サブさぶれ
2026-05-09 16:31:23
16963文字
Public 原作軸
 

原作軸①

原作軸のSS・短編置き場です


はじめてのデート


 待ち合わせは午前十一時、今はその十五分前。いつもより強めに髪を縛って気合を入れて、エントランス行きのエレベーターに飛び乗った。


 今日はアオイがブルーベリー学園に来てから初めての外出。パルデアやキタカミには生息していないイッシュのポケモンを捕まえに行こう、ついでに何か美味しい物も食べちゃおうって約束をした日だ。一緒に学校の外に行って、一緒にポケモン捕まえに行って、ご飯まで食べちゃう。これってつまり――デートだ。初めてのデート。大好きなアオイと、はじめてのデート!
 緊張しない訳がない。指切りげんまんした木曜日からずっと、心臓バクバクしてる。昨日なんて寝付けなくってニョロトノに〝さいみんじゅつ〟かけてもらったくらいだ。
 授業ある日と変わらない時間に起きて、寝癖がないか念入りに確認して、やっぱ不安だったからシャワー浴びて、櫛で髪梳かしてみたりして。
 服はどうしよう。肌寒いときに着てるパーカーはヨレヨレだし、じんべえは……祭りじゃないのにおかしいよな。他に持ってる服なんて、春夏秋冬の制服と学校指定のジャージしかない。たっぷり一時間以上制服たちとにらめっこして、結局夏服に袖を通した。シャツだしスカーフがネクタイっぽいし、一番デートの服っぽく見えたから。
 おやつばっかの鞄をひっくり返し、代わりにデートっぽい荷物を詰めていく。ハンカチ、ティッシュ、パンパンの財布、捕獲がメインだからボールは沢山。アオイが転んで擦りむいたとき用の傷薬と絆創膏も入れる。サッと取り出せたら絶対かっこいい。想像上の俺は、昔ねーちゃんが憧れたアニメの王子様より輝いていた。最後に一応技構成を確認して、アオイが楽しい一日になるシミュレーションもバッチリこなした。
 ――うん、大丈夫。絶対アオイに「もっと大好きになっちゃった」って言ってもらえる。
 そんなこんなで今、エレベーターに運ばれている。浮足立つ足を「絶対成功させる」って強い気持ちで押さえつけ、何回も深呼吸する。大丈夫、大丈夫。忘れ物もないしポケモンっこのコンディションだって抜群だ。それでも何か気になって、しつこく前髪の位置を直し続けた。


 軽い音が狭い箱の中に響く。ガタンと揺れる。着いた。着いちまった。肺いっぱいに息を吸って、力強く右足を踏み出す。胸を潰す勢いで息を吐き出し、さらにもう一歩進む。あとは、ここで待ってればかっこいいって常々思ってた場所――左側のスタンド前によっかかてれば完璧……と思ってたのに、早速計画が狂う事態が発生した。俺が狙ってた場所にアオイが立っていたからだ。

「わやじゃ……

 思わず口を突いて出た。考えてた完璧な作戦が速攻で崩れてパニックになったのもあったけど、そんなのどうでもよくなるくらいに、アオイが可愛すぎる。普段から心臓ギュッてなってるくらい可愛いけど、今日の可愛さはいつも以上だ。服がブルベリの制服じゃなくてパルデアの制服だから? 三つ編みがいつもよりツヤツヤのふわふわだから?
 全然分かんないけど、とにかく可愛すぎる。俺は思わず後ずさってしまった。ジャリ、と靴底がアスファルトを噛む音が立つ。かわいさウルトラ級の女の子がパッと振り向いた。

「あ、スグリ」

 俺に気付いたアオイが顔のすぐ横で手を振る。いつもの弾ける笑顔とは違って、今日は少しはにかんでるように見える。ゆるく弧を描く唇がお上品で――可愛い上にキレイだ。
 あまりのめんこさに頭んなかがまっしろになった。必死こいて考えたプランも絶対伝えるって決めてたかっこいい台詞も、完全に吹き飛んでいった。けれどもなけなしのプライドに「しっかりしろ!」と怒鳴られ、現実に押し戻された。
 そうだ。アオイのめんこさに負けてる場合じゃない。俺はどうにか平静さを繕って、いつも通りな顔でアオイに歩み寄った。

「ごめん。待たしちまったな」
「う、ううん、全然! 私が早く着きすぎただけだから」

 アオイが胸の前で両手をパタパタ振る。心なしか、いつもより動きが控えめだ。仕草ひとつひとつとっても最高に可愛い。

「いつから待っててくれてたの?」
……三十分くらい前、から」
「え? そんな前から!? どうして?」

 俺が訊ねると、アオイは一瞬で顔を真っ赤にさせた。マグマッグより真っ赤っかなほっぺをちっちゃな手で包み、チラリと俺を見上げて、そらして。やわらかい桜色の唇がモニョモニョ動いたかと思ったら、その隙間から拗ねたような声がぽつりと漏れた。

「だって、はじめてのデート、楽しみすぎたんだもん……。大人しく待ってられなくて、つい早く出てきちゃった」

 最後はほとんど囁き声だったけど、アオイの愛らしい告白は俺の心臓に会心の一撃を与えた。

「っはぁ……! めんこすぎんべ……
「スグリだって! 何か今日、いつも以上にかっこいい! もう、ずるっこレベルだよ……

 俺の後に続くように、アオイもその場にへなへなしゃがみ込んだ。可愛さに参ってたのと、アオイも楽しみにしてくれてたんだって分かって嬉しかったのと、かっこいいって褒められて照れくさかったから。
 お互いうずくまったまましばらく動けなくって、デートを始められたのは約束の時間の二十分後だった。