サブさぶれ
2026-05-09 17:43:58
20837文字
Public ワンドロワンライ
 

ワンドロワンライまとめ

sgaoワンドロワンライのお題で書いた作品まとめです。
覚えているものはタイトルと一緒にお題とかかった時間も記録しておきます。


よふかしのうた

お題「夜更かし」

 何もかもが自由でわやくちゃなブルーベリー学園では夜更かしだって許されている。担任の先生に「いつ、どのエリアで、誰と、何の目的で」を事前申請しておく必要があるが、自分たちの研究の方が大事な先生たちはノールックでサインを書いてくれる。そんな調子だからか、この緩み切ったルールを守る生徒はほとんどいなかった。かつてのスグリもその一人で、誰にも何も言わず、連日夜を徹していた。
 今は? 守る必要なんてないと重々承知の上で、先生に申請書を提出していた。なんとなくだけど、大手を振って夜更かしがしたかったのだ。
 今日の夜、二十時以降。キャニオンエリア。留学生のアオイさんと。メテノの観察のために。
 余白だらけのA4用紙にシンプルな文章を記す。嘘は書いていない。授業の一環でアローラ地方の写真を見た時だった。夜の岩山で色とりどり輝くメテノたちのあまりの美しさに、二人同時に言葉を失った。見てみたいねと言ったのはアオイだった。ロケーションが似てるキャニオンエリアに見に行ってみないかと誘ったのはスグリだった。じゃあ今夜決行ね、とアオイが興奮に頬を染め、とんとん拍子で夜更かしの計画が立てられた。小さく指切りをして、速攻で申請書を書いた。担任の先生は案の定、ろくに確認もせずサインをくれた。

「授業が終わって、放課後も終わって、消灯時間が過ぎてもスグリと一緒にいられるなんて、夢みたい!」

 職員室を出た直後、アオイはそう言ってスグリの手を取った。心臓がドキリと跳ねる。夢みたいと言われて浮かれた口角がへにゃへにゃかっこ悪く上向いた。

「こんなに楽しみな夜更かし、初めてだ」
「だよねだよね! あー、楽しみ! 何持ってこうかなぁ」

 扉のすぐ向こうに先生たちがいるのに、アオイはスグリの両手を持ったままクルクル回るだけの簡単なダンスをしてはしゃいだ。他意などない、仲良しの友達同士のスキンシップだと分かっているのに、スグリの足は勝手に軽妙なステップを踏んだ。このまま空だって飛べる気がした。
 

 お互い眠くならないように秘策を用意してこようね、と言われて一時解散したが、スグリにはまともなアイデアなど全く思い浮かばなかった。狭い学園内のささやかな噂話すら何一つ知らないし、バトルの話はいつも通りすぎる。キタカミの話だって、冒険譚の多いアオイには退屈だろう。スマホもなければクラスメイトみたいな携帯ゲーム機だって持っていない。結局、何か噛んでれば眠気がまぎれるかもと、購買や学食を駆け巡ってお菓子を買い漁るしかなかった。
 鞄の中にいつも以上にお菓子を詰め込んで、それでも足りない気がして、ジャージや制服のポケットにもたっぷり入れた。サイコソーダ味の硬いグミ、お気に入りのチョコ、フルーツフレーバーのミニゼリー、個包装のクッキー、学食からこっそり持ち出したジェリービーンズ、購買のハニーグレーズドーナッツ。気が利く男と思われたい下心が潜むウェットティッシュも忘れず持って。
 普段より少し重い主人を難なく乗せてカイリューが飛ぶ。奥行きのない夜空の中、何台かのタクシーや昼行性のポケモンたちとすれ違った。満月の絵に背を向けて各々の寝床に帰る者たちと、真逆の方向へ向かう自分。その先に待っているであろう彼女。夜更かしなんてさして珍しいことじゃないのに、そこにアオイが加わるだけで幻モモンなんか目じゃないくらい最上級なものに変わる。

(やっぱり特別だな、アオイは……

 ワクワクな感情に頬が熱くなる。見慣れた景色がテラスタルする。恋の魔法にかけられた素敵な夜が始まろうとしていた。


 アオイは待ち合わせ場所の岩場にちょこんと座って待っていた。いつもの夏制服ではなく、緩やかなジャージを着ている。薄暗い岩肌に白い服が映え、一番星のように思えた。

「アオイー!」

 カイリューの背中から身を乗り出して手を振る。気を利かせたカイリューが左側に身体を傾けてくれた。スグリの声を聞いたアオイが勢いよく立ち上がる。

「スグリー! こっちこっちー!」

 崖際に立っているにも関わらず、アオイはピョンピョン跳ねて手を振った。満開の笑顔に胸が高鳴る。早く降ろして、とカイリューの背中を突っつくと、不機嫌そうな唸り声が返ってきた。それでも彼は忠実にスグリの希望を叶えてくれた。地面に近付いたタイミングでパッと飛び降り、アオイに駆け寄る。

「お待たせ! お菓子選んでたら遅くなっちまった。沢山持ってきたからいっぱい食べよ」

 呆れ顔でのしのし付いてきたカイリューにご褒美のマトマの実を与えてボールにしまう。アオイの目が、ホシガリスの頬袋並みに膨らんだポケットを捉えた。

「すごい量! 食べきれるかなー」
「アオイは何持ってきた?」

 お菓子だらけの鞄を下ろしてどかりと座る。アオイは何やら不敵な笑みを浮かべて、脇に控えていたトートバッグをまさぐった。

「じゃじゃーん!」

 飛び出してきたのは小さな木製の弦楽器だった。

「わやっ! 小せぇギターだ! アオイ、ギター弾けんの?」
「ギターじゃなくてウクレレだよ。どっちにしろ弾けないけど」
「なんじゃそりゃ」
「分かんないけど、何かこう、ジャンジャカやればいいんだよね?」

 アオイは右手を乱雑に上下させた。やや間の抜けた、のびやかな雑音が掻き鳴らされる。音楽などテレビから流れてくるものしか知らない、ウクレレなんて楽器も初耳だ。それでも、アオイの演奏がへんてこりんなのは理解できた。

「ふふ、変な音」

 アオイも自分がめちゃくちゃな演奏をしている自覚があったのだろう。不躾に吹き出したスグリに同調するように、喉を天に晒して笑った。

「ねえ、スグリ。何か歌って。それに合わせて弾くからさ」
「ええー……。俺、下手っぴだからヤダ……
「いいじゃん! 下手っぴなウクレレと下手っぴな歌同士。お似合いだよ」
「なんじゃそりゃ」

 けれど、彼女に「お似合い」と言われたのは嬉しかった。人前で歌を披露した経験などないし、好きな子に音痴だとバレるのは恥ずかしい。それでも、アオイと音を重ねたい。特別な夜にしかできないことをしてみたい。
 迷うことなくスグリは歌った。選曲したのは幼い頃に繰り返し見た幼児向けアニメのテーマソングだ。

「知らない曲だー」

 アオイは再び大声で笑った後、旋律もへったくれもない音を奏でた。
 二人のめちゃくちゃな夜更かしの歌が、ぬるい夜風に攫われて消えていく。自然に揺れ始めた互いの身体——肩や膝がこちょこちょぶつかり合うのを気にしてないふりをして、ただひたすらに、夢のような夜を楽しんだ。
 仲良しの友達同士の完璧な夜更かしが少し不満だなんて、ちっとも思ってない。


 それからお菓子を食べたり、いつも通りなお喋りに興じたり、観客のいない稚拙なゲリラライブを飽きもせず開催したりと、たっぷりたっぷり時間を消費した。歌とウクレレを何度か交換こして、お互いの喉がカラカラになって、大量だったお菓子が半分以下になっても、二人の前には葉っぱ一枚すら現れなかった。
 楽しい夜の雰囲気が、眠気を含んで撓み始める。

「メテノ、いないね」
「んだな」

 別のところに移動すればチャンスはあったかもしれないが、動く気になどなれなかった。動いたら、この特別な夜が終わる気がしたから。やや落ち着いたトーンでアオイが問いかける。

「このまま朝になったらどうする?」
「そしたら明日も夜更かしすんべ」
「あはは! それ最高! またスグリと夜更かしできちゃうんだ」

 最高だと笑ってくれるんだ。またアオイと夜更かしできちゃうんだ。
 心がじんわり温まる。胸を締め付ける愛しい感情を逃したくなくて、膝を抱きかかえた。はしゃぎすぎた疲労感からなのか、アオイの言葉を受けた幸福感からなのか、瞼が重たくなってきた。脳みそが浅く微睡かける。

「このままずーっと、出なきゃいいなぁ……

 吐き出して我にかえる。自分の口から無意識について出た言葉にショックを受ける。彼女は見てみたいと言ってるのに、出なきゃいいなんてとんだ失言だ。何より、ずっとアオイと過ごしていたいと告白したようなものじゃないか。友達同士の完璧な夜を壊す言葉じゃないか。スグリは即座に撤回しようとした。

「ごめ」

 スグリの言葉を素早く遮って、アオイが徐に手を重ねてきた。戸惑いに弾かれて顔を上げる。アオイはまっすぐスグリを見つめていた。

……出なきゃ、いいね」

 向けられた瞳は、写真で見たメテノより眩くきらめいていた。仲良しなだけのただの友人から、愛らしい乙女の表情にガラリと変貌したかんばせに、呼吸の仕方を忘れかける。心臓はとっくに暴発していた。数分前に半分こしたドーナッツの砂糖を乗っけたままの唇が緩やかに動く。

「私が寝そうになったら、手、ギュッてして……

 ささやき声がスグリの耳にうっとり沈んでいく。アオイの茶色の睫毛は硬く伏せられ、震えていた。
 壊れる。崩れる。完璧だった夜がほつれていく。ダメなのに。怖いのに。それなのに。淡くぼやけていた期待が明確な色をつけ始めたことに、とんでもなく喜んでる自分がいた。

「アオイも、俺が寝そうになったら、手ギュッてしてな……

 手のひらを返してアオイの手をやわく握った。アオイは小さく頷くだけで、それ以降何も言わなくなった。
 互いの体温は、歌よりウクレレよりお菓子より、よっぽど目覚まし効果があったらしい。手をギュッと握るチャンスは、パネルが朝景色に変わってもついぞ訪れなかった。
 朝五時のアラームが鳴る。そろそろ今日の授業の支度をしなければ。教室で会ったら今日の分の申請書を一緒に書こうね、とだけ約束して、それぞれの部屋に戻る。


 友達同士の完璧な夜更かしは、もう二度と訪れない予感がした。



 私が発したささやかすぎるシグナルに、君があんまり気付いてなければ良いと思った。気付いてほしいとも思った。
 人前で歌ったことなんてないとはにかんだ微笑みに優越感を覚えた。調子はずれなぼそぼそした歌声に、得も言われぬ幸福感を手に入れた。
 緩む夜風の中、君の言葉で目が覚める。期待に色めく。大胆な行動に打って出る。君に受け入れられる。
 ああ、神様。明日はもっと素敵な夜にしてください。