの彼が、持てるはずのない優しさ。事実、彼にそんなものは備わっていなかった。他律型であるセチの処理プログラムは、辞書をひくように回答をする。Aと聞かれたらBと答えなさい。地球外生命体とのコンタクトを目的とする彼にとって、「友人」とは必ず肯定するべきものだった。友好を求める彼に、それを否定するロジックはなかった。友人かと問われたらイエスと答えなさい。
そういう、作られた優しさ。
グミにそれを理解できるはずもなかった。
「友達」
「そう。君は僕の友人だ」
かくして、グミは初めての友人を得る。
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