kumazaregoto
2025-05-30 10:41:24
17517文字
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智慧灯明因習村だよ 1日目

橿本借りました
のさくさんの因習村はこちら→ 明日に選ばれし者たち https://privatter.me/page/6961a7feb5965



視界が開けた先に見えた村は、彩貴が思っていたよりもずっと平凡な一つの集落であった。
小さな村だが、見る分には寂れた様子は無い。田畑には稲や作物が育ち、畑を耕し畦道を歩く村人も見えるだけでも十数人はいた。
茅葺き屋根の小さな家が互いに群がり、身を寄せ合うように並び立つ。東雲の後を歩けば大小の差異を多少あれども、どこも同じような光景が広がっていた。
整えられた道の溝に、山から引いたものだろうか。溝の半分ほどを満たし、流れる水のせせらぎの音が心地よい。森の中で寂しげに鳴いていた鳥や虫も、この村の中ではその美しい唄声を奏でている。青々とした緑は、陽光に照らされ風に揺らいでそよいでいた。
珍しくもない集落の光景であったが、戦火の痕跡も無く、天災に苛まれた様子が村のどこにも無い。その様は傭兵の目が見開くに値したのだろうか。彩貴はその光景をじっと見つめていた。
「本当に、何も無い村、なんです……すみません」
「何を言う、此処は豊かな土地ではないか!町に無いものが多く実っている。そう卑下するな」
わははは、と腹を抱えて笑う橿本の笑い声が里の中に広がった。
橿本と東雲が会話をしている横で、彩貴は白月村を見渡す。空高く青が広がり、町の喧騒さは無いものの、長閑でどこを切り取っても平和と呼べる風景だ。
平穏とはまさにこのこと。それがこの村を訪れた白月村の初見で持つ感想だろう。
だが。
(随分と、私たちを監視している)
初めは見慣れぬ旅人を見ているだけだろう、とその視線も気にならなかった。元より敵意や殺意には敏感なものの、ただ見られることに彩貴が気にも留めない性分であったせいもあるだろう。
そうでなくとも好奇の目にさらされることは、橿本と旅をしている以上避けることが出来ないのは文字通り目に見えてわかることだ。
しかし果たして、本当にそれだけだろうか。
彩貴と橿本を見る村人の目は、どこか虚なのにも拘らずじいっと、薄気味悪さを感じるほどだ。体の向きは変えずとも意思の薄い目々が、歩を進める二人を追っていく。まるで品定めするかの様に。
……あまり歓迎されていない様だな」
「あっ、すみません……みんな、外からの人に慣れていないんです。僕が、町に行くことすら……珍しい、って言われるくらい、ですから……
「そうか」
東雲が申し訳なさそうに謝るのを、特に気にした様子も無く彩貴は返す。その一方で彩貴と、おそらく橿本の背には依然として村人たちの凝視が続いている。東雲の言葉通り、旅人という存在は慣れていないのだろう。
よそ者への排他的な態度はこの村に限ったことではない。
しかし不可解なのは、案内する同じ村に住まう東雲へどの村人も声をかけないのだ。そしてそれを案内役の青年も、少しも気にしている素振りは無い。
まるで避けるかの様に。
「わははは、気にするな!この灯明のが彼らに微笑みかければ、彼らも怖がらずに済むというもの。ささ、灯明の、笑顔の練習でもしてみるか!」
……ほう。なら礼に、声を抑えることを教えようか。君はもう少し大人しくした方がこの村も驚かずに済むだろうからな」
そこまで言い切った後ではあ、と彩貴は深い息を吐いた。横目で橿本を睨むが、どこ吹く風のすまし顔で橿本の口元は微笑むのみだ。
「す、すみません、お二人に気を遣わせてしまって」
「気にするな。さて、その小夜という患者はどこにいる?」
「一番奥の、あの少しだけ大きい家です……僕、先に行ってお二人のこと説明してきます……!」
「あいわかった」
東雲は軽くお辞儀をしてから村の奥の大きな家へと駆けていく。村長の家まではそう遠い距離ではないが、田畑を耕す村人の誰もが、走る東雲に声をかけることをしない。
そこにいることさえ、まるで見えていないかの様に。
……栄ちゃん」
「案ずるな。彼は歴とした生者だ」
「それはわかっている。それよりも、だ」
静かに息を吸う。草木と土とが混ざった香りは心地よさを与えてくれたが、彩貴はゆっくりと重たく息を吐いた。
……ただの治療だけで、終わるといいんだが」
「わははは!灯明のは多くの旅に出ながら、その醍醐味を知らぬとは!」
日暮れも近くなり、白から橙へと太陽がその姿を変えていく。空にも届きそうな笑い声を響かせると、橿本は口元に笑みを浮かべたまま、彩貴へと向き直る。
「何、ほんの寄り道だ。旅には付き物だろう?」
橿本の言葉を受けて、再び彩貴は重い息を吐いた。それは悪戯を思いついた子供に、またかと呆れる大人の様に似ていた。