すなつき
2025-06-19 00:07:01
13996文字
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ウサギの嫁入り

黒毛のオオカミシリオンの中、ひとりだけ白い毛並みで生まれてきたことにより一族からその存在を疎まれてきたライカンと、
そのライカンの楔となるために番として選ばれ、はるばる嫁入りしてきたウサギシリオンのアキラ。

彼らが互いを知り家族となるまでの話。
Xにて投稿分をひとつにまとめました。

嫁入り編 1


不足の後継者。それが白毛のオオカミシリオン、フォン・ライカンに与えられた仇名のひとつであった。もっとも正確には、後継者候補であって、現在は候補ですらない。
ライカンが早々に跡目争いのレースから弾き出されたのは仇名の通りの「不足」にあった。
不慮の事故で右目が潰れ、膝から下の両脚の切断を余儀なくされたライカンは文字通りの不足である。随分とうまいことを思いついたものだなと、ライカンは長らく暮らしていた集落より随分と離れた場所に構えられた居の中で自嘲気味に唇を歪めた。

後継者と言っても分家筋であるしたまたま男児であったゆえ、仕来りに従い仕方なく候補として登録されていたにすぎない。
そもそもライカンに親らしいものはいなく、一族の中で毛色の違う自分はそれこそ周囲に遠ざけられていた記憶がある。
側にいたのは乳母代わりであった女性がひとりだけだった。何人かの世話役もいただろうがライカンに直接触れて、言葉をかけて、心を砕いてくれたのは彼女のみだった。
その女性は今やすっかり年老いて、白毛混じりになった自らを指さしてお揃いだとカラカラ笑っていた。裏表のない気持ちの良い性格をしていた彼女にライカンは良く懐いていたと思う。
そんな彼女も腰を痛めて職を辞している。そも、ライカンは乳母が必要な年齢をとっくに過ぎていたが、彼女は何かと理由をつけてはライカンと共に少しでも長く日々を過ごそうとしてくれていた。

別れの日には、カラカラ笑いながらこれからはひ孫だか夜叉孫だかの世話をするのだと嬉しそうにしながらもその目の奥に惜別と僅かな後悔の色が見えてライカンは堪らずに奥歯を噛み締めたものだ。
足がなくなった日も、彼女だけがつきっきりで看病をしてくれた。実の父はおろか、顔も知らない母がライカンを見舞うことなど一度たりとてなかった。
不足となり候補から外れたことを告げられた日ですら、用件のみを書かれた紙切れ一枚が使用人によって届けられただけだ。

ライカンは清々していた。
乳母がいなくなった今、この集落には何の未練もない。
良く聞こえる耳が、そばだてずとも己への嘲りと憐れみの言葉を拾いあげてもちっとも気にならなくなった。
自分の居場所はここではないと、ひっそりと焦がれた外の世界のことを考えるたびにライカンの心は浮き足立ち、ままならない両足で如何に集落を抜け出すかを考えていたそんな矢先。
後継者の楔から解き放たれたものと思っていたライカンはそれよりももっと太く頑丈な杭に気がついていなかった。後継者から外れたとて、分家筋であれば一族の血が流れていることに代わりはない。
本家はライカンが外へ出てそこで子どもを作ってしまうことを危惧していた。新たな火種の可能性は丹念に踏みつぶしてしまいたいのだろう。

結果、ライカンに与えられたのは新たな住まいと、婚姻による一族への永続的な拘束であった。
望まぬ伴侶を充てがわれて、人目を避けた場所でひっそりと息を潜めて暮らせと。そこまで嫌っておきながら彼が集落を離れることは許されない。本家に何かしらがあった時の、万が一のスペアのスペアとして生かされる。逃げることも死ぬことも許されない牢獄のような場所に、生贄も同然に連れてこられるまだ見ぬ伴侶のことが酷く哀れで堪らなかった。

ライカンが知り得た伴侶の情報は、他種族でそれも男だと言うことしか分からない。面倒だと思われているのか、元より断ることのできない婚姻ゆえか写真も釣書の一枚も存在しない。
先の内容も、ライカンを侮辱することが仕事のような一族の使用人が、わざわざ離れた居にまで来て親切にも聴こえるようにお喋りをしていた内容だ。
他種族だろうと、男であろうと、せめてここでの暮らしが少しでも良くなるように手を尽くすべきだ。否応なく共に暮らすことになるのだ。番にはなれずとも、気の置けない友人のような関係を築けて行ければよいと、そう思っていたライカンの前に現れた花嫁を前に早々に決意が揺らいでしまっていることを感じた。

花嫁が連れる数人の少ない共に対して、迎えの者はライカンひとりのみという輿入れにしてはあまりに質素すぎる道中の終点。
ふう、と僅かに乱れた息を整えた花嫁にあたる人物が、深々と被っていたフードを下ろしたその姿に目を奪われた。
眩い銀糸と、朝日の差し込む新緑の眼差し、柔和な笑みを浮かべたその青年の頭から、布地によって押さえられていた長い耳が二つぴょこりと飛び出して小さく揺れている。
まるで開き始めの百合の花のような、密やかながらも存在感のある甘く清廉な香りがうっすらと漂いライカンの鼻腔を満たしていく。
言葉を紡ぐことができなかった。こくりと小さく喉が鳴って、彼から目を離すことができず、ライカンはただただウサギの耳を揺らす青年を見つめた。
当の青年は頭一つ分は大きなライカンを見上げて、なぜだかキラキラと目を輝かせ始めた。今にも飛び跳ねてしまいそうになるのを連れてきた共に肩を叩かれて、はたと落ち着きを取り戻すようにコホンと咳払いをひとつ。

「はじめまして、アキラと申します」

細めた目尻がほんのりと赤く染まっているのは今までの道行きのせいだろうか。
とは言え彼の顔に少しも嫌悪や恐怖の色がないことに密かに安堵を覚えたライカンはこちらも口端を緩めて穏やかに名乗りを返した。
差し出した手は、やっぱりキラキラとした目をしたアキラに両手でぎゅうと握られて満面の笑みを向けられる。跳ねるように騒ぎ出した心臓の辺りをそっと押さえてライカンは細く、長く、呼気を吐き出した。

(どうしましょうか、大変可愛らしくて……困る、など)