スサ
2025-04-15 18:17:47
16303文字
Public
 

【鬼水】百夜通いする話

たぶんスパコミの新刊になります。百人一首×百夜通い、ただ百全部は書くのも見るのも大変なので十数首をピックアップします。
※適宜追加(4/27追加)



 その日の贈り物は少し変わっていた。だが、驚いた後にあっ、と思った。
 ケースからして古いものとわかるそれを開ければ、やはり古い腕時計が収められていた。骨董品か?、て首を捻った後、あ、と水木は思わず声を出していた。記憶が巻き戻っていく。
 鬼太郎を拾ったばかりの頃、そこまで生活に余裕があったわけではなく、いくつか手放したものがあった。そこそこの値がついた腕時計もそのひとつ。質流れさせてしまったので忘れていたが、目玉のおやじがすまながっていたこと、別の、もっと安価な時計をするようになった水木の手首を何やら不審げに嗅いでいた幼い鬼太郎の記憶がパッと蘇った。まだ喋りもしないうちだったのに、眉間にしわを寄せ、ひどく物言いたげな顔をしていた。おかしいやら可愛いやらでぐりぐりと頬ずりしてしまったのを、昨日のことのように思い出せる。各家に電話が通っていなかったあの頃から、光回線の時代となる程に時間が経ったというのに。
……おまえ、まだ赤ん坊みたいなもんだったのに」
 濡れ縁に膝をつき、水木は時計をためつすがめつする。幽霊族だからなのか、それとも鬼太郎だからなのかはわからない。だが、あの子は水木のこの時計をずっと覚えていたのだろう。
 そして、今日の歌にもこの上なく合っている。そう思うと、一体鬼太郎はいつからこの計画を温めていたのか、準備していたのだろうかと思う。そんな気配はまるで感じられなかったのに。

たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰りこむ

 別れを惜しみつつも、待っていてくれるなら帰ってきますという歌。転じて、消えてしまった物や動物、帰ってきてほしい何者かに対してその念を捧げる歌としても知られる。
 水木でさえ忘れていた腕時計。手放す時に後悔はなかったが、それは思い出がないことと同義ではなかった。がむしゃらに過ごした日々、喜びも悲しみも、憤りも、忘れえぬ思い出もいくつか。
 それを、鬼太郎が取り戻してくれた。本人から意図を聞いているわけではないから推測になってしまうけれど、あの子はずっと覚えていてくれたのか、と不覚にも鼻がツンとしてしまった。鬼太郎のために犠牲にした、なんて一度も思ったことはない。大きくなって、喋ったり歩いたりするのが嬉しくて、それだけだった。
 時計をおもむろに手首にはめる。不思議といささかゆるく感じ、水木自身は変わらないと思っていたが、今の方が少し手首が細くなってしまっているようだった。少なくとも見た目には年を取らないから違わないだろうと思ったのだけれど、多少の身体上の変化はあるらしい。
 時計はきちんと動いていた。それどころか、確かに古いということはわかるものの、よほど保管が良かったのか、フェイスに曇りのひとつもない。
 しばし時計を見つめていたものの、夜風がどんどん水木の頬の熱を奪っていくので、肩を震わせた所で家の中に入ることとした。
 その夜は、時計をしたまま再び寝床に入った。久しぶりに鬼太郎が小さな時の夢を見た気がした。