彼方の作品倉庫
2026-05-27 15:03:56
27723文字
Public 利こま
 

【長めのサンプル】二六時中、好日也。-ひだまり-

書き下ろしの話について、長めのサンプルです。
1話だけですが、全部で10ページあります。


 一度落ち着いてから。そう、決めたばかりなのに。
(一体何をしてるんだ私は……!)
 小松田君と気まずい空気で別れてしまった、その日の深夜。私は、闇に乗じてとある城へと忍び込んでいた。見張りの目を掻い潜り、城の一角にある建物の屋根裏へと滑り込む。
 ところどころにある隙間から、階下の光が漏れている。そのひとつに当たりをつけて覗き込むと、二人の忍び装束の人間が声を潜めて話していた。そう、ここは忍軍の詰所――しかも、小松田君を引き抜こうとしている城の敷地内であった。
 土井先生からも大方の話は聞いたが、城の詳細については不明な点が多かった。だが日中の聞き込みで、偶然にもその城に出入りしている商人に接触することができたのだ。建物の配置等の情報を引き出すことに成功し、その結果――早速その城への偵察を試みているのであった。
……いや、だからって侵入するか普通!?)
 彼の転職先候補がわかりました。侵入するための情報も揃いました。ならば調べにいきましょう。……そうはならないだろう!? 何だって私が彼の転職先にまで気にかけなければいけないんだ!!
 土井先生にも伝えたが、彼が自分の人生を選ぶのは自由だ。それで周りに及ぼす影響が問題なだけで、彼がどう生きようと知ったことではない。……ないはず、なのだが。
……いや、これは小松田君を心配しての行動ではなくて! 学園に害を及ぼす可能性がないか見極めるための確認だ!)
 無理に言い聞かせたみたいになったが、城勤めの忍者となると深刻な話になるのは事実だった。
 忍術学園は現在、周囲の城との関係を上手く取り持っている。友好関係を築いたり、それが叶わなければ手を出させないよう画策したり。“学園”と名乗ってはいるが、実質は小さな領地を持つ城と何ら変わりない存在なのである。
 そこに所属する人間が他の城へ行くとなると、様々な問題が発生する。人質、情報漏洩、弱点となり得る危険性などなど……。憂いごとは枚挙にいとまがない。心を置くのが難しい相手なならば、様々な対策を講じる必要があるだろう。
 もちろん学園側だけでなく、受け入れる城側にもリスクが生じる。自らの懐に、昨日まで味方ではなかった人間を入れるのだから当然である。徹底的に調べ上げて忠誠を誓わせたとしても、不安はなおも残り続けるだろう。
 だが今回に限っては、その辺りを解決するような条件の提示があったらしい。だからこそ、学園側も断りづらかったのだろう。
――だが、あまりにも話が上手すぎる
 おそらく忍術学園も、遠からず情報収集のために動くはずである。それを頼りにするのもひとつの手だ。しかし、それを待つ時間がないかもしれない。……私が、小松田君を深く傷つけてしまったから。
 そう……いろいろとそれらしい理由を作ってみたが、結局これは贖罪なのだ。あの厳しい言葉の何かがきっかけとなり、彼の保留の意思が変わってしまったら。もし変に反発して、転職の意を固めてしまったら。引き止められなかった場合を考えると、それまでに彼の安全を確保しなければならなくなる。
 本当にこの城は大丈夫なのか。他の城との関係に問題はないのか。彼を迎え入れたいという言葉に裏はないか。時間はないが、徹底的に調べ尽くす必要がある。……それが小松田君への償いになるとも、思えないが。
 忍術学園が彼に最適な勤め先であるのは明白だ。だが、もし……もしこの城も同じような環境であったならば。調査の結果、のほほんとした彼でも勤めるに相応しい、平穏かつ強固な城であったならば。……私が引き止める理由は、ない。何事もなかったかのように送り出すだけで、それで終わりだ。
……本当に、それでいいのか?)
 思考に横槍が入る。いいに決まっているだろう。彼の望み通りじゃないか。憧れの忍者として雇ってもらえて、自分の能力も遺憾なく発揮できて。それで彼が彼らしく、のんびりと過ごせるなら。それで。
 私には、関係のないことだから。それで……
(なのに……どうしてこの焦燥感は収まらないんだ?)
 何をしても、何を考えても。その思考の端にはいつも焦りが存在した。泥沼にハマったように足掻くばかりで、事態は全く好転しない。動けば動くほど、考えれば考えるほど。急き立てるそれは、己を非難するように存在感が強くなる。

――わかったら、こんな無駄なことはやめるんだ』

 彼に言い捨てた自分自身の言葉が、深く、低く、脳内に反響した。今、私がしていることも、無駄なのだろうか。
 私は間違っているのか? 何が? どこから? いつから? 何もわからない。何かをしなければいけないと動いて、でも何をしても不正解を引いて。もし間違えているのだとしたら、もっと根本的なところからたがえているのかもしれない。
 私は……一体何を……

――……ところで、あの忍術学園の事務員ですが」

 階下から聞こえた声に、自問の意識が途切れる。小松田君の話題だ。私は気配を殺しながら、天井板の隙間に耳を傾けた。
 下にいるのは、おそらく小頭と組頭と思われる二人である。学園へ来たのは小頭を名乗る人間と、その部下数人だと聞いている。この下にいるのが、その張本人なのだろう。

「察知能力は申し分ありません。ですが性根が甘すぎます。技術も覚悟も、新人より未熟……本当に我が軍に迎えるのですか?」
「足手纏いになると?」
「恐れながら、あれの程の譲歩をしてまで引き抜くに値する者とは思えません」
……そうであろうな」

 納得、した? 今の話だと、話を進めているのはあの組頭のようだが……。小松田君の未熟さを知っていながら、そこまでして雇いたい理由が見出せない。あの小頭の意見は正論のように思えるが……

「本質はそこではないからな」
「と、言いますと……?」

――引き抜きは所詮、建前にすぎん。あの学園からやつを離すのが本来の目的だ」

「なんと……!」
「あの珍妙な能力の所為で、忍術学園の内部情報を探るのは困難となっている。なればその原因さえ取り除けば、忍び込んで調べるのも罠を仕掛けをるのも容易となる」
「なるほど、そこを足掛かりにして学園へ攻め入る隙を探ると……!」
……が、確かにあの能力をただ手放すには少々惜しい。まぁ適当に利用するだけ利用し、いざとなれば捨てればよい。たかだか見張りの兵卒の数が節約できるだけの存在を、そこまで気にかける価値はないからな。最悪、盾や囮にして一瞬の時間稼ぎくらいにはなるであろう」

 抑えきれない奴らの下卑た笑いが、天井裏にまで響く。……ほら、わかっただろ。これが、君を認めた忍者とやらだよ。二枚舌はお手のもの。純粋な人間の夢や善意を利用して、都合が悪くなれば切り捨てる。所詮は使い捨ての駒や道具としか見ていない。この世界には、そういう狡猾で卑劣な奴らがごまんといる。
 だから君は忍術学園そこが相応しいんだ。あの優しい世界でしか、君は生きられないだろう? この乱世の中、奇跡のようなあの平和な場所で……
……いや、違う。そうじゃない。生きられないんじゃない。生きられないと私が思い込みたいんだ)
 彼のしぶとさは折り紙つきだ。迂闊さから危険な目に遭うことは多々あるが、それでも今日まで無事に生きている。周りが彼を守ったり助けたりしている結果かもしれないが、それだけではないだろう。
 サインひとつの為に戦場まで追ってくる根性も、その時のみ限定的に発揮される身体能力も、あのタソガレドキ城城主・黄昏甚兵衛に制札の署名を要求する度胸も。そして何より、学園長先生の暗殺を企む侵入者ですら毒気を抜かれてしまうあの天然で人たらしな性格も。その全てが、彼を彼のまま今日こんにちまで生かしている。
 小松田君は何もできない雛鳥ではない。飛ぶのは下手だけど、それでいてなお大空に憧れる立派な成鳥だ。ただ私が、彼を雛鳥としてしか見ていなかった。私が彼にそうであってほしかったのだと、今更になってようやく自覚した。
 勝手に彼を庇護対象だと思い込み、それを強制しようとした。羽根を手折り、忍術学園という鳥籠へ閉じ込めようとした。愛でられて人生を終えるように、夢を諦めさせようとして……
(なんだ……自分だって、下の忍者こいつらと変わりないじゃないか)
 己の都合に巻き込んで、彼の意思を尊重せずに利用しようとした。私も、結局はずる賢い忍者なのだと、認めざるを得ない。あまりの鈍さと愚かしさに、自嘲の笑みが滲み出る。本当に、馬鹿だ。小松田君のことを鈍臭いと思うことも多いが、自分の方が余程馬鹿だ。
 ……それでも。私がこの忍者どもと違うと主張できることが、ひとつだけある。
(小松田君を、守りたい。絶対に、この城なんかに引き渡してやるものか)
 私は彼を使い捨てたりしない。何があっても絶対に見捨てない。彼の、あんな……

『わ、かりました……ご迷惑、でしたよねぇ……。い、今まですみませんでしたぁ』

 ……あんな泣きそうな顔は、もう見たくない。これ以上、あの顔をさせてなるものか。
 早く帰ろう。帰って、この情報を伝えて。それで小松田君にも謝って。それで――

「近々、忍術学園の者が我々の動向を探りにくるやもしれません。例の事務員を早々に引き入れ、対侵入者の見張りとして据えるのはいかがでしょう?」
「ふむ、よい案だ。かつての仲間に侵入を感知されたとなると、さぞ屈辱的だろう。上手くいけば同士討ちしてくれるやもしれん。さすれば我々も無駄に手を汚さずに済む」
「元仲間を手にかけたとなると、その動揺も大きくなるでしょう。更なる隙が生まれる可能性もあります」

 下からの声に、返しかけた踵を戻す。……今、何と? 小松田君を道具のように利用するだけでは飽き足らず、それを学園の者にぶつける? 同士討ちすればいいと?
 非道ではあるが、その手の策は珍しくない。だがそれを、小松田君に使うだと? 彼がどれだけ傷つくかも理解しないで。こいつらは、易々と言ってのけて。
(ふざけるな――
 いっそ今、ここで始末するのも。――そう考えた瞬間だった。

――ッ! 誰だ!」

 鋭いすい。同時に、下方から黒い塊が天井板を鋭く破った。苦無だ。
「チッ!!」
 殺気を気取られた。あの一瞬の、しかもほんの僅かなモノを。完全に判断を見誤った。反射的に怒りに身を任せてしまった自分の未熟さを痛感する。
 このまま交戦しては、確保していた退路も絶たれかねない。物音や気配への気配りを捨て、私はその場から脱兎の如く逃げ去った。

「曲者だ!! 逃すな!!」

 四方八方から気配が集まってくる。奴らの仲間の忍者なのだろう。取り囲まれる前に、せめて城からは脱出しないと……
 この詰所が城の端にあるのがまだ救いだった。天井裏から屋根へ、そして塀を飛び越える。隣接する雑木林へと身を潜めるが、当然それで諦めてくれる訳がない。
 闇夜に紛れても、互いに夜目が利くのは承知の上。しかしここは相手の領地。追手にとっては庭同然だろう。こちらの分が悪いのは明らかである。少しでも遠く、急いで距離を取らないと。
 幾度か手裏剣を打ち合い、追いついてきた相手と刃を交えつつ、どうにか国境にまで辿り着くことができた。ここを越えれば、向こうとてそう簡単に手は出してこないだろう。近くには隣国の出城もある。下手に騒ぎを起こして困るのは相手の方だ。
 無事に境界を越えた私は、更にそこから離れるように走った。やがて、例の出城を視認できる場所でようやくひと息つく。ここは川や山、急峻な崖などによる自然を利用した城である。天然の要塞は、時として人工的な砦を上回る防御を誇る。
 そしてここは国境付近なので、見張りの兵もそれなりの数が広範囲に配置されている。おそらく微かな騒ぎも見逃さないはずである。その堅牢さを、今回は少しばかり休憩に利用させてもらおう。
……しくじったな)
 この時期の侵入者となれば、忍術学園の者だと悟られるかもしれない。話を聞かれたことから計画を早められる可能性もある。最悪の場合、小松田君を引き抜かずに押し入ることも考えられる。
 そうなると、真っ先に狙われるのは、侵入者にサインを求める彼――……
「そんなことあってたまるか……!」
 私が帰らなければ、あいつらが動くより早くに戻らなければ。小松田君に危険が迫ることに変わりはない。全部勝手に動いた自分の失態だ。尻拭いまでやってやるとも。
 もう休憩は終わりだ。忍術学園に戻って、小松田君を――

「がッ……!?」

 左肩に走る、痛み。肩に刺さるそれは、闇の奥から放たれた棒手裏剣だった。すんでのところで心臓へ刺さるのは回避したものの、痛みと衝撃から反応が遅れる。
 迫る影が刀を振う。足場が不安定で身体が安定しない。眼下の闇が大きく口を開いて、自分を招いている。白刃が、迫る。防御が、間に合わ、な――

――利吉さん!』

 あぁ……君は、こんな時にまで。私の脳裏に現れるのか。

(そうか、だから私は――……