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サブさぶれ
2026-05-09 17:14:23
23948文字
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原作軸
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原作軸②
原作軸のSS・短編置き場②です。
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恋を知った瞬間
なんでもない、いつも通りな普通の放課後。ささやかな大発見をした。
「スグリ、まつ毛長いね」
「え?」
私のすぐ隣、スマホの小さな画面を食い入るように見ていた人が視線を上げる。次いで黒いまつ毛がパチパチンッと弾けた。
ほら、やっぱり。お姉さんのゼイユほど特徴的ではないけれど、整えられたみたいにキレイで素敵なまつ毛をしてる。長くておまけにツヤツヤだ。
褒められて照れくさくなったからか、スグリは右手で顔をパッと覆い隠してしまった。ほっぺが学校指定グローブと同じ色に染まってる。
「お、俺なんかより、アオイのが長いべ」
「そう? 自分じゃよく分かんないや」
少し早口気味にスグリが褒め返してくれる。嬉しい。というより、何だかくすぐったい。
ゼロから友達をやり直し始めて早数ヶ月。私たち、お互いのまつ毛の長さまで知ってる仲になれたんだ。友達のやり直しってしたことなかったから不安だったけど、元通り以上の仲になれた気がする。友情が確かなものになっていく兆しに、心がふわふわ温かくなった。
「ねぇねぇ、どっちのが長いか比べっこしない?」
抜けたまつ毛を見せあって、ああでもないこうでもないって言いあう、そんな下らないお遊びを持ちかけてみる。パモよろしく〝ほっぺすりすり〟して顔を並べて、誰かにジャッジしてもらうのも手かも。
とにかく何でも、二人が大の仲良しだって再確認できることをたくさんしたい。今すぐしたい。眼差しだけで「さぁ、やろう」と訴えかけたけど、スグリは瞼を固く閉じてしまっていた。伏せられたおかげでまつ毛の長さが際立つ。よくよく見ると、毛先が若干紫がかっている。スグリだけの特別な色彩。もっと見たいとわずかに距離を詰めた瞬間だった。
「
……
長さ比べの前に聞きてぇことさあんだけど」
スグリが突然切り出してきた。大きな呼吸に合わせて細い毛がふるふる揺れて、金ぴかの瞳が静かに見開かれる。そして、私をまっすぐ捉えた。
「アオイにとって、まつ毛ん長さ気ぃ付くくらい顔近付けてんのって、普通のことなの?」
「へ?」
思ってもみない質問に面食らう。真っ赤なままの顔がズイッと近付く。
「教えて。これって、普通の友達の距離なの? クラスの人らとかリーグ部ん連中にも、アオイのまつ毛の長さ教えてんの?」
「そんな、まさか!」
普通におしゃべりしてるだけじゃこんなに近くなるはずない。距離が近くなっちゃうのはおしゃべりが楽しくて、つい熱中しちゃうせいだ。バトルのことやポケモンのこと、それ以外の普通のおしゃべりも。スグリと話してると何でも全部楽しいから、いつの間にかくっついちゃってることが多い。
普通じゃないと認めた途端、何故か顔が熱くなってきた。真剣な色を帯びた瞳は続ける。
「普通の友達にはしねんだ。それじゃ、ネモとかボタンとかねーちゃんとか、あと、ペパーとは? みんなとも普段からこんな至近距離で話してる?」
少し考えて
——
首を横に振る。振り返ってみると、肩だけでなく頬までくっつけて話す相手なんて、スグリしかいなかった。
「俺だけ特別ってこと?」
「そう、かも」
特別。特別って、なに?
にわかに痛みだした心臓を押さえながら考える。もちろん言葉の意味は知ってる。知ってるけど、分からない。分からないけど、何となくスグリに見つめられてるのが恥ずかしくなってきた。耐えきれなくなった私は自分の膝に視線を落とした。
「もう一個だけ聞かせて」
「な、なに?」
視界の端にのぞいていた擦り傷だらけの膝がにじりと距離を狭めてくる。膝同士がぶつかるのなんて日常茶飯事だったのに、数センチ空いてる今の方がドキドキしてる。
ドキドキ? なんでいきなりドキドキがやってくるの?
混乱しきってる世界を裂くように腕が伸びてくる。グローブに覆われていない手は私の手にそうっと触れた。
「どうして俺だけ特別なの? 俺だけスマホロトムさ持ってないから優しくしてくれてるだけ? それとも」
熱くてしっとりしてて少しだけ硬い指が手の甲をやさしく撫でる。半端に途切れた言葉の続きを求めて目を上げると、
「あっ
……
」
うっとり輝く金色が飛び込んできた。最早まつ毛の長さを気にしてるどころじゃないほどの近さ、息を呑んだ音がバレてしまいそうな場所。唇の先に、ひそやかな声がぶつけられる。
「それとも
……
。期待、していいの?」
「き、期待って
……
」
どういう意味なの。どうしてそんなこと聞いてくるの。どうしてそんな、キラキラしているの。
心臓がバクンバクンと悲鳴をあげてる。分からないことだらけで息が苦しい。涙まで出てきそう。なのに
——
宙に浮かんでるみたいな心地がしてる。
スグリの中に沈んだ自分と目が合った瞬間、胸元の手がふっと外気にさらされた。
「いきなりビックリさせてごめんな」
距離を詰めたときと同じで、スグリは唐突に離れていった。やわい微笑みをたたえた人が小首を傾げる。
「でも、できたら真剣に考えてみて。何で俺にはこの距離許してくれんのか。特別って気ぃ付いて、どう感じたか」
「どう感じたか、なんて」
「あ、一応。少しでも嫌だなって思ったんならもうやんねぇから、そこは安心してな」
じゃあ逆に「嬉しい」って言ったらどうなるの。
そう質問を投げつけたかったのに、それより素早くスグリが立ち上がった。あいてしまった隙間の分だけ寒くなる。咄嗟に彼の手を取ろうとしたけど、白いジャージはするりと逃げてしまった。
「俺、そろそろ帰んね。また明日!」
「ま、待ってよ! スグリ!」
一瞬だけ振り返って、スグリは一方的に去っていった。最後に見えた彼の顔は熟れたりんごよりも真っ赤な色をしていた。
「行っちゃった」
たくさんの感情と疑問を植えつけるだけ植えつけて、なのに勝手に帰るだなんて、ちょっとひどい。私はただ、まつ毛が長いねって話をしただけなのに。こんな、タロちゃんから借りた漫画みたいなことになるなんて。
火照る頬を両手で包む。ほのかに残る彼の熱に身を寄せながら、課せられた宿題について考える。
スグリと話してると自然と距離が狭くなるのはなぜなのか。一台のスマホをシェアしてるからだとか、身長が同じくらいだからとか、二人とも好きなことに熱中しやすいタイプだからとか、理由はいくつも並べられる。でもきっと、そういうことじゃない。
カミツオロチの蜜の香り。黒髪が光に透けてキレイな紫に輝く瞬間。穏やかに揺れる私より少し広い肩。顔をほころばせたときのやわらかな声。長いまつ毛に縁取られた金色に込められた熱。
君のあらゆること全て思い返し、程なくして一つの結論を見つける。
スグリとお互いのまつ毛の長さを伝えあうほど至近距離で話してしまう理由。それは
——
*
きみのまつげの長さに気がついたのはいつだっけ。覚えてるのは燃える夕焼けの色。湿気を含んだ風の匂い。
——
そうだ、鬼さまの家に行ったときだ。
いつもねーちゃんに見せてもらってるのと同じ感覚で狭いスマホロトムの画面を覗き込んだ直後だった。ねーちゃんは一生発しなさそうなクスリとめんこく揺れた気配に「そうだ、ねーちゃんじゃなかった!」って思い出して、会ったばかりの人に失礼なことしちゃったって大慌てで顔を上げた。その刹那、長くて綺麗なまつ毛が目に留まった。やわらかく優しくまたたく、甘いチョコと同じ色した特別な光。突然向けられた眩しさ。芽生えたときめき。
俺の、初恋の瞬間。
恋をした次の日からたくさんのことがあって、浮かれた分だけ苦しくて辛い日々が続いたけど、ようやくゼロからのスタートラインに戻れた。戻れたと思ってた。おしゃべり大好きなアオイが無意識にキュウキュウくっついてくるまでは。
あと数センチでキスしちゃうってとこまで迫ってるのに、ちっとも気付かないではしゃいで笑い続けるきみに何度苦悩させられただろう。どうせ気付かないのだからと、何度わざと距離を詰めただろう。何度、己の意気地のなさに泣いただろう。
だけどそれも今日で終わりだ。アオイが俺たちのおかしな距離感に気付いてしまったから。
俺はこれを、むしろチャンスが巡ってきたんだと捉えた。特性・鈍感なきみに特別な感情を芽生えさせるまたとない機会。俺のモヤモヤを晴らす最後の手段。不意に訪れた好機に、公式試合並の真剣さで向き合った。
作戦は
——
多分成功。突然ぶつけられた疑問を真面目に受け取ったアオイは、食べ頃のりんごよりもほっぺたを赤くしてた。困ったみたいに眉毛を下げて、クルミ色の目を熱く潤ませて、上向くまつ毛を震えさせて。ずっと見てられるくらい、めんこかった。
甘くとろけた乙女の顔を思い出す。あの表情は絶対、同じ気持ちを持ってるって意味だ。小さい頃からねーちゃんに半ば強制で少女漫画読まされてきた俺には分かる。
俺たちは、俺とアオイは
——
!!
とか言って、普通の友達としか見れないって言われたらどうしよう。あんな詰め寄り方して逆に怖がらせてたらどうしよう。友達からキモチワルイ勘違い男になって、そのまま疎遠とかになったら
……
。
「う、ううぅ
……
。けっぱってみたけど、早まっちまったかなぁ」
いやでも。しかし。そうは言っても。いやいや、だって。
ネガティブな気持ちと信じたい気持ちがぐるぐるごちゃごちゃせめぎ合う。ジェットコースターのような思考は次の日、俺の手を強く握り、再びまつ毛の長さが分かるとこまで距離を狭めてきたアオイが「スグリが特別な理由、わかったよ」と、うっとりした顔で告げてくるまで続いた。
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