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黒竹
2022-05-30 21:36:40
24581文字
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@rem "I Love you"
【GUMI】【ボカロ家族】
言えない言葉の話。
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リンが様子を見に来たのは、心配だけが理由ではなかったようで、二時間食べ放題ケーキバイキングの情報を携帯端末に表示させながら一緒に行こうと誘ってきた。
「あー、ボク甘いもの好きじゃないんだ」
「なんでがっくんもグミも甘いの駄目なの?」
「キミたちとはハードの構造が違うからね。うちの方だと糖分の分解効率が良くないから、食べ過ぎると消化不良で胸焼け起こしちゃうんだよ。ポッド開けて取り出せばいいんだけど」
「もったいない
……
」
「でしょ?」
リンの唇が尖る。「今日最終日なのに
……
」どうやら三名以上の来店で食べられる種類が増えるようなのだ。ミクたちに断られ、ならばとこちらに声をかけたらしい。
まあレンは行くだろうから、あと一人捕まえられればいいわけだ。そうなれば出る答えは一つである。
「兄貴、付き合ってあげたら?」
回ってきたお鉢をそっくりそのまま右から左へ受け流す。「ぬ?」他人ごとのように聞いていたがくぽだったが、いきなり水を向けられてわずかに目を瞠った。
甘いものを過剰摂取できないのは彼も同じだが、入店したからといって必ず食べなければいけないというルールでもないだろう。人数合わせで付き合って、あとはコーヒーでも飲んでいたらいい。
そう主張するグミの腕をリンが取った。
「や、それならグミが付き合ってくれてもいいじゃん」
「んー。めんどい」
「ご、ごまかすつもりが全くない
……
」
あまりにも正直すぎて怒るラインを飛び越えてしまったのか、それ以上グミにつっかかっては来ず、リンは未練たらしげに端末の画面を見下ろした。
遠慮がちに視線を上げてがくぽを覗き見る。彼は小さく目を細めて、うむ、と微笑した。
「拙者でよければお付き合いいたそう」
「でも、あの、がっくん行ってもつまんないと思うよ
……
」
がくぽが呵々と笑う。「つまらぬということはござらん。リン殿がおられるのだからな」
天然でやってるんだから始末が悪い。ほら、リンの顔がすっかり真っ赤だ。
ともあれ、これで問題は解決。自分は先に帰って設計図の書き直しでもしていることにしよう。時計を見れば訪れてから一時間以上が経過している。約二時間と言っても過言ではない。届け物をしに来ただけなのに、すっかり長居してしまった。
揃ってリビングに戻ってみれば、先程はラボにいたルカが姿を見せていた。データチェックを終えて帰ってきたようだ。軽く会釈をして挨拶。代わりにマスタがいなくなっていた。データの整備とログ解析に当たるため、彼女と入れ替わりでラボへ入ったのだろう。
リンがルカの腰にまとわりつく。ついつい斜め後ろにいたミクの方を見てしまった。予想外にもまったくの平常心である。いい加減、子どもがじゃれた程度ではヤキモチなど起こらなくなったのだろうか。
「あたしとレン、がっくんにバイキング連れてってもらうことになったから。晩御飯までには帰るね」
「この前言っていたところ? じゃあ、帰るころに連絡ちょうだい」
「おっけー」
話がまとまったところで、それじゃあお邪魔しましたと帰ろうとしたらミクに引き止められた。
「ん?」
まだなにか?と目線で問いかけるグミ。ミクが無邪気な笑みを見せた。
「さっきグミちゃんとこのマスターから連絡があってね、うちで作ってるシステムを参考にさせてほしいんだって。今マスターがチップに焼いてくれてるから、それ持ってってくれないかな?」
「丁稚奉公か、ボクは」
「グミちゃんいつも部屋にこもって機械いじりしてるんだから、今日くらいはわたしたちと遊んでよ」
そう言われると反論しにくい。思い返せば彼女たちと遊んだことなど数えるくらいしかなかった。飛行船の浮力計算や模型作りで忙しかったし、最近はロケに出ることも増えていたせいだ、と思いたかったけれど、いかんせん分析が得意な機械の頭脳なので、それが欺瞞だとすぐに結論が出る。
ミクの誘いを断る理由を見つけられなかった。データ転送を使えばわざわ待つ必要もないだろうが、おそらくその資料は外部漏洩してはいけないものだ。ネットワークのセキュリティより、ボーカロイドのスロットに入れた方が防犯性は高い。
「しょうがないな
……
」
渋々うなずくと、ルカが「じゃあお茶でもいれましょうか」和やかな笑みで告げて、「あ、わたし濃い目のロイヤルミルクティ。グミちゃんはなにがいい?」ミクがにこやかに聞いてきた。
「マンデリン。なかったらジンジャエールで」
「その二択ならジンジャエールになるわね」
今度買ってきましょうか。ルカが肩をすくめながら言った。それには首を振る。ただの冗談だ。
三人分の飲み物を持って戻ってきたルカが、それぞれの前にカップとコップを置いた。ミクが小首を傾げるような仕草でルカを見上げて、「ありがと」へにゃりと笑う。
向かい側に並んで座る二人を、少しだけ目を細めて眺める。
眩しいわけではなかった。訝しんだのだ。
二人の間にある拳ひとつ分ほどの隙間。
その隙間が埋まっている場面を、グミは見たことがなかった。
「
……
ミクは、ルカが好きなんだよね」
「え? うん」
1+1は2だよね、と尋ねた時と同じ平坦さで肯定される。みんなが知っていることだ。好いて、好かれている。それについて文句があるわけでもなんでもない。確認は無意味で無味だった。ただ話しのとっかかりが欲しかっただけだ。
ジンジャエールを口に含む。炭酸飲料は好きだ。パチパチと弾ける感覚が電気みたいだから。電子の衝突とは根本的な意味が違うけれど、表面的なイメージが近い。
ルカはミクとお揃いのティーカップでミクのカップと同じロイヤルミルクティを飲んでいる。そういう光景で感じられるのはストレートな愛情だ。漫画や小説でも使われるほど記号的な、リアルな充実。そんな充実に従事する二人の背に、十字架はない。
だというのに、ミクはその充実をできるだけ隠そうとする。
「ボク、二人がいちゃいちゃしてるところ見たことないんだよね」
かすかにルカの表情が変わった。肌は常に白いが、今も白いままだが、ほんのわずか、透明度が減る。鈍る。
「それって同情?」
「ん。そうだね」
前の質問と変わらない返答だった。内容も声もまったく同一で同質。形ばかりの否定をされるかな、と思っていたので少々意外だった。しかし彼女らしいといえば、らしい。
軽く背を丸めてティーカップを両手で包んでいたミクだが、グミが話したがっていると察したか、カップをテーブルに戻して背筋を伸ばした。
「誤解しないでほしいんだけど、グミちゃんを可哀想だなんて思ったことは一度もないよ」
「同情してるのに?」
「同情って、『同じ感情』ってことでしょ?」
「それこそミクには持てない感情だと思うけど」
「ミク」止めようとしたのか、ルカがミクの肩に手を置いて呼びかけた。大人として正しい姿である。グミは特段怒ったりはしていなかったが、あまり平和的に会話を交わす気分でもなかった。喧嘩になるならそれでもいいと思っていた。ルカはきっとそれを察知したのだ。そして、忠告に耳を傾ける可能性の高いミクへアプローチした、と、そういうことだろう。賢明な判断だ。
ところがミクは「お姉ちゃんの手すべすべー」とか肩に乗った手を撫でながら悦に入っている。真面目に話をする気があるのだろうか。
「そうじゃなくてっ」
「もー、そんな心配しなくても大丈夫だよ。わたしとグミちゃん友達だもん」
「それはそうだけど
……
」
もごもごと口ごもるルカに、ミクは困ったような笑顔を向けた。
「うん、そこなんだよね。プロトタイプだからかなあ、どうしてもお姉ちゃんみたいに心配できないんだ」
不理解を表情に載せるルカ。グミも似たような顔になる。
祈るみたいに両手を組んでそこに顎を乗せると、愛される少女はゆるゆると目を伏せた。
「こう言っちゃなんだけど、わたし、お姉ちゃんに世界で一番愛されてる自信があるんだよね。なんせお姉ちゃんってば完成前からわたしのこと好きだったし」
「あの
……
ミク。そういうことを言われるとちょっと恥ずかしいんだけど
……
」
「ほんとのことでしょ?」
「はい
……
」
ルカが小さくなった。
「でね。これまでもそうだったし、これからもずっとそうだと思ってるの。思ってるっていうか、確信しちゃってるんだよ。この先なにがあってもお姉ちゃんはわたしのそばから離れない自信があるの。どんなことが起こっても、たとえ世界が終わっても、離れ離れにならないって。
だから不安になる。
……
判るかな。
お姉ちゃんがわたしから離れる可能性があることを知ってるのに、そうなるところを想像できないの。
グミちゃんに同情するのはね、わたしと正反対すぎるからだよ。失ったことがあるグミちゃんといるのに、『もし自分がそうなったら』なんて考えられないの」
鏡写しの像には触れられない。何もかもが逆さまで、けれど本質は何一つ違わないカタチを持つ相手が目の前にいて、それなのに痛みも温度も妬みも粘度もこれっぽっちも推し量れない。
未知のものに対する恐怖を抱えているのだと、グミの存在がその恐怖を増大させるから、ルカと距離を置くことでそれを和らげているのだと、彼女は言う。
転んで泣く子を見ながら、自分が転んだ時の痛みをまったく想像できなかったら。転んだらどれほど痛いのか、治るまでどれだけかかるのか、痛みはどのくらい持続するのか、何も予想がつかないとしたら。
恐いと、思う、だろう。
ふ、とグミは肩の力を抜いた。
同じ土俵に立てるかと思っていたが勘違いだったようだ。
「何気にものすごいノロケだね」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてないし謙遜になってないよ」
ジンジャエールを飲み干して、ゴーグルの位置を軽く直した。下ろしたりは、しない。
それから五分ほどでマスタがやってきたので、チップを受け取ってスロットへはめ込んだ。接続が問題なく完了したのを確かめると、念のためにロックをかける。無理に外されたりしたら警報が鳴る仕組みである。まあ鳴ることはないだろうが。
「おじゃましました」
「また来てねー。あとうちのリンちゃんとレンくんがちょくちょく遊びに行くけど、その時はよろしく」
「兄貴に伝えておくよ」
ミクが軽く苦笑いを浮かべた。
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