akinoshiroihana
2026-02-03 23:24:27
18106文字
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ノーマルぷらいべったーゲッターネタ倉庫4

2021-22



お前さん達、いや諸先輩方?先に言っておくが
「泳ぐんじゃないよ」

無人の浴室をガラス越しに見て、そのうっすらとした背毛をもそわっと逆立てて、わくわくしているらしい仲間達に、隼人は一応言う。
浅間温泉で出会ったのは、別荘族がペットホテルに預けるでもなくこれ見よがしに連れて来るそれらもかくやな美しい犬達であり、たまに噴煙をあげるその山と、隣の連峰の名をもらった「あさま」「ほだか」なるバーニーズだった。嬉々としてその大型犬たちを撫で回すのが不可避だったのは弁慶だけではなく、竜馬もだったので。

『こいつら猛烈に獣臭い』

湿気のせいでそれはとても臭うと、彼が胸の内で思った言葉はそれに尽きた。
動物は別段嫌いじゃない、バカ可愛がりしながら飢餓に喘ぐ世界の番組に涙したり、権威を笠に着てアフリカだのその辺の現地に奉仕に行ってきたことを誇りかに語る『あちらの御持て成しは、食べ物を噛んで砕いて発酵させたものを料理してくださるの、あたくしそれを戴くしかないでしょう?驚いちゃってホホホ』タイプの親戚筋と一緒にまとめてわずらわしくなっただけだ。

風呂に使われているのはせっかくの温泉水の効用も無視で、バスソルトの類でもなく、天下の『バスクリン』らしかった、粉を溶かすと真っ赤になるのだが、ほぐれていくと緑色になる戦前来の入浴剤で、しかし

夕方の帰りにはまたあいつらだかバーニーズマウンテンドッグ本体からか、いずれにせよ犬の匂いが自分にも移りそうだと既に彼は諦めつつあった。もしくはよくて、庭先に実っていて、犬達も木の下でお座りしてさかんにねだっていたヤマボウシの実の香だろうか
その後

そういえばあいつら(犬達と仲間達、両方だ)の毛並みを見て思い出す。しばらくうなじを当たってもらっていないし自分でも剃っていないなと、自分はどうなっているだろうと明るい脱衣所の大きな鏡の何枚も貼られた一角で後ろ髪を掻き上げ、確かめようとしてみれば。
鏡の何度目かの反射の奥、ぎょっとして動けなくなっていたような、今たまたま目がしっかり合ってしまっただけのような洗い場の竜馬がいて、そしてそそくさと鏡像の奥から消えてしまった。その時点で彼は思い出した、つめたく白い洗面台にもたれた自分が既に素っ裸であることに。

*

母の為に家に来てもらう美容師は庭の犬を撫でては笑って言った
ほら、この子、可愛い顔ですがもうだいぶ気が立っていますよ、わくわくしすぎて今にも飛び出しそうだ。背中の毛がこんなに持ち上がってる。
新緑のまばゆい光があふれる庭

ここにもまたつよい毛並みと、
緑の切片の記憶。

無邪気な獣とその目の澄んだ奥にひそむ獰猛さ、なつかしい記憶は不思議とすべてとつながる。


(了)