黒竹
2022-05-30 21:36:40
24581文字
Public VOCALOID
 

@rem "I Love you"

【GUMI】【ボカロ家族】
言えない言葉の話。


 マスタに指示されてお使いに向かった先は、初音ミクをはじめとしたボーカロイドたちが暮らす一軒家だった。そこに住まう唯一の人間が用事の相手である。
「あ、いらっしゃーい。マスター! グミちゃん来たよー!」
 玄関先で声を張り上げるミクの高音は、キンキンしてるのに不思議と不快ではない。まあ不快感を与えるような声では、これだけの人気を得られたりはしなかったろうが。
 それからミクは、グミの背後に目をやって含み笑いをすると、
「リンちゃんリンちゃん、がくぽさんも来てるよー!」
 さきほどとは別の方向に向けて声を上げた。途端、リビングの方からバタバタと忙しない足音が聞こえてきて、ガチャっとドアを開けた奥からリンが顔を覗かせる。
「ミミミ、ミク姉、なんであたし呼ぶわけ!? 別にがっくんが来たからって、そんな、用とかないしっ」
……いや、すまぬ。拙者はグミの付き添いで訪れただけゆえ、すぐに帰らせていただくのでな」
「えっ、や、せせ、せっかく来たんだからお茶くらいしてけばいいじゃん……
 グミは二人のやり取りにうんざりしたが、幸い普段からわりと無表情気味なので誰も気付かなかった。
 せっかくだからどうぞ、とミクにも促されて、グミはがくぽと一緒にリビングまでおじゃました。ちょうどよくミクたちのマスタもラボから出てきたので、預かっていた学術書を手渡す。
 マスタは気の抜けたような笑顔でそれを受け取った。
「ありがとう。うちにもあったはずなんだけど、どうしても見つからなくてね。もう一冊買うのもなんだし」
「いえ、うちのマスターもよく資料を借りていますから」
 「ほらほらリンちゃん、がくぽさんの隣に座りなよ。お姉ちゃんがお茶入れてあげるねー」「だからっ、他に空いてるとこあるしっ」「はっはっは。ミク殿とリン殿は仲が良いでござるな」後方が大変うるさかった。
 リンが助けを求めるような視線を送ってきたのには気づいていたが、知らないふりでがくぽの対面に腰掛ける。来客としてはがくぽの隣に行くべきだったのだろう。しかしながらミクが客用カップをそこに置いてしまったのだから仕方ない。
 どうやら定位置らしい席にマスタとミクが落ち着くと、リンは渋々といった様子でがくぽの横に腰を下ろした。
「リン殿、拙者がいては狭苦しくて邪魔ではないか?」
……別に、そんなことないよ。ソファおっきいし」
 持ち上げたカップから目を逸らさず、リンがぼそぼそ答えた。
 それを見ながらミクが小声でマスタに話しかける。
「うーん、マスター、今度もっと小さめのソファ買おっか。リンちゃんのために」
「真面目に馬鹿なこと言わないでくれないかな。大体、普段はどうするのさ。狭いだろう」
「わたしとお姉ちゃんが使うに決まってるでしょ」
「真面目に馬鹿なこと言わないでくれないかな」
 漏れ聞こえてきたそんな会話で思い出したが、ルカと、それからレンの姿が見えない。ミクとリンがいてあの二人がいないケースをあまり見たことがないので、少し不思議に思った。
 とにかくミクとルカ、リンとレンはいついかなる時も二人一組、よほどのことがなければ一緒に行動していて、傍で見ていると息が詰まるんじゃないかと思えるのだが、当人たちにしてみればそちらの方が当たり前らしい。グミはがくぽとそんな状況になったら一時間で逃げ出す自信があるので、彼女たちのそんな感性は不可解極まりない。
 首をかしげながら尋ねると、「お姉ちゃんはラボで調整中ー」不貞腐れた顔でミクが答えてきた。それにマスタが続く。
「レンは部屋にいるんじゃないかな?」
「調整中? あ、仕事中だったんですね。すみません、邪魔しちゃって」
「今は蓄積データの解析をしてるところだから、特にやることもないから大丈夫。あと一時間はかかるし、調整も大した手間じゃないから気にしなくていいよ」
 手を振るマスタに軽く頭を下げる。そうはいってもあまり長居をしては迷惑だろう。頃合いを見てがくぽに声をかけよう、と、グミは声に出さずに思考する。
 おりよく、階段を降りる軽い足音が聞こえてきた。
「いきなり騒がしくなったと思ったら、がっくんとグミじゃん。なにしに来たの?」
「レンくん、その言い方は失礼だよ」
「構わんよミク殿。レン殿が言いたいことはちゃんと伝わっている」
 がくぽの声にレンが首を回して、隣にリンがいるのを見つけて、わずかばかり唇を尖らせてからソファを通りすぎてグミの横にどっかと座った。
 青いなあ、とグミは彼の様子にそんな感想を抱く。
 けれど実は、レンの行動は未熟なようで思慮深い。ミクのようにからかったりせず、無闇に二人を離そうともせず(それはリンが望んでいないからだけれど)、威嚇のような大げさな仕草も、がくぽではなくリンへ「ここにいる」と強くアピールするためだ。
「ミク姉ー、コーラ持ってきて」
「さっきまで立ってたんだから自分で持ってきたらよかったじゃない」
 しょうがないなーとぼやきつつ、それでもミクはキッチンへ向かう。絵に描いたような仲良しきょうだいだった。グミとがくぽのマスタは「自分のことは自分で」がモットーなので、こんな光景はまずありえない。
 ミクが持ってきてくれたペットボトルを受け取り、キャップを開けながらレンがこちらに目を向けてきた。
「でも珍しいじゃん、二人でうち来るの。なんかグミとがっくんって、仲悪いわけじゃないけど一人で好きにやってるイメージあったんだけど」
 そういうわけでもないんだな、とレンが笑う。
「まあ、特別仲良くもないけどね」
 「グミは相変わらず手厳しいでござるな」がくぽが小さく肩をすくめた。
「ボクと兄貴がリンとレンみたいに四六時中ベタベタしてたら気持ち悪いじゃん」
「えっ、別にベタベタとかしてないけど……
「同じ部屋で寝起きして、遊びに行くときも必ず一緒なんでしょ? 充分ベタベタしてると思うけど」
「そ、そうかなあ……
 リンにとってはそれが当たり前なので、どうもよく判らないようだった。うぅん、と唸り始めたリンに苦笑しつつ、「ま、人それぞれだよね」マスタがフォローを入れてくる。人じゃなくてボーカロイドだ、という反駁は誰の口からも出なかった。
 カップに口をつける。右手からレンの視線が届く。視界ギリギリに入ってきたそれを、無視。
 「あ、そうだ」どこかわざとらしさが見える口調でレンが呟いた。
「こないだもらったラジコン、ちょっと調子悪いんだよ。時間あるなら見てくんない?」
「ジャイロホバーの?」
「そうそう」
 パーツからプログラミングから、すべて自前で製作したものを、一ヶ月ほど前にレンへプレゼントしていた。「べっ、別にあんたのために作ったんじゃないんだからねっ」などとは言わなかったので、レンにもリンにも、妙な誤解はされていない。そもそもグミの部屋にはそういった機械類が散乱しているのだ。何十個もあるうちの一つにレンが目をつけて、完成したら譲ってくれと何度も頼み込まれて、まあどうせ試作品だしと完成品を贈っただけのこと。
 レン(とリン)の部屋に招かれる。プラモデルやぬいぐるみが雑多に置かれている。境界線は見えない。本当に「二人の部屋」だった。ここからここまでがレンのスペース、といった区別はどこにもない。ちなみにベッドは大きいのがひとつだった。
 木製のラックにしまわれていたラジコンを取り出して、レンが軽く浮き上がらせてみせる。「こう、右に旋回させようとするとさ」言いながら実践するのを眺めていたら、背後に大きなジャイロを装着した楕円形の機体がフラフラと蛇行してあっという間に高度を下げた。床にぶつかる寸前で持ち直す。
「ああ、バランサが少しずれてる。すぐ直すよ」
「おう、サンキュ」
 修理の間、レンは興味深そうにこちらの手元を覗いていた。それから、タイミングを測ったのだとありありと判る様子で話しかけてくる。
「グミってさあ」
「なに?」
「もしかして、リンのこと嫌い?」
 少し面食らった。
 わずかに大きくなった瞳を元に戻してから顔を上げると、グミはレンの表情をうかがった。彼は尋ねてしまったことを後悔しているかのような曖昧な眼差しをしていた。
「なんで?」
「んにゃ、違うんならそれでいいんだけど。なんか時々、リンのこと睨むみたいに見るからさ。もしリンがグミの気に入らないことしちゃったんなら、俺からも謝る」
「レンが謝る必要ないと思うけど」
「でも俺、リンの半分だし」
 彼らの密接性は、どれだけそばで見ていても、おそらく永遠に理解できない。
 手を止めないままで、グミはかすかな吐息をついた。
「嫌いじゃないよ」
 羨ましいだけ。後半の、きっとそちらの方が大事な部分は、声にしない。
「可愛いじゃん、素直で女の子っぽくて。リンと遊ぶの楽しいし見てると面白い」
「そっか。ならよかった」
 どうしてかは判らないけれど、同じ日に生まれた同じ存在であるはずの彼は、彼女より少しだけ大人だ。
 こんなふうに、時々見える彼の思慮深さを、グミは気に入っている。
 もちろん、友人として、だけれど。