すなつき
2025-06-19 00:07:01
13996文字
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ウサギの嫁入り

黒毛のオオカミシリオンの中、ひとりだけ白い毛並みで生まれてきたことにより一族からその存在を疎まれてきたライカンと、
そのライカンの楔となるために番として選ばれ、はるばる嫁入りしてきたウサギシリオンのアキラ。

彼らが互いを知り家族となるまでの話。
Xにて投稿分をひとつにまとめました。


グルーミング編


アキラがこの家に持ち込んだものはたくさんある。
ビデオデッキと数本のテープだったり、お気に入りの雑誌、とあるデザイナーの置物や小さな観葉植物に、スマホやパソコンなどなど。
殺風景だった家の中が、アキラのもので少しずつ彩りを足されていく様がライカンには酷く眩しく思えた。まるでモノクロの映画がパッと色づくように、世界が広がったように思えたのだ。
変化は常にライカンを苛んできた。それなのに、アキラから与えられたそれからは言葉に出来ない胸の高鳴りを覚えた。

その中でもライカンが一番はじめに一等の感動を覚えたのが、とあるドライヤーであった。
シリオン製品を専門に扱うメーカーが開発生産したもので、多様な種に対応可能な素晴らしい一品である。ラインナップが豊富で、新製品が出るたびに欲しくなってしまうのだとアキラが困ったような顔をしていた。

ライカンには今まで縁の無かったそのシリオン用ドライヤーなるものをアキラは嫁入りに際して最新の機種を購入して持ってきたらしいのだ。
風呂から上がったライカンが、濡れた体をガシガシとタオルドライしている様を見て悲壮な顔をしながら一緒に使おうと言われたそれを一度は遠慮したが、アキラの強い申し出もあり結局使うことになったのだがその性能にライカンは打ち震えた。
静かに回るモーターと吐き出される心地の良い温風。風の音はそれほど大きくなく、耳の良いシリオンでも大したストレスにはならないだろうと、ライカンはすっかり感心してしまった。

独自に計算された風の流れをコントロールするシステムがどうとかで、根元にまで入り込み乾くまでのスピードが業界ナンバーワンだとか。アキラが丁寧に説明してくれたのだが、申し訳ないことにライカンはそのほとんどを聞き流してしまった。
それもこれもこのドライヤーが悪い。いや、製品としては最高だ。他を知らないから優劣をつけようがないが、アキラが絶賛するものだから最高の位置づけで間違っていないだろう。
現に、アキラが調節したドライヤーの風が当たった瞬間にゥル、と思わず喉が鳴ってしまった。優しくブラシでとかされながら体の毛を乾かされてしまえば子犬のようにとろりと瞼が落ちてきてしまう。

ふと、小さな時に乳母もこうして優しい手つきで濡れた毛を乾かしてくれたことを思い出して少しばかり鼻の奥がツンと痛んだ。僅かばかりの寂寥の思いがあったはずだが、機嫌の良さそうなアキラの鼻歌が風に交じって聞こえて不思議と、ああ、幸せだなと思えたのだ。そのままライカンは落ちてきた瞼に逆らうことなく目を閉じた。
恐らくそのまま少しばかり意識が飛んでいたようで、くすくす笑いながらアキラに名前を呼ばれてライカンは二センチばかり飛び上がった。ああ、恥ずかしい。ドライヤーの電源はとっくに切られていて風の音は聞こえない。
羞恥にどんどん耳が寝そべる頭をアキラの手が毛先を梳いていく。ひっかかりのない、艷やかな毛並みに覆われた己の体を見下ろしてバツが悪そうにライカンは眉尻を垂らした。

尻尾の先までふわふわで、アキラの服はしっとりと濡れている。抱えた先端まで丁寧にブラシを通されたのだろう。何時もより立派に見える尻尾が、ぱたりと床の上を叩いた。

「ふふ、ライカンさんふわふわだね。気に入ってもらえたようて、僕もとても嬉しいな」
「え、ええ、その、とても……素晴らしいものでした」
「それは、ドライヤーが? それとも、僕が?」

アキラの手が、優しく毛並みを梳いていく。
ライカンはゆるゆると片目を細めながら家族となったウサギを見やった。

(それはもちろん、あなたに決まっております)