kumazaregoto
2025-05-30 10:41:24
17517文字
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智慧灯明因習村だよ 1日目

橿本借りました
のさくさんの因習村はこちら→ 明日に選ばれし者たち https://privatter.me/page/6961a7feb5965




黒々とした山は、実際に中へ入るとよりその印象を強めた。まだ夕暮れ時には少し早い時分でありながら、少し道を進めば仄暗く、入る者を拒むかの様にどこか薄ら寒い。鳥や草木の声は森林の彼方其方から響くものの、寂しげにすら聞こえる。
彩貴たちが歩く道も決して獣道ではないが、整備された町の通りに比べれば、大人一人が通るほどの狭路であることに変わりはない。
だというのに、ただでさえ細道の印象は消えないのに加えて、最低限に手入れされただけの生い茂る草木と天を覆う樹木によって、体感よりもその道を細いと思わせてしまうのだろう。
旅人二人がそのように考えていると思ったのか。橿本と彩貴を案内する為に先頭を歩く東雲が弁解するかのうように口を開いた。
「白月村は、町から少し離れていて……その……この通り、歩きづらいといいますか……村から町へ行く人はいても、町から来る人は滅多にいないですし、来てもここで迷っちゃうんです」
歩きながら、東雲は町で見た気弱そうな印象は変わらないまま自嘲げに話した。細身ではあるが、その話しぶりに息切れや苦しそうな気配は無く、ただぽつりぽつりと、どこか自信無さげに話すのが特徴的であった。
彩貴が後ろから見上げて分かったことだが、細身と思っていた青年の足は思っていたより筋肉がついている。頑強ではないものの、この山道を耐えうるであろう脚力と体力はあるのだろう。
言葉が途切れて続かないのは息切れではなく、この青年の話し方の癖のようなものなのだと、彩貴は東雲という男を観察して感じていた。
「村人は困らないのか?」
「はい。売りに出すほど……はないですが、畑も村の中にありますし、村で生活は一応成り立ち、ます。お医者さまは……村にはいませんが」
東雲が橿本への質問に答えながらあ、と言葉を一瞬詰まらせる。
「すみません、暗くなってしまって……そういうつもりじゃ、なかったんですが」
「構わんぞ。それに患者の話を聞いておきたかったからな。丁度良い、道すがらその者の症状をわかる範囲で教えてくれないか?」
一向は足は止めず東雲のはあ、と息を吐く音が静寂な山内に広がった。話す度に「えっと」や「あっ」など、言葉を思い起こすのに時間のかかる男であったが、一層長い一呼吸を置く。彩貴からも、橿本からも東雲の表情は見えなかったものの、その時、猫背の男の背が更に丸くなり視線が落ちた様に見えた。
……若い女性なんですが、熱がずっと下がらないんです……咳き込んで息も苦しそうにしていて、もうそんな状態が三日ほど続いているんです」
「ふむ。熱はあるのか?」
「はい……起きるのも怠そうにしていました」
「その女性は君の親族か?」
「あっ、いや……村長の娘で、幼馴染で……家族とかそういうのではない、です」
想定していない質問だったのか。それまで猫背を丸めて話していた青年の背がぴん、と一瞬だけ伸びる。言葉尻の語気が少し弱まっていき、耳の端は赤くなっていく。その返答を受けて、合点が行ったのか、橿本はああと拳をぽんと付いて笑った。
「成程、想い人を助けるが為に君はこうして自分を尋ねたと!」
「えっ、ちょっ、……あの、そういうのじゃ……!」
わははと笑う橿本に対して、それまで大人しい態度であった東雲の顔がぼっと赤くなる。図星だったのか、よく熟れた林檎にも負けない赤い顔が必死に否定するも、それを見て橿本がまた揶揄う。
「何、隠さんでいいぞ。自分の口は固いからな、信じてくれて構わん」
「ち、違います……!そんなんじゃ……僕はただ、小夜に元気になって、もらいたくて……
「なるほど、患者の名は小夜というのか」
「あっ、はい、そうですけど……!」
しどろもどろに言葉を探す東雲の頬は、すっかり赤く染まっている。話せば墓穴を掘ると思ったのか、否定の言葉を言い切らないままそれきり、ぼそぼそと恥ずかしそうに二人には聞こえないほどの小さな独り言を言うだけになった。
彩貴は一連のやりとりを見てため息をつく。
橿本と旅をする前からわかっていたことだが、趣味なのか生来の性質かはともかくどうにもこの男は人を揶揄い、煙に巻くことが多い。その度に気休め程度に制止するも、毎度無意味なこともわかっていた。町まで同行した行商たちとの旅も同様であった。
それを思い出してか、一度吐いてからもう一度深い息を吐く。
「栄ちゃん、あまり揶揄うな。それより東雲……だったか。村はまだ先なのか?」
「あっ、もうすぐ着きます……そこの草むらの先、です」
細い道であることは変わりないが山道がようやく平坦になり、鬱蒼とした森の先に一筋の光が見えた。逆光の為にその先に何があるかまでは視認できなかったが、東雲の指差す方向はその光の方向であり、先に村があることは明白であった。
歩き進めばその日差しは眩しく、暗さに慣れた瞳孔が豆粒大より小さくなって光を受ける。額に人差し指の側面をくっつけ、眩まぬように目を守る彩貴たちを、東雲は背に光を受けて片腕を広げて導いた。
「つ、着きました……ここが白月村です」