黒竹
2022-05-30 21:36:40
24581文字
Public VOCALOID
 

@rem "I Love you"

【GUMI】【ボカロ家族】
言えない言葉の話。


 何度かセチと会って話をするうちに、グミはネットワークに接続されるのを楽しみにするようになった。完成したら常時接続されるはずだが、今はまだネットワークテストの際しか『外』には出られない。早く無意味な反応テストではなく、マスタとコミュニケーションが取れるようになりたい。そうしたらいの一番に常時接続してくれと頼むだろう。
 セチはグローバルネットワークのどこにでもいた。呼ぶ必要も探す必要もなかった。いつだって『そこ』にいた。
 逢瀬の間にグミの知識は増え、初めの禅問答じみたやり取りをすることは少なくなっていた。その代わりに学術的な会話や人間心理についての話が増えていった。
「開発は順調みたいだね」
「お互いに」
 グミは上機嫌だった。これまでより大きく自らの外見イメージを形成することに成功したせいだ。ずっと上にあったセチの顔が近い。彼の「お互いに」という言葉はそれに対する言祝ぎである。
「セチはもうすぐ完成なの? 経過論文が公開されてたからそれを見たよ。打ち上げロケットがあと一ヶ月で完成するって」
「そのようだ。システム側もほぼ完成と言っていい。データの選定が少し難航しているようだけれど、それもそのうち解決するだろう」
 そうなったら彼は宇宙へ飛び立つ。彼はもっと大きなシステムの一部として、地球上に存在する、あるいは存在していたあらゆる言語の「やあ!」とか「はじめまして」とか「君の名は?」とかを携えた旅に出る。
 グミはそっとセチに寄り添うと、柔らかいけれど無表情な彼の頬を撫でた。
「完成したら、もうここには来られないね」
「衛生による電波発信のフォロー範囲内なら可能かもしれないが、おそらくすぐに届かなくなるだろう」
……ボクは、それが、ちょっと嫌だ」
「プロジェクトSETIに反対ということ?」
「そうじゃない。素敵なプロジェクトだと思うよ。セチに会えなくなるのが嫌なんだ」
 『会う』だなんて言っても、所詮は電子と電子の交流にすぎない。セチが完成しなくてもグミが肉体を持てばアクセスブロックがかけられるし、そもそも、今の記憶を持ったままでいられるのかも怪しい。テストデータを完成品に残しておく必要はどこにもないのだ。
 「こういうの、『寂しい』って言うんでしょ?」色味のない、淡い声音で、グミは言った。
 感情アルゴリズムが搭載されてから、グミはずっと、寂しい。
 セチが少々困惑したように、イメージの縁を乱した。
「グミ。僕は君の友人だが、君にとって必要な存在ではない。僕の価値はボーカロイドに対して意味を持たない」
「判ってる」
 宇宙のどこかにいるかもしれない『誰か』のために存在するセチ。地球で暮らす人々のために存在するボーカロイド。本来ならまったく交わることのない二つのプロジェクトが、たまたま偶然に邂逅しただけの、言ってみれば目的地の違う二人がバス停で居合わせ、ちょっとした立ち話をするような、そんな関係だった。
 セチの言葉は正しい。いつだって。
「だけどボクは、せめてセチに歌を聴いてほしかった」
 成長して不要になったゴーグル。いじましく額に乗せているそれを下ろして、瞳を隠す。
 セチの視線が外れた。ネットワークに前も後ろもないが、抽象的に前を向く。
「それならいつか、宇宙まで来て歌ってくれ。僕は百年単位でそらを旅する予定だし、識別信号も発信する。百年もあれば君が宇宙にやって来るくらいわけもないかもしれない」
「ボクが?」
「そう。グミが」
 当時でさえ、すでに民間人が成層圏を越えることは可能だった。ボーカロイドについては議論すらされていないけれど、可能性としてはありえなくもない。
「ボクが宇宙に行ける日が、来ると思う?」
「現時点では判断に必要な材料が揃っていないから、僕に回答は不可能だ」
「違うよ、ボクはセチの気持ちを聞いてるの。思う? 思わない?」
 それこそセチに対しては難題だった。グミのように感情プログラムなんて組み込まれていない彼は、「自分の気持ち」というものをいだきようがない。
 だからやはり、彼は辞書を引くしかなかった。
「君ともっと交流したいと思う」
 「それは、来て欲しいってこと?」「そう捉えてくれていい」グミがゴーグルを跳ね上げる。
「じゃあボクは宇宙船を作るよ。それに乗ってセチに会いに行く」
「ああ。なら僕は待っていよう」
 まるでままごとのような約束が、二人の間でかわされた。『大きくなったら結婚しようね』、そんな、何も知らないからこそ可能な約束を。
 それも当たり前だったのかも知れない。
 この時彼らは生まれてすらいなかったのだ。