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deutzialaughing
2026-05-09 21:00:00
27634文字
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大穢
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甌穴の海
大崎さんが人魚の青海さんと暮らす対話体SS集
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21 |見世物
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
「今日は少し帰りが遅かったですね」
「はい。依頼で浅草へ行っていました」
「浅草ですか。
……
さぞ賑やかだったでしょう」
「ええ。それから、折角なので帰りに少しだけ演芸場に寄りました」
「寄席ですか」
「はい。ただ、落語よりも軽演劇や色物が多いところです」
「色物」
「手品や曲芸のようなものです」
「面白かったですか」
「そうですね。手品は派手なものではありませんでした」
「それは。褒めているのでしょうか」
「上手い下手というより、場を持たせるのが上手い人だったと思います」
「場を持たせる」
「ええ。芸そのものだけではなく。見ている人の目を逸らさせないというか」
「見る側も含めて成立するものなんですね」
「そうですね」
「見世物というものは不思議ですね」
「不思議ですか、」
「はい。見る側も。どこかで作り物だと分かっているでしょう」
「そうですね」
「それでも見たいと思う。ありえないものを。そこにあるものとして」
「それは、騙されているということでしょうか」
「そうとも言えます」
「
……
」
「ですが。嘘で作られたものが。見ている間だけ本物になることはあると思います」
「見ている間だけ」
「ええ。幕が下りれば消えるものでも。その時確かにそこにあったのなら。まったくの偽物とは言い切れない気がします」
「それは、救いでしょうか」
「
……
救いにも。残酷なものにもなるでしょう」
「
……
」
「見たいものを見せることと。見られたくないものまで見世物にすることは。近いところにある気がします」
「
……
青海さん」
「はい」
「それは、人魚にも当てはまりますか」
「どうでしょう」
「
……
」
「仮に人魚が見世物に出るのなら。見る人はきっと人魚らしさを求めるのでしょうね」
「人魚らしさ」
「鱗や歌。そして海から来たという物語を」
「本当かどうかよりも、ですか」
「はい。そう見えることの方が。見世物としては大事になるのかもしれません」
「
……
」
「少し怖い話ですね」
「
……
ええ」
22 |手渡し
「大崎さん。湯呑みを取っていただけますか」
「こちらですね」
「はい」
「まだ少し熱いですね」
「では縁を持ちます
——
」
「いえ。自分が底を支えます」
「
……
」
「手を出してください。落ちないように渡します」
「
……
持ちました」
「離します」
「はい」
「
……
」
「熱くありませんか」
「はい。大丈夫です」
「では」
「大崎さんは。物を渡す際。手を離すのが少し遅いですね」
「遅い、ですか」
「はい。こちらが持ったと分かるまで手を離さない」
「落とすと危ないですから」
「それだけではない気がします。落とさないように。驚かせないように。私が掴む前に離してしまわないように」
「
……
」
「急がない手は。信頼できます」
23 |体温差
「青海さん、湯呑みを下げてもよろしいですか」
「はい。飲み終えました」
「置いたままだと邪魔でしょう。洗っておきます」
「では。お願いします」
「受け取ります」
「
……
」
「青海さん?」
「今。少し手が触れました。冷たいんですね」
「すみません」
「責めているわけではありません。冷たいものが必ずしも嫌なものではないと。そう思っただけです」
「
……
冷えたわけではないんですね」
「こうしていると。あなたが外にいる人なのだと感じます」
「外の人、ですか?」
「湯の中にいると。自分の温度ばかりになります。ですから違う温度は少しばかり新鮮なんです」
「
……
なるほど」
「あなたの手には。ここではない場所の温度が残っている気がします」
「外から戻ったからでしょう」
「そうかもしれません。
……
ですが。触れなければ分からないこともあるんですね」
「
……
青海さん」
「はい」
「不快では、ありませんでしたか」
「はい」
「
……
そうですか」
「むしろ。外が少し近くなった気がします」
24 |歌
「大崎さん。歌というものはどこへ向かうと思いますか」
「
……
どこへ、ですか」
「少し考えていたんです。声は口から出るものですが。歌になると少し遠くまで行く気がします」
「
……
自分は、誰かのために歌った経験がありません。音楽に精通しているわけでもありません。それでも構いませんか」
「聞かせてください。あなたの考え」
「外に向かう、という点は間違いないと思います。青海さんの言う、少し遠くですね」
「はい。私も同意見です」
「外、という言葉が抽象的ではあるんですが
……
やはり、聞いてくれる誰かの元に向かう気がします」
「
……
はい」
「最近は、歌声喫茶というものが流行っていると聞きました。店にいる人たちが、同じ歌を一緒に歌うそうです」
「同じ歌を」
「ええ。一人の歌が、いつの間にか大勢の声になる」
「初耳でした」
「
……
答えになっているでしょうか。青海さん」
「はい。とても」
「そうですか」
「歌は。誰かの元へ向かうだけではないのですね」
「と、言いますと」
「届いた先で。別の声を連れて戻ってくることもある」
「
……
」
「一人で歌ったはずのものが。一人ではなくなる」
「
……
それは、良いことでは」
「どうでしょう。良いことでもあり。怖いことでもある気がします」
「怖い
……
ですか」
「はい。歌には人を動かす力がありますから」
「
……
それは、青海さんの歌の話ですか」
「私の歌に限りません。ですが私は歌う生き物ですから。考えずにはいられないんです」
「
……
何を、ですか」
「私の歌が誰に届くのか。誰を呼ぶのか。誰を連れていくのか」
「連れていく」
「ええ。歌は時々。聴いた人の足を動かしてしまうことがあります」
「
……
」
「けれど。それだけではないと。そう思いたいのかもしれません」
「自分もそう思います。きっと、誰かを思って歌うこともあるでしょうから」
25 |恋
「大崎さん。人を好くことは楽しいものですか」
「えっ」
「私には分からないのです。恋というものが」
「
……
ま、待ってください。質問の経緯を知りたいです」
「大したことではありません。愛の歌と同じだけ。恋の歌は世に溢れています。私はそれをどれほど理解できているのかと。ふと思ってしまって」
「
……
曲から、その疑問に?」
「正しくは出演者の対談からですが。概ね間違いはないと思います。何か気に掛かることがありましたか」
「
……
いえ、それなら良いんです。てっきり、静馬さんが自分のいない間に来たのかと
……
」
「来ていません。まだ」
「まだ」
「お気に召しませんか」
「
……
できれば、来ないでほしいと思っています。話をややこしくする人なんです」
「
……
ふっ。そうでしたか」
「話を戻しましょう。人を好くことが楽しいか、でしたね」
「はい。お願いします」
「楽しい、だけではないと思います。気が逸ることもあるでしょうし、思うようにならないこともある。むしろ、そちらの方が多いかもしれません」
「あまり愉快ではありませんね」
「そうですね」
「では人は何故それを求めるんでしょう」
「求めているつもりがなくても、そうなってしまうことがあるからでは」
「不可抗力ですか」
「
……
そこまで言うと、少し身も蓋もありませんが」
「そうなってしまうものなんですか。大崎さんは」
「
…………
」
「大崎さん」
「
…………
多少は」
「そこまで言い淀むのであれば。確かに楽しいだけではないのでしょうね」
「楽しいかどうかは、正直よく分かりません。
……
ですが」
「なんでしょう」
「
……
失われると困るものだ、とは思います」
「
…………
」
「今のは、一般論ではありません」
「はい。そうだろうと思っていました」
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