サブさぶれ
2026-05-09 17:14:23
23948文字
Public 原作軸
 

原作軸②

原作軸のSS・短編置き場②です。


Trick or ×××?

 シアノ校長はイベントごとがとにかく大好き。との噂は、留学当初から耳にしていた。春の豊穣祈願祭から始まり、夏季休暇前はバーベキュー大会、冬のホリデー前にはゲストを招いてのクリスマスパーティー、卒業式にはプロムバトルパーティー。どこかの地方の学校を真似て、スポーツやバトルで競い合う催しもあるそうだ。
 そして今日。十月最後の日は当然のごとく、ハロウィンパーティーが開かれていた。
 ゴーストタイプのポケモンがモチーフの仮装、お化けや怪獣、普段の格好に血糊だけ塗ったお手軽仮装などなど。広い部室いっぱいに、怪物と化したリーグ部員たちが詰めている。
 アオイの仮装は急拵えの吸血鬼だ。何しろハロウィンパーティーの話を聞いたのはほんの二日前。一番近いディスカウントストアに飛び込んで、安物のコスプレセットを購入するので精一杯だった。ペラペラの黒マント、毛羽だったベロア調の赤いベストとぶかぶかのボトムス。プラスチック製のキバも入っていたが、つけるとおしゃべりできなくなるので、今回は置いてきた。
 何度かバトルした子たちとお決まりの挨拶を交わし、お菓子を交換する。同じ店出身と思しき吸血鬼仲間とは記念撮影もした。挨拶、お菓子交換、挨拶、お菓子交換、たまに写真。繰り返しながら怪物たちを掻き分けかきわけ、ようやくお目当ての人にたどり着いた。

「スーグリ! トリックオアトリート!」
「アオイ! トリックオアトリート!」

 部室のすみっこで大好物のチョコを頬張っていた人は、アオイの声が届くやいなや、にっこり笑って目の前まで駆け寄ってきてくれた。
 スグリは黒の長袖Tシャツとボトムスに、湾曲した白いツノ(がついたカチューシャ)、ドクロがついたシルバーのチョーカー、先端が三角形になった長いしっぽを付けていた。鼻先には黒いシールが貼られている。——犬の鼻の形だ。白いツノと悪魔のようなしっぽのある犬。アオイはハッとしてスグリに問いかけた。

「その格好、もしかしてヘルガー?」
「うん。ねーちゃんが昔やってたアニメの魔女やりたいっつって、再現度上げるために使い魔のヘルガーやれって強引に渡されたヤツなんだ」

 特にやりたい仮装もなかったからいいんだけどさ、とぼやきながら、スグリは居心地悪そうに肩を丸めた。少し照れ屋さんなところがある彼にとって、大勢の前で仮装をするのは少し抵抗があったのかもしれない。スラリとした体型とキリッとした顔がヘルガーぴったりなのに、あまり自信を持てないでいるようだ。少しでも元気づけたくて、アオイは思ったままを口にした。

「似合ってるよ。すっごくかっこいい!」
「ほ、本当?」
「うん! 今日見た中で一番の仮装かも!」
「にへへ。んだば、ヘルガーさなってよかった、かな」

 たっぷり褒められたスグリは、照れくさそうに前髪をまさぐった。手の動きに合わせてツノがぐらつく。見た目よりも重いのかもしれない。頭に視線が向けられてると気付いたのか、スグリはツノの位置をサッと直し、正面に向き直った。

「えっと。アオイは吸血鬼、だよね。わやかっこいい」
「ありがとう! いちばん手前にあったのテキトーに買っちゃったからサイズ合ってなくて。変だったらどうしよって不安だったんだ」
「んなことねぇよ。似合ってるっつーか……本物みてぇじゃ」

 スグリがふわりと笑う。瞬間、頬が熱くなる。吸血鬼らしからぬ顔色になってしまったのをごまかすため、アオイは世間話を振ることにした。

「そ、そうだ! 衣装の袋に豆知識入ってたんだけどね、吸血鬼って血を吸った人のこと眷属にできるんだって!」

 “これでアナタも完璧な吸血鬼に”と書かれたカードには、吸血鬼に関するありとあらゆる情報が書かれていた。にんにくや十字架が苦手、なんてのは常識だろうから、アオイも初めて知った情報を選んだ。スグリが小首を傾げる。垂れた前髪と一緒にツノもずしりと動いた。

「ケンゾク……。って、ごめん、何?」
「えっとぉ……。ちょっと待って」

 アオイもちゃんとは知らない。嘘をつきたくなかったから、ポケットのスマホロトムを呼び出し検索エンジンにかける。求めた答えは五秒もかからず表示された。

「出てきた! 眷属とは。えっと……、血筋のつながってる者、身内、親族。または配下の者。だって!」
「身内、親族……

 スマホの画面を覗き込んできたスグリはなぜか別の方に気を取られているが、吸血鬼的には後者の『配下の者』が正解だろう。そっちの方が、怪物っぽい。
 ——そうだ。今の私は怪物、吸血鬼なんだ。
 アオイのイタズラ心が突然疼く。検索結果を凝視したままの人に身体を向けると、両手を広げて爪を立ててみせた。

「がおー。スグリの血、吸っちゃうぞー?」

 黒いまつ毛がパチリとしばたく。まんまるに見開いたきんぴかの瞳がアオイを映す。すぐさま明るい声でおふざけ気味の返答をしてくれると期待していたのに、スグリは一向に動かない。スグリが反応してくれないからアオイも動けない。先に耐えきれなくなったのは哀れな吸血鬼、ではなく真剣な眼差しをしたヘルガーだった。

「いいよ」
「へ?」
「俺の血、吸って。そんで……アオイの眷属にして」
「え? えぇ?」

 予想外の反応に惑うアオイなどお構いなしに、スグリがシルバーのチョーカーを下にずらした。ドクロのチャームが不安定に揺れる。隠れていたホクロがずい、と近づいた。

……ダメ?」
「ダ、ダメっていうか……。そ、そうだ! 今のスグリって魔女ゼイユのヘルガーなんでしょ? 人のポケモン盗ったら泥棒になっちゃうから!」
「大丈夫だよ。アオイにとられんのだったら、ねーちゃんも怒んねって」

 何の根拠もないはずなのに、スグリはやけに自信満々に言ってのけた。黄色い瞳は何かの魔法にかけられたように、とろんととろけていた。
 そもそもスグリを配下にしたいなんて、アオイはちっとも望んでない。どうせなるなら手下とかの上下関係なんかじゃなく、もっと別の、ステキな関係になりたい。
 なんて言えるはずもなく、アオイは半歩後退した。少しでも離れないと、心臓のバクバクが彼に聞こえてしまう気がした。

「アオイ。な、おねがい」

 アオイが下がった分、スグリがにじり寄る。また下がる。近づく。

「だめ……。ダメだよ、スグリ」

 両手で顔を覆う。隙間から彼を覗きみる。スグリの丸いほっぺたはなぜか、ほんのり紅潮していた。さらされたままの首筋が、ごくんと大きく上下する。二人の間に、ふわふわとした緊張感がただよった。

「アオイ。俺の身内に、俺とかぞ」
「何やってんのよあんた!」
「いでっ!」

 甘くて不思議な二人の世界に割って入ってきたのは、全身真っ黒のドレスとトンガリ帽子をまとったゼイユだった。せっかくのメイクがクシャクシャになるほど、彼女は怒気を露わにしていた。何だかんだで正義感の強いお姉さんの目には、弟がアオイを困らせているように映ったのかもしれない。誤解をとこうとアオイが口を開くよりも先に、ゼイユがスグリの首根っこを引っ掴んだ。

「撮影とお説教したいからスグのこと借りてくわよ。アオイも後で一緒に撮りましょ! このマセガキ抜きで」
「そ、そんなぁ!」
「ほら! さっさと行くわよ!」

 スグリは引きずられながら「アオイ! ごめん!」やら「ねーちゃん離して!」と叫んでいた。周りの部員たちはアオイとお騒がせ姉弟を交互に見ていたが、すぐに飽きて自分たちの会話に戻っていった。一人取り残されたアオイは、なかなか熱の下がらない頬を両手で包んだ。

「どういう、意味だったんだろ」

 聞きそびれてしまった言葉に心を寄せる。
 スグリは何と言いかけたのだろう。どうして眷属になりたいなんて望んだのだろう。もし、もしも。アオイの身内に、家族になりたいという意味だったのなら——

「噛んでおけば、よかっな……

 本物の吸血鬼でもないくせに、今さらあの筋張った白くて細い首筋が惜しくなってきた。スグリの首に歯を立てられなかった代わりに、もらったばかりのラズベリージャム入りマシュマロに噛みついた。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
 彼の血は、気持ちは、きっとこれの何倍も甘くて幸せで、美味しいのだろう。



 だって、大好きなきみの〝家族〟になれるんだって思ったから。
 他にも頭のツノが意外と重かったとか、頭ギュッてなってちょっとボンヤリしてたとか、いろいろ言い訳はあるけれど。ドキッとしちゃう言葉を聞かされて、その上で「スグリの血、吸っちゃうぞー」なんてセリフを、あんなめんこい顔で言われたら。お願いします、以外の言葉なんて吐けるわけがない。
 ——確かにちょっと強引だったかな、とは思ったけど、だからってねーちゃんにぶん殴られる筋合いはないはずだ。
 昔二人で見てたアニメの魔女そっくり、いや、その百倍はおっかない顔でねーちゃんが睨みつけてくる。

「あんたね、アオイのこと大好きなのは分かるけど、物事には順序ってもんがあるでしょ。あとTPO。人前であんな……ッチなこと……!」
「ちって何?」

 ぼかされた部分を訊ねると、ねーちゃんは噴火寸前だった顔をさらに真っ赤にさせた。

「バッ……! スグにはまだ早い!」
「そっちから言い出したんだべ! バカ!」
「バカはそっちだ! 手ェ出るよ!」
「いっで! もう出てるし! バカバカバーカ!」
「なんですってー!」

 毒々しい赤を塗りたくった鋭い爪が俺の両頬を思いっきりつねる。作りの粗いレースの手袋をしてるせいか、ザラザラの感触まで加わっていつも以上に痛かった。ここまでされんのはさすがに我慢できない。スネでも蹴っ飛ばしてやろうか。そう思って足を持ち上げかけた時だった。

「ゼイユさん! スグリくん! ケンカ、よくないですよ!」

 ねーちゃんの前に割って入ってきたのはミミッキュの被り物をしたタロだった。冷静な第三者が入ってきたおかげか、怒りのボルテージがほんのりゆるむ。現実に引き戻された俺たちが真っ先に気付いたのは、部室にいるみんなの視線を集めてたことだった。それも「何やってんだ」って冷ややかなモノじゃなくて「またやってんなー」って感じの生温かいタイプの。決まりが悪くなったんだろう、ねーちゃんはあっさり手を離した。

「ったく……。ちゃんと反省すんのよ。てゆーか、告白くらいサクッとすればいいじゃない」
……うっさい、バカ」
「はぁぁあ〜?」
「もう、ゼイユさん!」

 まだオコリザルそっくりな声を上げてるねーちゃんを無視して部室の外に出た。騒ぎ起こして他の部員に申し訳なかったし、アオイにも迷惑かけちまって合わせる顔がなかったから。


 行くあてもなく、ズンズン歩く。邪魔くさいツノを雑に脱いで、マヌケな鼻のシールを剥がして、急に痒くなり始めた目元をごしごし拭って、とにかく歩いた。歩くことしかできなかった。
 ——ダメって言われちまった。何度も何度も拒否された。小さい手のひらで一生懸命顔隠して、よっぽど嫌だったんだろうな。

「うぅぅ……

 鼻を啜る情けない音が人気のない廊下に響く。視界はいつまで経ってもぐずぐずに歪み続ける。アオイに早く謝らなきゃって分かってるのに、ダメって言われた記憶がしつこく蘇ってきて、頑張ろうって気持ちを鈍らせる。思い返すたびに「ダメ」が重くのしかかる。だんだんと、今日はもうこのまま部屋に戻って寝ちまおうかって気持ちに沈んでいった。
 重たい足をエレベーター方面に向け直す。あと数歩のところまで来た俺を引き止めたのは、にわかに迫ってきたバサバサ揺れる布の音だった。

「スグリ、待ってー!」

 愛らしい声が俺の名前を呼ぶ。こんなに胸を締めつけてくる声の持ち主なんて、世界にたった一人しかいない。

「アオイ……
「やーっと追いついた! 急にいなくなっちゃったから、慌てて出てきたんだよー」

 肩越しに彼女を見る。慌てて出てきたの言葉の通り、丸いおでこにはチョコレート色の髪がへばりついていた。追いかけてきてくれた嬉しさと申し訳なさで息が詰まる。でも、謝るなら今が絶好のチャンスだ。手のひらにグッと爪を食い込ませ、ゴクンとツバを飲んで喉を無理やり動かす。うん、言える。大丈夫。肺いっぱいに息を吸う。

「あ、あのね」
「アオイ! さっきは変なこと言っちまってごめん!」

 直角より深く頭を下げる。勢い任せだったけどちゃんと謝れた。アオイは優しいからきっと許してくれるはず。「全然気にしてないよ」と笑ってくれるはずだ。明るい反応を期待して顔を上げようとしたが、それより素早く手首をつかまれた。

……ちょっと、こっち来て」
「あ、え?」

 引っ張られるままアオイについていく。行き着いた先は大きな柱の影。ちょうど死角になっていて、休み時間によく女子がたむろしてる場所だった。
 立ち止まったアオイが振り返る。静かな無表情は、少し怒ってるようにも見えた。

……目、つぶって」
「え? こ、こう?」

 突然のお願いに戸惑いつつも目をつぶる。断る理由もなかったし、嫌な気持ちにさせちまった分、何かしらの形で挽回したかったから。
 すぐ目の前から、スー、ハー、と深呼吸の音が聞こえてくる。一回、二回、三回。アオイは何だか緊張してるみたいだった。一体何がしたいんだろう。分からないけど大人しく待ち続ける。
 深呼吸の音が六回続いた後、いきなり首を小さく引っかかれた。違う、チョーカーめくられたんだ。何でそんなことすんだ? 意味が分からず硬直していると、首筋に温かい空気が吹きかけられた。ツバがごくんと飲まれる音がする。俺から出た音じゃない。つーことは……

「ちょっ! 待って、アオイ待って!」

 目を開けて叫ぶ。めんこい吸血鬼は今まさに俺の首に噛みつかんとしていた。

「急にどうしたの!?」

 大声で訊ねると、アオイはちょっと気まずそうな表情を一瞬浮かべ、すぐに俺から離れていった。それから、さっき部室で「ダメ」と行った時と同じように、小さな手で顔を隠してしまった。ぴっちりくっつけられた指の後ろから、くぐもった声がぽそりと漏れる。

「スグリのこと、眷属にしようって思って……
「え」

 予想外の言葉に固まる。さっきはあんだけ「ダメ」を連呼してたのに、どうして? 顔がボワッと熱くなる。熱くなって緩まった口から、浮かんだ疑問が勝手に飛び出す。

「な、なんで? なして俺んこと眷属にしたいって……
「そういうスグリは? どうして、私の眷属になりたいって言ったの? さっき部室で言いかけた言葉、何だったの?」
「あ……

 細い指がかすかに動き、まるい茶色がちらりと見えた。うるんでキラキラしている瞳が俺をまっすぐ見つめてる。何だかまるで、答えなんて分かってるけどちゃんと言って、と訴えかけてるようだった。
 眷属にしたいって思ってくれたアオイの気持ちと、眷属になりたいって願った俺の気持ち。もし、二人の気持ちが同じなら。同じ意味をさしてるのであれば。
 視線がからまる。長いまつ毛がゆったりまばたく。さっき謝ったときと同じようにして、手のひらにグッと力を込めて、喉を動かし深く息を吸い込んで、ついでにチョーカーを下にずらした。

「今から大事な話さすっから。それ聞いて、いいよって気持ちだったら……。噛んで」

 アオイが小さく頷く。ピンク色のほっぺは全然吸血鬼っぽくなくて、でも、ものすごく可愛かった。くしゃりとなった前髪をそっと直してあげると、くすぐったそうに笑った。

「俺、俺な。アオイんことが」

*

 翌日。部室でばったり会ったねーちゃんは、俺を見るなりニンマリ笑ってきた。

「何、あんた。ヘルガーのチョーカー、気に入ったの?」
「そんなんじゃねぇけど……
「ハロウィン終わっても着けてるクセして。本当、スグってそういうワルっぽいの好きよねー」

 俺が言い返さないのを図星だと勘違いしたねーちゃんは、ひとりでケラケラ笑いながら部室を出て行った。好き勝手言われるのは腹立つけど、特に反論はしない。——気に入ってるって勘違いされてた方が好都合だから。
 ツヤツヤの布でできたチョーカーを撫でる。正確には、その下の小さな痕、アオイの〝眷属〟になった証を。