サブさぶれ
2026-05-09 17:43:58
20837文字
Public ワンドロワンライ
 

ワンドロワンライまとめ

sgaoワンドロワンライのお題で書いた作品まとめです。
覚えているものはタイトルと一緒にお題とかかった時間も記録しておきます。


香り

お題「香り」

 部室に入った途端、甘い見知らぬ匂いが鼻をふんわりとくすぐった。
「あ、スグリ君! お疲れ様~」
 桃色の髪をサラリと揺らし、先輩のタロがスグリに向かって手を振った。部活に関する事務作業をしてくれていたのだろう。彼女の前には何枚かの紙が几帳面に並べられていた。スグリが部長を務めていた頃も彼女は「慣れてますから」と複雑な事務作業を請け負ってくれていた。タロはスグリにとって頭が上がらない相手の一人である。
 少し前の情けない自分を苦々しく思いながら、彼女の隣に腰かけた。
「タロ。お疲れ様! 手伝うよ」
「ありがとう! スグリ君は本当にいい子ですねー」
 よしよし、と頭を撫でられるふりをされる。と、部室に入った時と同じ香りがした。
「これ、タロの匂いだったんだ……
「あ、気付きました? スグリ君、鼻がいいんですね」
「いつもと違う匂いしたから。何て言ったらいいのか分かんねけど、花と果物と石鹸みたいな匂いして、えっと……
 オシャレな物に対して疎すぎる自分では、何と形容するのが的確なのかちっともわからなかった。タロは口ごもるスグリに気をかけることなく話を続ける。
「パパの知り合いが最近香水のプロデュースしたんですって。特別な育て方したシュシュプの香りを採取して、それからピオニーやフリージア、アンバーなんかを合わせて調香したみたい」
「へ、へぇ……
 理解できた単語はポケモンの名前だけだった。
「私とも仲良しさんなので『よかったら』ってサンプルいくつかいただいたんですよ。でも、うちはブルー達が香水の匂い嫌がっちゃって」
「犬ポケモンって強い匂いダメだもんな。わやいい匂いなのに、ちょっと勿体ない」
「そう! これ、すっごーーく! いい匂いですよね!」
 タロがずい、と身を乗り出した。常に適度な距離感を保ってくれるタロだったが、可愛い物や何か熱中することがあると無意識的に距離を詰める癖がある。スグリは部室内にアカマツがいないか即座に確認した。——どうやら勘違いされることはなさそうだ。
「いい匂いなのは勿論そうなんですけど、実はこの香水! 販売してすぐに『好きな人にいい匂いって褒められた』『告白された』『モテモテになった』ってネットで大評判になって! まだ一カ月も経ってないのに『恋が叶う香水』って今ものすっごく! 人気なんです!!」
「恋……
「恋が叶うなんて、可愛いですよねー! 私も好きな人ができたらつけてみたいなぁ」
 暗に、今のタロには好きな人がいないとの証明になった。スグリは心の中で級友にエールを送った。
 それから、自分を振り返った。
「いいなぁ……
 先生に提出する用の書類を傍らにあった封筒に詰めながら、スグリはぼそりと吐き出した。
「男にもないのかな……。恋が叶う、香水みたいなの……
 それをつけたら、鈍感なきみも少しは自分を見てくれるだろうか。いい匂いだね、と言って、自分に好きだと言ってくれるだろうか。
 進展しないままの内気な恋の背中を押してくれる何かがあれば、自分だって勇気が持てるかもしれない。友達じゃなくて、恋人になりたいと伝える勇気が。
 タロは何か考えたのか、少し間をおいて、一人で深く頷いてからスグリに再び向き合った。
「スグリ君。手首出して」
 断る理由もないので大人しく両手首を差し出す。タロの手にはやや濃い目のピンク色の小瓶が握られていた。鳥に似たデザインの瓶は、てっぺんに真っ赤な噴射口が付いていた。タロがスグリの手首に向かって蓋を押す。シュッと軽い音と同時に、華やかな霧がスグリの手首に降り注いだ。
 恋が叶う香水をつけてくれたのだと理解したのは、花と果実の芳香が手首から漂ってると気付いてからだった。
「この匂い、甘いだけじゃなくって爽やかでもあるでしょ。スグリ君みたいにシュッとしたタイプの男の子ならつけてても違和感ないですよ」
「そ、そう……かな」
 タロはにっこり頷いた。この甘い香りが自分に合っているのか不明だが、タロのいう事なら何となく信じられた。
「香水の匂いって、つけてからの時間によって香りが変わるんですよ。トップ――最初の匂いは大体三十分くらいで消えちゃうの」
 だから、ね? タロは頭をこてんと倒してウインクした。意図が分かり、顔の体温がじわじわ上がっていった。
「タロ、仕事全然手伝えなくってごめん。香水も、ありがとな」
 提出用書類を持って立ち上がる。今の自分が彼女にできるせめてもの礼はこれくらいしかなかった。
「恋が叶ったらぜひ! 教えてくださいね」
 タロは手をひらひらさせてスグリを激励してくれた。気遣い上手すぎる先輩に向かって歯を見せてから、スグリはドアへと駆け出した。
 振り向いてほしい、彼女を、アオイを探しに。



 スグリが去った部室で、タロはドアに向かって微笑んだ。
「二人とも、頑張って」
 似たようなやり取りをした二人ならきっと大丈夫。タロの心は香水の小瓶と同じ色で満たされていた。



 スマホロトムを持っていないストレスはこういう時に一番感じる。早く彼女に会いたいのに、どこを走り回っても見つからない。先生には何度か怒られた。謝りながら走った。もうそろそろ三十分が経とうとしている。最初の香りのリミットまであと少し。
 飛び跳ねてもエレベーターの速度が変わるわけではないのに、スグリは小刻みに弾みながら最下層に辿り着くのを待った。焦りながらドームに続く暗い廊下に降り立つ。
 広いドームの中で見当たらなかったらどうしよう。匂いが消えたら恋の後押しも消えてしまうのだろうか。
 頭を振って不安の雲を払い、ブルーの坂道を下っていく。出口の明かりが見え始めた時だった。
「あ、スグリー!」
 リーシャンが転がったような愛らしい声がスグリを呼んだ。弾かれたように顔を上げる。見慣れた深紅の巨体からパッと降りた想い人が、スグリに向かって駆け寄ってきた。スグリも同じく彼女へ近づいた。アオイは随分と走り回ったのか、額に髪の毛が張り付いていた。廊下の中ほどで合流する。彼女はどこか安堵した笑みを浮かべていた。
「アオイ! よかった。俺もちょうど探してたんだ!」
「私もさがし、あれ?」
「その匂い……
 特別なシュシュプとピオニー、フリージア、アンバーなどのふんわりとした甘い香り。いや、部室で感じたのよりも快活で華やかな香りが強くなっている。
 身体中に体温が顔に集中していると錯覚するほど顔が熱い。
 まさか?いや、勘違いかも。でも探してるって言った。どうして?もしかして?
「ア、アオイ……。なして俺のこと、」
「スグリこそ、なんでその香水、」
 目を合わせる。アオイもスグリと同じ顔色をしていた。

 恋が叶う香水の効果は本物だったらしい。