彼方の作品倉庫
2026-05-27 15:03:56
27723文字
Public 利こま
 

【長めのサンプル】二六時中、好日也。-ひだまり-

書き下ろしの話について、長めのサンプルです。
1話だけですが、全部で10ページあります。


 学園内を歩き回り、ひとのない場所を見繕う。適当な物陰で、私はようやく小松田君の腕を解放した。
「どうされたんですか急に。驚きましたよぉ」
……それはこちらの台詞だよ」
 落とした声は、思ったより低く。そして冷たい。そこに籠められた感情は自分でもよくわからない。ただ……決していいモノではないことだけは、すぐに理解できた。
「ここを辞めるの?」
「えっ。ど、どうして利吉さんがそのことを……
「さっき土井先生から聞いたんだよ。急に話が舞い込んできたことも、君が保留にしていることも全部」
「そう、ですか……。いやぁ、びっくりしちゃいますよねぇ。いきなりな上、あんなに熱烈に誘われるだなんて。でも『僕もようやく、忍者として認められる時がようやく来たんだなぁ』と思うと、心が躍って――
 ぎこちない反応かと思えば、次の瞬間には立て板に水のように言葉が溢れてきた。それは一見、本心のようで。だが……同時に何かを誤魔化すような様子も見られた。
 普段の私なら、そこを突いて隠し事を暴く方に話を進めるだろう。しかし今は、そちらへ舵を切る余裕がなかった。
 彼が、嬉々として話すものだから。その呑気さに、その愚鈍さに。苛立ちが少しずつ募っていく。そんな私に気づかないまま、彼は満面の笑みをこちらへ向けてきた。
「そうだ!! 利吉さん、よろしければ僕に忍術などを教えていただけませんかぁ?」
……私が、君に?」
「はい! やはり一流の技を会得するには、一流のプロ忍者から教わるのがいいと思いまして。そうすれば次の勤め先でも、きっとバリバリに活躍でき――
――それがどういうことか理解しているのか?」
 声に凄みが増す。流石の小松田君も、びくりと小さく肩を震わせて言葉を止めた。
 あまりの能天気さに、とうとう苛立ちが最高潮に達する。ここまで怒ると逆に冷静になれるのか、などと他人事のような感想を抱いた。
 忍術を教えろ? バリバリに活躍できる? ははっ、何を馬鹿なことを。――いい加減、現実を見ろ。
「も、もちろんですぅ。だからこうやって、いろいろと極意を教わろうと……
「ふざけてるのか? 忍たま達だって六年もかけて知識と技術を詰め込んで実践に臨んでいるんだ。私も幼い時分からずっと鍛練を重ねてきた。それくらい時間をかけないと身につかないし、覚悟も決まらない。格好いいだとか憧れだとか、そんな生半可な気持ちで務まるほど忍者という生き方は甘くないんだ」
「ふざけてなんか……。ぼ、僕だってちゃんと理解して――
「何を?」
「え……
「君は、忍者の“何”を理解しているんだ?」
「そ、それは……
 ほら見ろ、答えに窮したじゃないか。所詮は憧れだけで築かれた夢。少しつつけば、あっという間に塵に帰す脆い砂像である。
 基礎も才能もなければ適性もない。夢見がちな意欲だけが前のめりに勢いづいているが、そんなのは幼子でもできることだ。忍者として生きるなら、当然それだけではどうにもならない。
 それを理解しないまま十六年の月日を過ごして、結局は忍者の本質を見ていない。見ようとしていなかった。だからそんな甘いことが言えるのだ。しかも一朝一夕で忍術が会得できるとでも? ふざけるな。そんな近道がある訳ないだろう。
「そもそもの話だけど……君は、私がプロの忍者だから付き纏っているのか?」
「えっ……
 思わぬ質問だったのか、小松田君は虚を突かれた顔をした。なぜそんなに驚くんだ。当然のことを確認しただけだろうに。君が私の後を追ってくるのは、サインを求めてくる時と忍者について話を聞きたい時だけじゃないか。
「そういうのはやめてくれ。前から言ってるけど、イライラするんだ」
「ど、どうしたんですか急に」
「別に私じゃなくても、この学園には優秀な先生が大勢いる。彼らに教えを乞えばいいじゃないか。君にはそれくらいがちょうどいいだろうし、お似合いだよ」
 訪れるたびに付き纏われて、こちらに利益はひとつもない。そんな損しかない状況を受け入れていると思い込まれるのは御免だ。憧憬だけで絆されるほど、私は優しい人間ではない。
 仮に何かしらの間違いで、万が一にでも教えることになったとしても私は多忙な身。学園に頻繁には来られない。まばらな来訪を待つくらいなら、身近な人間に教わればいい話である。
 それに彼らは教師だ。余程私より人に教え慣れている。本気で忍者になりたいなら、まず手習い程度から始め、その後に適性を伸ばすべきだ。不審な申し出オファーなんぞ断れ。
「そ、そんなこと言わなくても……
「それに、もう何度も言っているだろう。君は忍者に向いていない。わかったら、こんな無駄なことはやめるんだ」
 そもそも、私のような忍者タイプに憧れること自体が間違っているのだ。危険な目に遭うことは日常茶飯事。誰かを傷つけることだってある。まだ穴丑あなうしなどの方が可能性が……あるはずないが、決してないとも言い切れない程度に、一縷の望みに賭ける価値がある……かもしれない。
 実家が商家なら、営業の話術を磨ける機会もあるだろう。それを利用すれば、情報の収集や交換の中継地を担うこともできる。漏洩にさえ気をつければ、小松田君にもできる…………と思いたかったけど、何をやらせてもドジを踏むからな……。実際にその手のやらかしもしているし……。だが少なくとも、私のような忍者を目指すよりは遥かに適しているはず……である。多分。
「無駄、って……
 それを最後に、小松田君は黙りこくってしまった。ようやく理解できたか。そう、無駄なんだよ君がやってることは。根本的に目指す方向性がズレているのだから。何も私に固執しなくとも、早々に自分に合った目標を定め直して……
…………………………
…………?」
 ……なんか、静かな時間が長くないか? あのマイペースに喋る小松田君が? 俯いていて表情はよく見えないし……
 あまりにも無反応なので、不躾ながら下から顔を覗き込もうとする。しかしそれより早くに、彼がパッと顔を上げた。――とても下手くそな、笑顔を浮かべて。

「わ、かりました……ご迷惑、でしたよねぇ……。い、今まですみませんでしたぁ」

 震える声。明らか無理に作っている笑顔。いつもの朗らかさがどこにもない彼を見た私は、一瞬にして苛立ちが消し飛んだ。
……あれ? これ、何か…………変に拗れていないか……?)
 違和感を覚えると同時に、蹲っていた怒りがその座を焦燥感へと譲った。背筋に冷たいモノが走り抜ける。鋭い針を呑んだように、喉の奥にひやりとした痛みが広がる。やがてその痛みが、呼気と共に肺にまで達した。
「こ、小松田君。その……
 ロクな言葉が浮かばず、その先が紡げない。どうして、そんな顔を。ただ私は、城勤めを諦めさせようとしただけで。苛立ちも手伝った為、少し厳しい言い方にはなってしまったが……
 何かが決定的に、そして致命的にすれ違っていると確信した。何が、どこで私は間違えて――