サブさぶれ
2026-05-09 17:43:58
20837文字
Public ワンドロワンライ
 

ワンドロワンライまとめ

sgaoワンドロワンライのお題で書いた作品まとめです。
覚えているものはタイトルと一緒にお題とかかった時間も記録しておきます。


せめて夢の中で

お題「夢で会えたら」

 一日の疲れをサイコソーダで洗い流す。炭酸のこまかな泡が弾け、口いっぱいに果物に似た甘い味が広がった。プハッと息を吐く。薄水色の瓶をもう一度あおる。それでも何となく、まだ少し身体が重たく感じた。

「今日、何かあったっけ」

 大きな独り言がピカピカのキッチンに落ちる。ついこの間までチョコ菓子の包みと空き瓶で埋め尽くされていたシンクには、ぼんやり顔の自分が映っていた。冴えない表情をした自分をこれ以上見てられなくて、スグリは衝動的に空っぽになったばかりの瓶をシンクに投げ入れた。ガシャンッガラガラ。大げさな音を立ててシンクに傷がついた。
 沈んだ気分を引きずったまま、改めて今日を振り返る。何てことない、普通の一日だった。いつもより座学が多く、その内の一コマで先生に当てられて慌ててしまったけど、きちんと正解を答えられたしクラスの皆から拍手ももらえた。先生なんて「パーフェクトだね!」と大袈裟なくらい褒めてくれた。やり直しだしたブルベリーグも順調に勝ち進んでる。ブルレクだってバッチリだ。

 ——それじゃ、なんで?

 自分に問いかけてみるけど当然答えは返ってこない。無意味な行為のせいで、もやもやが余計拡大してしまった。

……つかれた」

 満天の星空が表示された窓を見やる。月の傾き加減から察するに、時刻は大体二十一時半だろうか。休学中の遅れを取り戻すのであればもう少し頑張った方がいいのはわかっている。だけど——頑張るのは明日以降に延期してしまいたい。まだシャワーを浴びてないけど、今すぐ布団に潜り込んでしまいたい。思うや否や、スグリはベッドへ向かった。実家から持ってきたお気に入りのブランケットは、朝の自分がいかに焦っていたかを思い出させてくれた。ぐちゃりと乱れた布団をめくる。
 パジャマに着替えなきゃ、でも今着てるのもジャージとタンクトップだし、それに明日はどうせ土曜だし。
 自分を慰めるための言い訳を脳内に並べたてつつ布団に足を突っ込むと、硬くてスベスベした何かがつま先にぶつかった。

「わひゃっ」

 間抜けな声が出る。ここ一か月は特に気を張って清潔さを保っていたはずだが、片付け忘れがあっただろうか。いや、そんなはずはない。だとしたら……。背筋に冷たいものが走る。一刻も早く不安を払拭したくて、スグリは布団を勢いよく剥いだ。ベッドの中にいたのは、

「え、ポリゴンZ? また勝手に出てきたの?」

 自分の手持ちの中でもっとも気まぐれな子は、返事をするようにギギキュィと独特な電子音を発した。何を考えているのか〝おや〟の自分でもよく分からないこの子は、時折こうして勝手に外に出てきてしまう。出てきたところで電子音を鳴らしながら宙をクルクル回るだけなので放っていたのだが、まさかベッドに入り込んでくるなんて。予想外の行動に面食らったが、オバケじゃないならひと安心だ。

「俺もう寝るから。ポリゴンZもボールさ戻って」

 呼びかけるが反応がない。両手としっぽをペタリとシーツに置いたまま、頭だけその場で回転させている。

「まさか……寝てんの?」

 ポリゴンZは動かない。耳をすませるとピビィ、ビギィと普段の何倍も静かな声が聞こえてきた。確かに、規則的な鳴き声は寝息じみている。そう考えると頭の先と尾が極端に近いのも、身体を丸めているように見えてきた。

「え。ポリゴンZって布団さ入って寝んだ」

 何にもない場所に浮かんで頭と両手をだらりと下げる寝姿しか知らなかったから意外に感じた。図書室に置いてある図鑑や飼育マニュアルでも見たことない。となると、もしや新発見では? 鬱々としていた心にパッと明るい光が差す。

「わやじゃ。これ、アオイは知ってっかな」

 あらゆるポケモンを育てている彼女だが、さすがにこれは知らないんじゃないか。まん丸の大きな瞳が驚きにきらめく様を想像する。耳の奥では早くもプリンよりも愛らしい声が「すごいね! 大発見だよ!」と弾んでいる。

「ふふ。早速明日教えんべ」

 朝一番に部屋へ押しかけたら迷惑だろうか。いいや、アオイなら絶対喜んでくれる。ついでに朝ご飯も一緒に食べられたらいいな。ドームに降りてピクニックして、アオイの好きなサンドウィッチを作って——。そこまで考えてハッとした。

……もう、できないんだった」

 どんな大発見をしても、どんなに早起きしても、アオイに会うことはかなわない。彼女はすでにパルデアに帰ってしまったのだから。心を重く沈めていた理由を思い出したスグリは胸をぎゅっと掴んだ。
 アオイの留学が終わったのはつい先週のこと。最終日のギリギリまで思い出を山盛り作って、次のお休みが来たら絶対遊ぼうねと何万回も約束して、キスもハグも、それ以上のこともたくさん重ねた。手紙も一昨日届いたばかりだし、昨日なんて姉のスマホを借りて通話もしたのに。一生のお別れじゃないと分かっているのに。毎日顔を合わせて笑いあっていた反動なのか、どうしようもなく寂しいと思ってしまう。時差六時間の距離を考えると息ができなくなるから極力考えないよう努めてるのに、無意識にアオイを求めてしまう。

「アオイ」

 愛しい三文字を呟いてみたが、心にあいた空虚な穴がいたずらに広がっただけだった。唇を噛み締める。「そんなにギュッてするとキスのし心地変わるからやめて」と戯けまじりに咎めてくれる人がいないから歯だって思う存分立てられる。それが余計に孤独を引き寄せた。
 いつの間に起きてきたポリゴンZが鼻先に尾をぶつけてくる。彼なりの慰めだと勝手に解釈したスグリは鼻を啜ってから「ありがとう」と言った。ギギピピュルリと元気な声の後、気ままな子は自室へと戻っていった。完全に音のなくなった空間に横たわる。

「明日起きたら、夏休みさなってればいいのに」

 それが無理ならカイリューになりたい。強靭な翼を持つ竜になってパルデアまでひとっ飛びして、大好きな人を抱き締めたい。もしくは自分のスマホがほしい。姉のスマホじゃ伝えられなかった分「大好き」を届けたい。画面越しでいいから柔らかな唇に触れたい。ミルクチョコ色の瞳に己の黄色を添えたい。
 アオイを想う度に我儘になっていく自分に嫌気がさす。こんなんじゃ嫌われてしまう。分かっているけど、無限に込み上げてくる悲しみを抑えられない。
 現実が叶わないのならせめて夢で会えますように。寂しさに濡れたまつ毛を固く閉じて祈る。どうか今日こそ会いにきて。願いながらスグリは焦るように一日を終わらせた。


 その日見た夢は、紫色のカイリューと茶色いカイリューが見知らぬ花畑でワルツを踊ってる夢だった。