彼方の作品倉庫
2026-05-27 15:03:56
27723文字
Public 利こま
 

【長めのサンプル】二六時中、好日也。-ひだまり-

書き下ろしの話について、長めのサンプルです。
1話だけですが、全部で10ページあります。


 改めて、かくかくしかじか。乱太郎達から聞いた話を、土井先生へと確認する。
「それで……真偽の程は?」
……噂は本当だよ。結論はまだだけど」
 曰く――小松田君が持つ、対侵入者の察知能力を買われたらしい。その能力に目をつけたとある城から、数日前に「うちで働いてほしい」と声がかかったようである。しかも『一兵卒ではなく、正式に忍軍の一員として迎え入れたい』と言われたとか。
 希少な能力を重宝したいのだろう。提示してきた破格の条件は、学園側にとっても損するものではなかった。あとは本人の心次第。
「あまりにも上手い話だから、疑わしくはあるけれど。でも小松田君、結構喜んじゃって……
 下手に夢を壊すの避けた先生方は、話を保留の方向へ持っていったのだという。俄かに湧いた申し出なので、その場で返事するべきではないという判断もあったのだろう。
「そして現状に至る……と」
「この噂はきっと、学級委員長委員会が君達の関係を調べている時に知ったんだろうね。教職員のみで共有してたから、生徒にまで知られるとは思わなかったんだけど……タイミングが少し悪かった」
……それで、小松田君は乗り気なんですか?」
「最初はね。でも本人も思うところがあったのか、保留に賛成はしたよ」
 つまりは返答待ち。まだ決定事項ではないから、私にまで情報が回ってこなかったという訳か。いや、事が全て済んでから情報を得ても手遅れなので困るのだが。
……小松田君はどこですか?」
「今はきっと、今後について吉野先生と相談を……
 土井先生が首を傾げつつ答えた。それを聞いた私は、今度こそすっくと立ち上がる。
 彼が何を考えているかはわからない。だが、事態が膠着しているのは好都合だ。今の間に――
「彼と話してきます」
「利吉君? 一体何を……
「以前から本人にも伝えてはいますが、彼は忍者に向いてません。この学園内ならともかく、他の場所で同様に生きていけるほど世界は甘くない。そして最たる問題は、本人がそれを全く理解できていないことです」
 ここが平和なのは強固に守られているから。一歩外へ出れば、危険しか蔓延っていない戦乱の世である。
 その渦中になりかねない城勤めの忍者など、彼に最も相応しくない職だ。だから幾度も忠告したのに、彼は自身の夢を――忍者になることを諦めようとしなかった。それどころか、私に忍術の指南を求めてくる始末である。身の程を知れと何度思ったことか。
「彼が人生生き方を選ぶのは自由です。しかし、それで学園に――ひいては父や土井先生にまで迷惑がかかるのは論外です。彼の行動ひとつが、周りにどれだけの影響を及ぼすことか……それを理解させるのが先決でしょう」
「話し合うのはいいけれど……喧嘩しないようにね」
「もちろんですよ」
 これは喧嘩ではなく、ただの忠告を兼ねた指導だ。ほら、喜びなよ。君が望んでいたご指導だぞ。それも、君の憧れとやらのプロ忍者からだ。もちろん諸手を挙げて歓迎してくれるんだろう?
……利吉君、ひとつ訊いてもいい?」
「何ですか?」
「どうしてそこまで小松田君に構うんだい? 君にすれば、直接関係ある訳でもない。放っておけばいい話だろう?」
「だからさっき説明したように、あなた達が迷惑を被る羽目に――
「私には、君がそれ以外の理由も抱えているように見えるけれど?」
 それ以外の理由、とは。その問いかけに促され、自分の思考を洗い直す。記憶をひとつひとつ手繰り、心当たりを探す。……しかし、答えは出なかった。
 土井先生の言う通り、本来なら無視すれば終わりの話なのだ。話しかけてくるからと、律儀に付き合うこともない。適当な態度を取り、距離を置くことも造作ないはずである。
 ……だが、小松田秀作あの人間はそれを許してくれない。いつだって――下手をすれば、当の本人がいない時だって。私の思考に現れては存在を主張してくる。
 間抜けた声と平和ボケした笑顔と、無駄に輝く目を向けられるたびに頭痛が積み重なる。そして眼前に本人がいれば、更に痛みは増す。実害だってそれなりにあった。
 これ程の迷惑を被っているのだ。愛想だけよくして自然と距離を取っても、誰も咎めないはずである。「あぁ、仕方ないよね」と苦笑い程度で済むだろう。……どうして、それができないのか。自分でもわからなかった。
 他の人間相手ならいくらでも取り繕えるのに。小松田君相手では、本音が思考より先に飛び出してしまう。本人は無意識だろうが、自分から本心を引き出しているのもやや気に食わない。プロ忍者としての矜持プライドを傷つけられている気分だ。“怒車の術”でもなく、ただの天然な言動ごときで。あんな、ただのヘッポコに……
……別の理由なんてありませんよ。小松田君には大した関心もないので、対応は雑かもしれませんが――
「利吉君。無関心だったなら、普通は相手すらしないものだよ」
――ッ」
 土井先生の指摘に、反論はできなかった。鋭い言葉に、見て見ぬフリをしていた答えを暴かれたようで。でも、その答えに従わない自分に向き合いたくなくて。従わない理由を見つけられない未熟さを認めたくなくて。私は、ただひたすら沈黙するだけだった。
……………………失礼、します」
 鎮まりようのない不快感を抱いたまま、私は部屋を後にする。そして一歩外へ出た瞬間に出くわした相手を見て、思わず歯噛みした。注意散漫になっていたのだろう。彼の気配に、気づかなかったなんて……
「うわわっ! あ……
「ッ! 小松田、君……
「そ、その……利吉さんがいらっしゃったと伺いましたのでぇ……お茶をお持ちしたんですけど……
 私とぶつかりそうになりながらも、盆の上の湯呑みは倒れていなかった。中身のお茶も零れておらず、茶柱が綺麗に立っている。出会い頭にぶっかけられないなど珍しいこともあるものだ、と妙な感心をしたが……
「えーと……
 気まずそうに逸らす目。ぎこちない笑顔。……こいつ、今の話聞いていたな。どこから立ち聞きしていたかは定かではない。しかしお茶の湯気がまだ立ち昇っていることから、そう長い時間いた訳ではないだろう。ついさっき、といったところだろうか。

……別の理由なんてありませんよ。小松田君には大した関心もないので、対応は少し雑かもしれませんが――

 ……アレを聞かれたか。まぁいい。下手に誤魔化すより、腹を割って話した方が今後の為だ。改めて説明する手間も省けた。
「すみません土井先生、代わりにお茶飲んでください。――小松田君こっち。話がある」
「り、利吉さん!? わわわっ……
 奪うように湯呑みを取り、土井先生へと差し出す。そして受け取りを確認したと同時に踵を返す。小松田君の手首を掴んで廊下を進むと、後ろから彼が慌てる声が聞こえた。だからと言って、この早歩きをやめるつもりなはい。
 まず会話を始めないことには何も変わらないのだ。この能天気で世間知らずな箱入り息子が、夢を現実にしたいと決めたのなら。その人生みちを歩むと決めたのなら。誰かが“現実”をしっかりと教えてやるべきなのである。
 ……その“誰か”が自分というのも、どうかと思うが。

……やれやれ。利吉君、また損な役を引き受けちゃって…………熱っ。……あまり荒れないといいのだけれど」