akinoshiroihana
2026-02-03 23:24:27
18106文字
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ノーマルぷらいべったーゲッターネタ倉庫4

2021-22




本格的な降りになった雨音の下の、ただいま、との声に部屋から返る声は無かった
勉強机の椅子ににつかわしくなく、高々と足を組んで座る隼人も、テレビばっかり観るんじゃありませんとミチルに叱られた元気少年に甘い、今年から入れてもらったカラーテレビの前に寝転がる弁慶も、どちらも見当たらない。だが部屋の明かりは点いたままで、ほんの少し前まで人がいた気配がある。
弁慶だろうか、動物の世話以外は基本ルーズな弁慶だろうかと見回せば、三段ベッドの狭い空間にも置かれた私物の、グローブ用のオイルやら、親に持たされた外出着か冬着か何かのナフタリンがなにかと臭ってくるでもない、あのごちゃごちゃした巣を今しがたがさがさした痕はないなと竜馬は凛々しく絵になる自分の鼻梁を撫でる。ああそれにこんな天気の日はポテトチップスがすぐ湿気るから、テレビの前でも興が乗らないだろう

隼人が明りを点けっぱなしでいなくなるなんてとベッドの二段目も一応確かめる。もう一年以上の同室住まいだというのに、自分とは違うその匂いにはいっそ違う温度や湿度空間、明度さえ感じ、それはいつも自分よりひやりさらさらとした、風のある日に開け放たれた窓辺のような空気と感触のように鼻まわりをくすぐる。自分とは違う物語がそこにあるかのようで、しかしそれでこそ何かどこか安堵する、「それでいい」と。
それでもいなくなったのは今さっきか、四十七士と吉良みたいにまだ布団が温かかったりしないかと探ってみてから、何をやっているんだ気持ち悪いぞと内なる自分に囁かれ、彼は頬を赤らめた。


しかしそうしてみて気付く、いつもの匂いにはない濡れた気配乱れ過ぎた白いシーツ
「えっ」
急速に竜馬の五感が研ぎ澄まされる。
ほんの少し鉄の匂い振り返ってみればカーペットに残る見慣れない幾条は床を掻いた爪痕ではないのか……
―――はっ、隼人‼」
「なんだよ」
もう面倒は要らないぜ、と、とてもヒロイックな大声で呼ばれた戦友が部屋の戸口に現れた。「ロボに飛びつかれてシャツに穴が空いた」と。いつもの大きく開いた白い胸元にはガーゼが当たっており、その後には弁慶も頭を掻きつつ続いて帰ってくる。
「雨になって来たから近場でトイレだけさせて帰って来たんだよ、そしたらやたら切なそうな顔でずっとついてきて、そいつに構った隼人がアタマ撫でながら『なんだい「散歩」かい』なんて言ったからよう」
「ゴハン」「オフロ」同様意味を理解しているその単語に犬は激しく反応し、予備動作無しのロケットスタート的にその人間に飛びつき空中でキスをし、尻尾を激しく振ってさあ行こうと部屋の入口まで飛び跳ねるように―――
「で、ロボはずぶ濡れになるの覚悟で散歩に行き直したし、隼人はちょっぴり血が出た」
「シャツはお釈迦だよ」
飛びついた勢いで爪がぶっすり刺さって、服から抜けねえまんまだからロボの体重でシャツに大穴さ。
何時の事だったか、刃物まで振り回す他校関係者相手の喧嘩でも無事だった服が、よく見ればあっけないまでに大きく縦に裂けていて。普段からそのはだけた胸を見せつけるかのような格好であるので気付くのが遅れた。それに何より
「キス、されたのか」
「リョウさんはさせてることあっただろ、しかしあれは本当に口を狙って飛んで来やがるんだなあ」
フライングベロチュウってやつだ驚いた
言いつつその薄い唇を憮然と撫でる隼人がああ、おかえり、と言えば、大切なものの先を越されたスコット・アムンゼン両南極到達隊のスコット英国隊長の方みたいに、極寒の嵐のさなかに両足を踏みしめ立つ紳士のごとく震える竜馬はただいま、とだけ呟いた。背後にはやわらかな雨の音が続いていた。

アムンゼンならぬレトリバーは、居間の絨毯の上で、長々と寝そべっていることだろう。