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彼方の作品倉庫
2026-05-27 15:03:56
27723文字
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利こま
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【長めのサンプル】二六時中、好日也。-ひだまり-
書き下ろしの話について、長めのサンプルです。
1話だけですが、全部で10ページあります。
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千の言葉より
全てにおいて正反対だった。
性格だけでなく、好み、反応、物事の考え方や捉え方、生きてきた
人生
みち
に至るまで。何かのきっかけがなければ、交わることも相容れることもない。私達はどこまでも平行線の存在のはずだった。
なのに袖が振り合ってしまったあの時から、彼はたびたび“こちら”へ来ようとした。どれだけ拒絶や否定を繰り返して、その意思を示しても、彼は全くめげなかった。こちらが根負けしそうなほどに、彼の“夢”とやらは頑強だった。
どこかに「諦め」という言葉を忘れてきたのか、それとも最初から存在しないのか。何にしろ、彼は一途にその願いを持ち続けていた。この乱世を生き延びる為に必要とするのではなく、ただ純粋に。眩しいほどまでに。その“夢”は、ただ「格好いいから」という憧れだけで構築されていた。
なんて幸せなんだろう、と思った。もちろん感心や羨みではない。いや、ある種の羨ましい気持ちはあったかもしれない。だがそれは、決して快いモノではなかった。寧ろ真逆だ。
会うたびに向けてくる羨望の眼差しも、上っ面だけしか見ていない浅慮さも、そこから生まれる軽すぎる言葉の数々も。全てにおいてこの上なく不快だった。
君は忍者の何を知っている? いや、きっと何も知らないのだろう。
騙し騙され、裏切り裏切られる日常も。相手の言葉を素直に受け取れない疑心暗鬼の日々も。やむを得ず相手を手をかける時の得物の重さも。その命を摘み取る時に襲いかかる重圧も。目を背けようとしても現実を突きつけてくる、血の金臭さや生ぬるさも。全て全て、何もかも。
そんなモノをひとつでも知っていれば、間違っても憧れなど抱かない。表舞台に立つこともなく、人知れず消えていくような存在に向ける感情ではないことも理解するはずだ。
世間の過酷さも忍の非情さも知らず、然程の苦労もなく箱庭で大切に育てられてきた無垢な子供。この戦乱の世で、その人生がどれほど幸せなことか。元から持っている彼は、きっと自覚することすら難しいだろう。
そんな彼には絶対に理解できない。できるはずもない。“こちら”で生きていくことなど、文字通り夢のまた夢だ。夢のままで終わらせてやることこそ、彼にとって真に幸福な人生に違いない。
だからこそ
――
。
「間違っても、君は“こっち”へ来るなよ
……
」
正反対で構わない。自分に合わせようとしなくていい。この時代、君が持つ純真さは、そのままだからこそ価値がある。
誰かに奪われ、傷つけられ、踏み躙られることも珍しくない。現実を突きつけて目を覚まさせようとする者もいれば、悪意から認識を歪めようとする人間だっているだろう。
だが彼は、そんな周囲に流されることなく自分を貫き通している。変に捻くれず、疑いもせず、曲解もしない。自分で見聞きしたモノを素直に受け取り、生まれた感情や夢を大切に抱き続ける。それが、この世界でどれだけ難しいことか。
その真っ直ぐな心根は、意固地な幼子のようでありながら、どこか信念に通ずる強さと清廉さを併せ持っていた。そして
……
夢を抱き続けるその純粋な心が、自分には眩しくて仕方がなかった。つらくて、苦しくて。毒のようにじわりと蝕む眩さに、苛立ちを覚えることもあった。
つらいのなら逃げればいい。苦しければ拒めばいい。己を苛む光を突き放して距離を取るなど、簡単なことである。
そもそも自分は忍者だ。月明かりを厭い、闇に紛れて生きる生業に光などいらない。そうすれば、どれだけ楽になることか。
……
楽になる、はずなのに。
(手放しがたくなってしまったのは、いつからだっただろうか)
かつて自分が捨て去ったモノ。そして同時に、今の自分が触れてはいけないモノ。それを今なお、彼の心は宿している。
透き通った玻璃や石英のような心に、瑕や汚れがつかないように。自分の言動で曇らせてしまわないように。大切だからこそ、やはり距離を置かねば。頭ではそう理解している。
――
なのに心は、とても正直だった。
苛立ちの原因だから手放せばいい。大切だからこそ手放すべき。理由という名の言い訳だけなら無限に生み出せる。だがそんな脆い建前を重ねたところで、ひとたび自分の気持ちに気づけば意味がない。朽ちた木の如く、容易に崩れ落ちてしまう。
たとえ楽になれるとしても、汚す心配がなくなるとしても。その後に訪れる苦痛の方がきっと耐えられない。その自分本位な浅ましい本音が、遠ざかろうとする私の足を引き止めていた。
そうやってずるずると彼の傍にいたから、彼は私への憧れをやめなかったのだろう。何が「忍者には向いてない」だ、どの口が言えたものなのやら。
だが
……
そんな愚かな自分が、浅ましさついでにもうひとつ望んでいいのなら。何を差し置いてでも伝えたいことがある。乞い願うことはとうに決まっていた。
「
……
どうか、君は。君のままでいてくれ」
忍者になろうとなど思うな。相手を疑い、必要があれば手を汚すような生業、君に合うはずもない。
それでなお望むなら、せめて彼らを支える役割に回るんだ。命を危機に晒すことばかりが全てではない。性格や能力に見合った場所で、彼らの力になればいい。
君は考えもしないだろうが、それは大きな助けとなる。事実、自分がそうだったように。
そんな彼に負けず劣らずの甘い願いが、思考の端をよぎる。彼に感化でもされたのだろうか。全く、馬鹿らしい。本当に馬鹿だ。
(
――
そんな人間に、心を寄せてしまっただなんて)
地面の冷たさが、横たわる身体に染み込む。意識までもが侵蝕されていく。代わりに身体からは、流れ出る血と共に温もりが奪われる。おそらく、もう時間の問題だ。
こんな人生の間際にまで、思い出すのは彼のことばかりである。数日前の自分が知れば呆れ返ることだろう。
あぁ、でも。
(君を想いながら逝くのも
…………
悪くは、ない
……
か
……
――
)
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