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kumazaregoto
2025-05-30 10:41:24
17517文字
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智慧灯明因習村だよ 1日目
橿本借りました
のさくさんの因習村はこちら→ 明日に選ばれし者たち
https://privatter.me/page/6961a7feb5965
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◆
戻ってきた東雲からは、外出する際に見せた哀愁は既に消えていた。困った様な表情は変わらないが、それは彩貴たちが食事を不要と言ったからだろう。余った二人分の山菜は、籔の上に干されて静かに腰を下ろしていた。
「本当に、良かったんですか?僕だけ食べて
……
あ
……
口に、合わない、ですよね
……
すみません」
採れたばかりの山菜を鍋に煮た残り香と獣独特の香りが混ざり、独特な空気を室内に漂わせている。東雲にとってはいつものことなのだろう。
「いや、そんなことはない。食事まで世話になる訳にもいかないからな」
「全く堅苦しい挨拶だな灯明の、それでは彼も萎縮してしまうではないか!」
わはは、と大笑する橿本とは対照的に、変わらず無表情を貫く彩貴が深い息を吐いた。その横目で、彩貴は改めてこの家の中を見る。
壁には鹿や馬の皮が並び、その真下には作りかけの鞍や革紐が置かれている。東雲が言うには、これらを町で売って生計を立てており、そのお陰で町の人間に顔見知りが多いらしい。村に来る前に出会った茶屋の女将もそのうちの一人だという。世間話を続ける東雲の表情は、穏やかそのものだった。
「いつまでもここに世話になる訳にはいかないだろう」
「え〜」
「え〜ではない」
「全くつれないな、灯明のは。だが、それもそうか。あの娘の経過に問題なければ灯明のの言う通りにしよう」
橿本の言葉に、それまで会話を見守っていた東雲が頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
「礼を言われるほどのことではない。医者が患者を診るのは当然のことだからな」
ぴくりと、その言葉に東雲が跳ねる。
「
……
今までも、他の患者さんを診てきた、んですか?」
「ああ」
橿本が頷くと、おどおどした雰囲気は変わらないまま東雲の目が、微かに輝いた。その輝きを好奇心と呼ぶことを彩貴は知っている。
「ふ、二人は、他にも
……
いろんな村や、町に行ったことがある、んですよね?」
「ああ」
今度は彩貴が肯定する。
「ど、どんなところ、があるんですか?」
「例えば海に囲まれた国や、果実が豊かな国、花景色が美しい国
……
ああ、商いが盛んな国もあったな。はるか異国の地と貿易もしていた」
波に反射する陽光のように、東雲の目が見る見る内に輝いていく。二人の旅人に尋ねる様は、昔話を親にねだる子供に似ていた。
「海
……
海って、あの、水がたくさんあるっていう、あの海、ですか?」
「ああ」
「す、すごい
……
本当にあるんだ
……
」
無垢な幼子の様に、しかしそれでいながらどこか理性を残したまま東雲は小さくはしゃいだ。
「僕はこの村と、町しか知らないから
……
」
「君はずっとここで一人で暮らしているのか?」
「はい。父さんと母さんが病気で死んでからはずっと、そう、です。昔は、僕みたいな人がこの辺りにもう少し住んでいた、んですが
……
今はもう、僕一人、です」
僕にはこれしか無いから、と近くに置いてあった革なめしを撫でる。小さく、愛おしそうに何度も触れ、目を細めて見つめていた。まだ日の経っていないなめし革は、色艶も鮮やかなままだ。
暫く沈黙を保って俯いたままの東雲が、そうだと言って顔を上げた。
「僕の名前の意味って、わかりますか?父さんからもらった名前なんです」
「東雲、か?」
「はい。昔、この村に来たお坊さんからもらったと聞いています」
ほう、と頷いた橿本は土に東雲、と漢字を書いてみせる。
「夜明け。東、陽が朝昇る側の空が、明るくなった時を指す。一つ一つだとこっちが東、こっちは雲と読む」
「くも、なのに空を意味するんですか?」
「ああ。面白いだろう?」
「は、はい!ありがとうございます。ずっと、気になっていたんです
……
そっかぁ、夜明けか
……
」
それから東雲は、橿本の書いた字を何度も見ながら、同じ様に土に書いてみせた。指でぎこちなく土をなぞり、『東』の横線は弧を描いて歪んでいる。それでも何度も、書く順も気にせずに書く東雲は、名という知識の財産を得難く感じているのだろう。
「これが文字、なんですね
……
!どうしよう、僕からお礼出来ることなんて
……
」
「わはは、礼など構わぬと言っているだろう」
だが、と橿本は顎に手をかけて考える素振りを見せる。
「だが、そこまで言うのであればそうだな
……
この村のことを教えてくれるか?」
「そ、それだけで、いいん、ですか?」
目を丸くし、意外とばかりに東雲は橿本を見つめる。橿本の隣に腰掛けていた彩貴もああ、と頷いた。
「私たちは数々の土地を訪れたが、そこに住まう人たちの話を聞くのが好きでな。良ければ君やこの村の話も聞かせて欲しい」
真っ直ぐと見つめる彩貴の赤い双眸に、反射的に東雲の背筋が伸びる。
(よく見たらこの人、赤い目だ
……
村でも、街でも見たことないや。まるで、なんだか、)
そこまで考えて思いついた言葉を明確に形にする前に、東雲は首を横に振る。
「わかりました。僕は、その
……
話すのが上手くない、ので、聞いても面白くないと思いますが
……
」
東雲は息を吐く。昔々、と語る彼の言葉に彩貴と橿本は耳を傾けた。
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