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deutzialaughing
2026-05-09 21:00:00
27634文字
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大穢
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甌穴の海
大崎さんが人魚の青海さんと暮らす対話体SS集
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42 |傷跡 (六七日)
「大崎さん。痛みませんか」
「
……
何がですか?」
「掌の火傷痕です。今になって気になってしまい」
「
……
10年前に負った傷です。もう傷まないので、心配には及びません」
「そうでしたか」
「いつもお見苦しいものを見せてしまいすみません。水場なので、手袋をつけるわけにもいかず」
「私のことはどうかお気になさらず」
「
……
青海さんの方こそ」
「何か」
「その、
……
首の傷は」
「こちらですか。いつの傷か私にも見当がつかないのです。ですが僅かに痛むような気がします」
「今も、ですか」
「時々です。何かの拍子に。思い出したように」
「
……
そうですか」
「はい。毎日鏡で見ても。自分のものではないような気がして」
「
……
」
「不思議なものです」
「そう、ですね。では、そちらには触れない方がよさそうですね」
「触れても問題はないかと。逆鱗ではありませんから」
「
……
そういう問題ですか?」
43 |触れる
「大崎さん。首を見ていたでしょう。今」
「
……
すみません。昨日の話もあって、どうしても気になってしまって」
「隠した方が良いですか」
「いえ、そのままで構いません。青海さんにとっても、その方がよいでしょう」
「
……
」
「
……
すみません」
「何故また謝るんですか」
「その、
……
自分でもどうしたいのか分かっていませんでした。触れない方がいいのかと思いまして」
「どちらでも。
……
ただ。避けられすぎるのも少し困ります」
「困るんですか、」
「はい。そこから先に私がいないようで」
「
……
では」
「はい」
「傷には触れません。その少し横なら、構いませんか」
「
……
。どうぞ」
「ここならどうでしょうか」
「
……
問題ありません」
「痛みますか?」
「いいえ」
「では、もう少しだけ」
「はい」
「
……
大崎さん」
「はい?」
「そこは。
……
少し困ります」
「あ、」
「確かにそちらにも傷はありませんが」
「違うんです、わざとではなく」
「
……
」
「
……
」
「
……
大崎さん。まだ鎖骨に指が」
「
……
すみません」
44 |外
「今日は外の音が近いですね」
「外の音、ですか?」
「はい。誰かが歩く音や。自転車の鈴が。いつもよりはっきり聞こえます」
「雨が上がって、地面が乾いたからかもしれません」
「
……
そうですか」
「珍しいですね。青海さんが外の様子を訊ねるなんて」
「聞いてしまうと想像してしまいますから。外の景色を」
「想像、ですか」
「晴れているのならどのような明るさなのか。雨上がりならどのような匂いがするのか。そういうものは。一度考え始めると止まりません」
「そもそも、あなたを保護したのは海辺の近くでした。あれから1ヶ月以上、外の景色を見られないのは苦痛だったかと思います。
……
すみません、配慮が足りず」
「
……
仕方のないことと思います」
「
……
青海さんは、もう一度外を見たいですか」
「どうでしょう。そう口にした途端。今ここにあるものが少しだけ足りなく思えてしまいそうで」
「では、想像でも構いません。もし外に触れるとしたら、青海さんは何を見たいですか」
「
……
道を見たいかもしれません。まずは」
「道」
「ええ。ただ地面が続いているのだと分かるような」
45 |約束
「
……
では、自分はこれで失礼します。次は、何をお持ちしましょうか」
「物は今のままで足りています」
「
……
そうでしたね」
「ですから。代わりにひとつ」
「?」
「暖かくなったら。外で音楽を聴きたいです」
「
……
外で」
「はい」
「
……
」
「人魚の私には難しいと思いますが」
「いえ、
……
そうですね。分かりました。青海さんが望むなら」
「良いのですか」
「ええ。約束します」
「
……
では。聴きたい曲を決めておきます。その日が来るまでに」
「自分も、考えておきます」
「外に出る際は。晴れの日だとなお良いかと」
「というと?」
「晴天で聴く音楽は心地よいでしょうから」
「ああ、
……
そうですね。確かに、そうだと思います」
「何か気にかかることがありましたか」
「いえ、
……
天気によって聞こえ方が違うのかと思いました」
「
……
ふっ。そうかもしれません」
46 |記憶
「
……
今の音は」
「
……
音、ですか?」
「はい。どこかで聞いたことがある気がしました」
「雨戸でしょうか。少し風が出てきたので」
「雨戸
……
」
「青海さん?」
「いえ。違う気がします」
「無理に思い出さなくても」
「はい。ですが。そこまではあったんです」
「
……
」
「音がして。風が強くて。誰かが何かを言っていて」
「
……
」
「その先だけがありません」
「怖いですか」
「分かりません。怖いのか。懐かしいのかも」
「
……
」
「いけませんね。肝心なところほど残りません」
「肝心だから、かもしれません」
「
……
」
「思い出さないことで、保たれているものもあるのかと」
「
……
そうかもしれません」
「今は、それで
——
」
「ですが。保たれているだけでは。戻れません」
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