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スサ
2025-04-15 18:17:47
16303文字
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【鬼水】百夜通いする話
たぶんスパコミの新刊になります。百人一首×百夜通い、ただ百全部は書くのも見るのも大変なので十数首をピックアップします。
※適宜追加(4/27追加)
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9
六
水木は息を切らせ、汗を浮かべて走っていた。否、逃げていた。
後ろを振り返る余裕もない。ただひたすら家路を急いでいた。水木が今住んでいるのは、一見ただの古い家だけれど、その実、鬼太郎はじめ彼の仲間の妖怪達がそれぞれに守りやまやかしを施した家でもある。水木や鬼太郎に悪意を持つものは入ってこられないようになっている。だから家までたどり着けばひとまず安心だ。たどり着けさえすれば。
水木は、鬼太郎が贈ってくれた古い時計をギュッと上から掴んだ。まるでそれがとびきりのお守りであるかのように。
たらりと鼻血が出てくるのがわかる。目眩は増すばかりで、息苦しさで視界も苦しい程。体の反応を見れば、闇雲に抗うよりまず逃げるべきと判断した。後ろを追いかけてくる【なにか】は電車を降りたあたりから付いてきた。おかしいと気づいた時には周りにほとんど人がおらず、そもそもそれまで【なにか】は気配を抑えていたのではないかとも思う。
長く生きたし、ここで終わりだとある日突然告げられることは想像の内にあるけれど、鬼太郎を置いて逝くのは嫌だった。たとえそれが避けられない未来だとしても、少なくともそれは今ではないと強く思う。
胸元に刺したままのボールペンくらいしか武器になりそうなものはないが、あの村でだって武器は現地調達だった。そう考えたら不思議と笑いが込み上げてきて、水木は、走りながらも大きく息を吐き、そして吸った。何でもいい、なにか反撃ができそうな
…
、と巡らせた視線の先に三角コーンが飛び込んできた。工事は夜で止まっていて、当然工具や機械は仕舞われており見当たらなかったが、コーンの先に、トラロープで立ち入りを制限するよう地中に刺さった杭があった。
ぐん、と水木の速度が上がる。ロープを思い切り引っ張り杭を引っこ抜くと、パシッと握り直して正眼に構えを取る。初めて視界に入れたそれは黒い靄にしか見えなかったが、友好的でないのは確かだ。対峙するだけで水木の視界が暗くなる。
ペッと唾を吐き、ぐっと腰を落としてじりじりと間合いを保つ。
靄がぱあっと拡散し、水木を包み込むように面積を広げる。息を飲んだのは一瞬、ままよ、と水木はとりあえず目の前に杭を突き出した。手応えはなく、水木は前につんのめる。そのまま勢いよく転んでしまい、思わず顔をしかめる。すぐに上を向いたが、水木の周りの視界がどんどん真っ暗になっていく。
鬼太郎、呼んだ名は声になっていたかどうか。
──ギャアアァ!
音にすればかろうじてそんな、黒板を爪で擦るような不快な音があたりに響く。それに遅れて、カラン、という音が。
いつの間にかギュッと閉じていた目を、水木は恐る恐る開けた。全身の力が抜ける。安堵で。
「
…
おっと」
がっくりと倒れそうになる水木を支えたのは青い衣服に包まれた腕だった。
「鬼太郎
…
」
「間に合って良かった」
鬼太郎は心配そうな顔で水木をのぞき込んでいた。
「
…
つかまっててくださいね」
「え
…
?」
危なげなく、鬼太郎は水木を横抱きに抱き上げる。あまりの体勢に水木は顔を赤くするが、鬼太郎は気にしない。
「重いだろ
…
」
無駄な抵抗の一言に、鬼太郎は屈託ない顔で笑った。
「羽のように軽いですよ」
結局その体勢のまま水木を運んで来てくれた鬼太郎だったが、家の前で彼をおろし、立たせた。
「鬼太郎
…
?」
中に入らないのか?という思いは顔に出ていたのだろう。鬼太郎は面白そうな顔で笑った。
「まだ、あなたに許しをもらっていないから」
「
……
っ」
息を飲む水木を見上げ、鬼太郎はちゃんちゃんこの内側からきれいに畳まれた白いハンカチと、すっかり見慣れた絵札を出した。そのうちハンカチだけを水木の頬にそっと当て、汚れちゃいましたね、と言う。
「
…
俺は
……
」
「なしくずしに許してもらうのでは、本当に許してもらったことにはならない気がします」
先回りした鬼太郎が口にしたのは正論だったので、水木は黙った。頷くきっかけがほしいとなにかに頼りそうになっていた心を見透かされたようでもあり、少し気恥ずかしい。
「あなたがもし頷いてくれなくても」
鬼太郎の表情も声も凪いだものだった。少年の見かけには似つかわしくない落ち着きがあり、水木は思わず背筋を伸ばす。
「僕は勝手にあなたを守りますけど、それは許してくださいね」
ふふ、と笑う鬼太郎の顔は素直なものに思えたが、果たしてそれだけなのかどうか
…
。困りながら、水木は頷いて、そして思い出した。
「おまえにもらった時計」
「
………
」
「お守りみたいで、心強かった」
ありがとう、そう言えば鬼太郎の目が見開かれ、ほんのすこし照れくさそうな顔が垣間見えた。それが一番水木にとってはホッとする顔だったから、気づいたら抱きしめていた。
腕の中から息を飲む声がしても、水木は腕を離さなかった。
「
……
ちゃんと、
…
ちゃんとした返事をするよ」
名残おしくも腕をゆっくり離せば、鬼太郎の顔が珍しくほんのり染まっていた。彼にとっても予想外だったのだろう。
「
…………
、はい。待ってます」
もうだいぶ鬼太郎に有利な勝負になっているのだけれど、それにはもちろん触れずに水木は頷いた。
せめて玄関先ででも見送ると言ったら、僕がいるうちに中に入ってちゃんと鍵を締めて、て厳命されてしまった水木は、居間で座り込みながらハンカチと絵札を見る。
白いハンカチには刺繍がされており、目立たず品の良いそれはおそらく菊だ。白い小菊。気をつけて見なければ気が付かない程度にさり気ない
…
。
心あてに 折らばや折らむ 初霜のおきまどはせる 白菊の花
季節が合わないのは、鬼太郎が百夜通いを始めた時期と毎日使うという条件から仕方がないから置くとして、あらためて今夜のことを水木は思った。
折ろうと思えば折れる、妖怪から見れば、水木の存在はそれくらいのものだ。心あてに──適当に、当てずっぽうに、これという目星をつけずに
…
、手折ってしまえるもの。
けれど鬼太郎はそうしない。力づくでなら絶対に勝てない水木に、その力を使うことはしない。彼になら、折られる白菊もまた幸福だろう。
「
…………
、ん?」
ここまでの文脈においてとの注釈はいるが、この場合白菊とは水木のことになる。
「
………………………
」
顔に熱がこもるのを自覚しながら、水木は手で口を抑えた。そうでないと、何かとんでもないことを口走ってしまいそうで。
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