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サブさぶれ
2026-05-09 17:14:23
23948文字
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原作軸
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原作軸②
原作軸のSS・短編置き場②です。
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流れ落ちたその先
コーストエリア、午後三時。暑い。ひたすら暑い。
今日のブルレクパートナーのスグリはさっきから「ドーム部の担当誰だよ、ぜってー調整ミスだべ」しか言わない。蒸し暑さから逃げているのか、普段はたくさんいるポケモンたちも一匹も見かけない。木陰にも水中にも、どこにもいない。アローラのナッシーなんて隠れる場所などないはずなのに、尻尾の先っちょすら見つけられなかった。そんな悪天候の下にジョーシキ的な感覚を持った人がいるはずもなく。
——
つまりは、完全な二人きり。教室でも部室でもおでかけ先でもない、普通のブルレクのはずなのに。スグリと、片想いのお相手さんと二人きり。複雑な事情を乗せた汗が首筋をツウと走っていった。
「はぁ、あっちぃ
……
」
スグリは羽織っていたジャージを持て余し、ボディバッグの下に巻いて凌いでいた。鮮やかな赤のタンクトップは汗をたっぷり吸い込んで、重くて鈍い色に変色している。それが、細くてスベスベでやわらかそうで、でもちょっぴり骨張ってる体にへばりついて、何だか少し
——
ドキドキしちゃう。
「なぁ、アオイ」
ぐらぐら揺れる金色が私を一瞥する。黒と紫の混ざり合った毛先から、大粒の汗がぽたりと落ちていった。
「俺たちももう諦めよう。ポケモンっこいねんだばブルレク進めらんないもん」
「待って、もう少し」
もう少しだけ、二人きりの時間を堪能させて。きっと誰も見たことがない君のドキドキな姿を独占させて。
そんなの口にしたら変な子だって思われちゃうから、待ちたい理由は伏せておく。つやめく唇が掠れたため息をこぼした。
「
……
もうダメ。限界」
ぶっきらぼうに言い放った人は、腰に巻いてたジャージをほどくと、なぜか私に投げつけてきた。
「もう限界だから、それ羽織って部屋さ戻って。いますぐ、はやく」
彼は懇願に近い口振りでそれだけ言って、力なくその場にしゃがみ込んだ。
体中の水分が噴き出してるのに上着を着ろだなんて、何でそんな意地悪言うんだ。抗議してやろうと一歩踏み出しかけた途端、どこかからぐぢょ、水浸しの雑巾を踏んじゃったみたいな雑音が聞こえてきた。
「あっ
……
」
気持ち悪い感触にハッとする。水分をこれでもかと含んだかのような音は私の上半身、胴体にべっちょりまとわりついた春服から鳴っていた。目の前の人が汗だくなんだもん、自分だって汗で汚れてるに決まってる。
「分かったでしょ。自分が今どんな格好してんのか」
「こ、これくらい平気だよ! もうちょっとねばろう?」
ぐちゃぐちゃに濡れてるくらいなんだ。普段から嵐の中とか海の上とかを冒険してるし、つい昨日だってニョロトノのあまごいでお互い水浸しになったばかりじゃない。今さらすぎる。そんなことだけで完全なる二人きりの空間を諦めきれるはずがない。
意地を張る私を見かねたのか、スグリはゆっくり立ち上がると私の目の前まで迫ってきた。前屈み気味でふらふらしてる。まさか熱中症? だとしたら悪いことしちゃった。すぐに別の場所に移らなきゃ。
そう思った瞬間、どろりと崩れた瞳と目があった。びっくりした心臓が強く跳ねる。コライドンより真っ赤になってるであろう私の耳元に、スグリが顔を寄せた。息の吸い込まれる音、そして。
「ピンク」
「へ?」
ぽつりと落とされた言葉の意味をすぐには理解できなかった。そんなのよりも、離れていく顔が今にも泣きそうなのを我慢してるようだとか、汗の匂いがバトル後より濃いなとか、焦れた蜂蜜色が綺麗だなとか、全然関係ないことばかり頭に浮かんで流れていった。
私が惚けてるのを見てとったスグリが、はぁ、とため息を吐いてテラリウムコアを仰いだ。
「何で今日に限って薄手の白さ着てくんの
……
バカ」
ほくろの周りに引っ付いたすみれ色の髪がぐるぐる不思議な模様を描いてる。その上に汗がまた一筋流れて消えていった。
ピンク、薄手の白、着る。ダメ押しするように、見たことのない炎を宿した瞳が私の胸元をきつく睨めつけてくる。そこでようやく自分がとんでもなく恥ずかしい格好をしてるのに気が付いた。
「ご、ごめ
……
!」
反射的に渡されたジャージを抱き締める。いつもスグリの背中を守ってる上着は、彼の汗でほんのり湿っていた。
顔から火炎放射を出してそうな私に背を向けて、スグリがもう一度へたりこんだ。
「いっときの欲に負けてひどいことしたくねんだって
……
。お願い、はやく帰って」
肩までオクタン色になったスグリはぐったりしながらそう告げた。大きく足を開いて項垂れて、まるでお腹の下に抱えた何か重大なものを庇うようにしてまんまるくなった。
——
分かるよ。男の子じゃないからぜんぶは分からないけど、さすがにその〝意味〟は知ってる。
「ひどいことって、どんなこと?」
単なる好奇心。ううん、それ以上の何か。期待まみれの問いかけ。
スグリが頭だけ振り向かせる。じっと私を見つめる。丸まった背中が膨らんで、しぼんで、また少しだけ膨らんでから、湿った唇が開かれた。
「
…………
恋人さなれたら、教える」
ぽつりとこぼれた甘い言葉が、私の心を見事に撃ち抜く。目の端から熱いしずくが滴り落ちる。
——
ねぇ、それってもう、答えだよね。
全身が熱くなる。衝動のままスグリに一歩近付く。いっそ飛び込んでしまおうかと右足に力をかけた瞬間。
「ごめん、俺もう限界! また明日な!」
スグリは勢いよく立ち上がると、一目散に逃げていった。出入り口のあるサバンナエリア方面じゃなく、何故かポーラの方向へ。茹だるような暑さのコーストには燃え盛る私しか残されていない。
時刻はまだ午後三時半。今すぐ寮の部屋に戻ったとしてもまだまだ時間はたっぷりある。でも早く寝たい。世界を今すぐ明日の朝にしたい。
明日の朝、誰より早く君に会って「ひどいこと、教えてもらいにきた」って言いたいから。
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