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スサ
2025-04-15 18:17:47
16303文字
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【鬼水】百夜通いする話
たぶんスパコミの新刊になります。百人一首×百夜通い、ただ百全部は書くのも見るのも大変なので十数首をピックアップします。
※適宜追加(4/27追加)
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八
些細なことではあったが、水木は昨夜自分が強引に線を引いた絵札について、朝起きてから眉間にしわを寄せていた。
「花『も』にした方が良かったんじゃないか
…
?」
顔を洗いながら思い浮かんで、以降、神棚と仏壇に飯を供えている時も、鉢植えに水撒きをしている間も気になって止まらなかった。
おまえが何年顔を見せなかったとしても俺は忘れたり冷めたりはしないよ──というつもりの修正ではあった。しかし時間が経つにつれ、あれで良かったのか?という気持ちになってきてもいた。
むむ、と腕組みし、はあ、と息を吐く。しかし、まあ、今さらどうしようもない。訂正すゆのも何やら恥ずかしいし、
…
聞かれたら言おう、と消極的な結論を出すに至る。
「
………
自分で作ってみるか」
頭をかいた手をはたりと止め、水木は呟いた。かるたは昔正月など人が集まる時にやったから覚えているが、和歌、短歌の類を作ったことはさすがになかった。だからあんな風に強引なことをしたともいえるが
…
。
うまく作れるとは全く思わないが、自分の気持ちが鬼太郎に伝わればいいのだから、美しいものが出来なくてもかまわないだろう。いや、出来るならそれに越したことはないが。
そうと決まれば、と水木は早速腰を上げた。駅前の本屋まで行って、短歌の作り方のような本を探そうと。
…
なかったら弁当の献立の本でも買って帰ろう。
求婚に諾を返したものではないといえ、水木からの反応があったことを、鬼太郎はずっと噛み締めていた。親心、だけではないのではないだろうか。いやでも親心なんだろうか
…
、悶々てしているうちに空が白んできたのはさすがに少し驚いたが、もっさりと身を起こすと、下の池まで行って顔を洗うことにする。父は昨夜は旧知のものたちと飲むのだと行って出たきり、まだ戻っていない。迎えにいかねばなならぬかも、と息を吐く。
まだ肌寒い日が続いているが、確実に夜明けは早くなっている。そうこうしているうちに春になり、夏がきてしまうのだろう。ゆったりとした幽霊族の時間には、季節のうつろいは少し早すぎる。
「
………
」
鬼太郎はぼんやりと白んでいく空を見上げた。山の陰になりあたりは薄暗いが、それでも山の端は段々と色を変えていく。
「
…
春はあけぼの、か」
水木は本を読むのが好きで、特にどんな分野のものがというのはないようだったが、古典もたまに読んでいたのだと思う。幼い鬼太郎を膝にのせている時は、特に教育に良くないからと小説は読まず、古典を読んで聞かせていたりもした。あれは彼なりの教育だったのかもしれない。
「『やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて』
…
」
口にして、くすりと笑う。
思い出したのだ。今日の一首は三十六番、清原深養父。枕草子を書いた清少納言は深養父の曾孫だ。なぜ知っているかといえば、水木と父が教えてくれたからだった。
…
幼い鬼太郎に知識を披露しよう、学ばせようとする時、しばしばあの父たちはつまらないことで口喧嘩をして、それはけして深刻なものにはならない掛け合いなのだけれど、その丁々発止のやりとりが面白くもあり、羨ましくもあった。本当に幼い頃はそれがなぜだかわからなかった、どちらを羨ましく思っているのかも。だが今ならわかる。義息にはしないちょっと意地悪な顔や、雑な言葉の応酬、それを受ける父を羨ましく思っていたのだと。
夏の夜は まだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月宿るらむ
カタン、という音に水木は顔を上げた。鬼太郎は水木を驚かせないくらいの大きさで、けれど気がつく程度にわざと音を立てる。そういうところが優しいと感じる。親父の方だったら遠慮なしに雨戸をガラッと開けそうな気がしてしまって。
「こんばんは」
このやりとりを始め既にひと月を超えた。鬼太郎の訪いを楽しみにしている自分を水木は認めていた。
「
…
ああ。こんばんは」
雨戸に近づく。
ここを今すぐ開けたっていいのだ、本当は。しかし、何だかそれは惜しいような気もしてしまう。新たな関係を得ることが怖いとは思わないが、このやりとりをもう少し続けたいと思ってしまう。
…
いや、本当は怖いのかもしれたい。今まで誰とも結んだことのない関係だから。水木は、自分はけして誰とも添い遂げないだろうと思って生きてきたのだ。それが
…
。
雨戸に手を、額をつけて、そっと息を吐く。鬼太郎の思いを軽んじたりしたくない。しかし、恥ずかしながら、手を取って頷くにしたって、どう振る舞えばいいか
…
。
「水木さん」
「うん
…
?」
呼びかけに、水木は顔を上げる。もういっそ鬼太郎から開けてくれないだろうか、そんなずるい気持ちが頭をもたげる。
「今でも本を読むのは好きですか」
「
……
、あ、ああ
…
?」
予想していなかった質問に、水木はちょっと驚きながらも頷いた。
「なら良かった」
軽い音がして、鬼太郎が何かを置いたのがわかった。受け取る体で開ければ
…
、と思いながらも、水木の体は動かなかった。
「
…
それじゃ、また明日」
「
…
っ、
……
あ、ああ
…
」
水木は息を飲み、結局雨戸を開けられないまま、ごつん、と額をぶつけた。
しばらくして雨戸を開ければ、今までにない様子の物が置かれていた。
「
…………
」
紙袋。
水木が目を見開いたのは、その紙袋を自分でも今日の昼間に手に入れたから。それは駅前の書店の袋だったのだ。
かさりと音を立て、中身を取り出す。俺も本屋行ったのにな、会わなかったな、なんて思う。本を買う金なんか持ってたのか、とか、今度小遣い渡さなくていいだろうか、とか
…
。
「
………
枕草子?」
なんでだ?とは思ったが、何となく面白く感じ、手に取った本をそっと開く。
春が近いとはいえまだ夜は長い。水木は今日の絵札と本を大事に胸に抱き、再び雨戸を閉めた。
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