彼方の作品倉庫
2026-05-27 15:03:56
27723文字
Public 利こま
 

【長めのサンプル】二六時中、好日也。-ひだまり-

書き下ろしの話について、長めのサンプルです。
1話だけですが、全部で10ページあります。


『そもそもの話だけど……君は、私がプロの忍者だから付き纏っているのか?』
『そういうのはやめてくれ。前から言ってるけど、イライラするんだ』
『別に私じゃなくても、この学園には優秀な先生が大勢いる。彼らに教えを乞えばいいじゃないか。君にはそれくらいがちょうどいいだろうし、お似合いだよ』
『それに、もう何度も言っているだろう。君は忍者に向いていない。わかったら、こんな無駄なことはやめるんだ』

……………………もしかして私、かなり最低な言葉を突きつけてしまったのでは……?)
 先の発言を、もし彼が額面通りにしか受け取っていないのなら。私は小松田君を突き放した上に、嫌味を告げて夢を捨てるよう言ったことになる。
 いや「誰かが“現実”をしっかりと教えてやるべき」とは確かに思ったし、その役目も私の意思で担ったものだ。その点については何の間違いもなかった。ただ……ここまで相手の全てを否定するようなつもりは、全くなくて。小松田君を傷つけるようなことを、する気は……
「ち、違――
「ッ! ――侵入者!!」
「えっ」
「入門票にサインを〜!!」
「待って小松田君!!」
 伸ばした手が彼の背中を捕らえることはなく。虚しく空を切って行き場をなくしたそれを、やおら己の口元へと当てる。
 焦りから口をついて出ようとしたのは……謝罪ではなく、自己保身の言葉だった。何も違わないのに、勘違いさせてしまうような言い方をした自分が悪いのに。今更否定しようだなんて、なんて都合のいい……
「最低だ……
 小松田君に構う理由もわからずに土井先生から逃げたことも、小松田君に苛立ち混じりの酷い言葉をぶつけたことも、その非を認めずに言い訳しようとしたことも。全部、最低すぎる。
 自分が原因だと理解はしている。でも、なんだって、こんなことに……
「くそっ……!」

 ――――――――――――――――――――

「利吉さん、お帰りですか? それなら出門票にサイン、を……
「あぁ、うん……
 正門の前にいた乱太郎が、用箋挟クリップボードを差し出してくる。それを上の空のまま受け取り、ぼんやりと真白の紙面を眺める。
 この後、とある依頼の事前調査をする予定がある。日中に済ませる必要がある為、夕方に戻る父を待っている訳にもいかない。学園長先生も用事で出かけているらしく、会うことはできなかった。小松田君も侵入者への対応を終えた後、他の仕事に向かったようで見つけられなかった。
 結局何ひとつ成し遂げられず、成果は当初の目的である洗濯物の回収だけとなってしまった。その風呂敷包みもいつも以上に重く感じられる。それはまるで自分の悩みを訴えているように思えて、このまま放り投げたくなる。
 それでも手放さないのは「何とかしないと」という漠然とした義務感と、深く突き刺さる罪悪感ゆえだった。どうすれば彼に許してもらえるだろう。何を言えば誤解が解けるのだろう。そう繰り返し考えるも、出口のない迷路で同じところを彷徨さまよっているようで。何度もぐるぐると、変わり映えのない景色しか見えなくて。
 小松田君に会わないまま、何も解決しないまま学園を立ち去ろうとしてるくせに。今後、彼に謝罪できる機会があるとでも? ……そんな自分の声の嘲笑が、鼓膜を震わせた気すらした。 
……利吉さん?」
「あ……! ごめんごめん。サインだったね。……はいこれ」
 ぼんやりとした意識が呼び戻され、慌てて署名する。乱太郎にまで迷惑をかけてどうするんだ。しっかりしろ自分。
「ありがとうございます。……あの、何かあったんですか? さっき小松田さんを見かけたんですけど、どこか様子がおかしくて……それに利吉さんも……
「そう、だね……あったんだと思う…………ううん。あった。あった、ね……
……余計な心配だと思いますが、きちんとお話しして、早めに解決された方がいいですよ」
「うん……。今は時間がないから、次の時には……うん……
 その“次”がいつになることか……という言葉は飲み込んだ。ただでさえ学園への訪問は頻繁ではない。それに自分の意思とは関係なく、訪問自体が不可能になることも少なくない。距離や時間の問題もあれば、仕事の都合で足を運べない時もあるのだから。
 忍術学園と緊張関係にある城から依頼を受けた時などは特にそうだ。関係者であることを悟られないように、数ヶ月に渡って疎遠になる必要がある。今もいつくかの仕事を請け負っているが、依頼主の中には学園のことをあまり快く思っていない者もいる。少なくとも半月からひと月以上は時間を置くべきだが……
……それだと、小松田君に謝れない)
 言伝や手紙だと誠意が伝わらないかもしれない。やはり直接の謝罪が最適解だろう。
 心配事は他にもある。例の引き抜きスカウトの件だ。保留にしているとはいえ、彼が申し出を受けてしまうことも考えられる。私の言葉で引き止めに成功したとも思えない。……それどころか最悪、反発して出ていく可能性も……
……駄目だ。嫌なことばかりがよぎってしまう。完全に行き詰まっている)
 それなのに、「どうにかしないと」という焦りばかりが先行する。こういう時はロクなことにならないし、いい考えは浮かばない。気は進まないが、やはり一度落ち着いてから改めよう。……なるべく近い内に、ここへ再訪できるよう調整して。
「じゃあ、また。父と……小松田君に、よろしく」
「あ、はい……。お気をつけて」
 正門を出て、学園を後にする。……彼の見送りがない所為か、普段より後ろ髪を引かれる気分がした。仕方ないだろう、今粘ったところでいい結果になると思えないのだから。そう自分に言い聞かせて、愚図る足を無理やり前へ進ませる。
 ……その間も、思考の最奥では答えのない自問自答が繰り返されていた。永劫に終わることのない、地獄の刑罰のように。

 ――――――――――――――――――――

「あれ? ……あ、しまった!! これ入門票だ! 書き直してもらわないと……って、もういないし……
「乱太郎君? どうしたのぉ?」
「小松田さん! あ、あの…………ごめんなさい! これ……
「うん? ……利吉さんの、サイン?」
「さっき利吉さんが帰られたんですけど、サインしてもらう際に間違えて入門票を出してしまって……ど、どうしましょう……!?」
………………
……こ、小松田さん……?」
「あ……。ううん、気にしなくていいよ。次の時に書き直してもらうから。僕こそ変なこと頼んでごめんねぇ」
「いえ…………あの、小松田さん」
「何?」
「大丈夫、ですか……? その、何か無理されているとか……
……ありがとう、乱太郎君。僕は大丈夫だよ。……うん。きっと大丈夫、だから……