akinoshiroihana
2025-04-14 21:29:56
13333文字
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名刺置き場4




母達は表情豊かな人だった
人は臆病と憐れんだけれど

鱗もない、脱皮直後の新しい肌でもないのにやわらかい皮膚はよく伸び、撓み、震えては喜怒哀楽を,恐れや卑屈をさらけ出した、すぐ下を走っている血管とともに。帝国で代々そうした特別な生まれの賢人たちでもないから手厚くされるでもなかったし、あまりにもろい、ほんの少し何かにぶつかれば―――打たれたり「ほんとうにほんの少し押され」ただけで腐った果実のように変色し汁を垂らすさまは、鎧う本能を忘れた愚かな種であり、裸で急所を晒して歩くがごとき無様ともいっそ破廉恥とも。
だから自分の肌がずっと分厚いのも血の色が眼球にしか出ないのも、母はよかったと喜んでくれた。繁殖能力が望めないと、それを何とかせねばならんと科学者たちがざわついた時でもなお誇りかに。

*

「ライガーだ、地上で一番大きな猫なんても呼ばれる」
さわめく通路の強化ガラスの向こうの白い岩山。虎とじゃれ合う毛並みは帝国でも伝え聞いた、「終戦」寸前に現れた青い戦鬼とどこも似ていない、むしろ自分の髪が―――帝国では余計な羽毛持ちとして、へんなシミやほくろと同程度の欠点扱いされたけれど―――その髪の色が一番近いのではないかと思い、深くかぶらされたニットキャップの下に手を差し入れつつ考えていれば、彼は心を覗きでもしたようにそうだな、と呟き少し笑った。
神隼人は母達と同じ地上人類でありながら、表情を読みにくい人だった、いや母達と比べるでもなくほとんどの地上人類よりも。それはすぐれた戦士や指揮官としての禀質だし、澄ましているだけで強そう危険そうに整っているのは故郷では男女問わず美人の一基準だったけれど、ともに時を過ごせばそんなわずかな笑みや怒りがきらめきのように見て取れて、海底の魚の誘因突起———チョウチンアンコウの光るあれみたいに、周囲をも自分をも引き付けた。闇の中の灯火についていけば巨大な顎に飲み込まれるかもしれなくても。
「竜と、海神と、大きな猫。」
 何の関係があるのかなと思っただろう」
それも少し思っていたので頷けば
「竜や海神が存在しない想像の生き物なら、あの猫には繁殖能力が全くない、
 戦いが終わったらそれ以上余計なことをせず消えてほしくあったように思うこともあるよ、決戦用の兵器であったから。強くあれと造っておいて無責任なものだが」
あとは消えるしかないが強い、だから強い、生きている限り。それは三機の他二機の機主がいなくなってしまったあとも。
それは
「さみしくなったことはないですか」
聞けば、お前は?と質問が帰ってくる

帝国人の感情は目の奥にしか読めないけどそこにだけは浮かぶものもある、城下の窓から見える魚たちの群れと違って。神隼人もそこにだけは浮かぶはずだと思ってじいっと真向かいに見上げれば、どうしたそんなに難しいかとまた少し笑われた。答えてくれないなら答えを引き出そうとしてみるのに、彼の真っ黒い目は血流の増減も読み取りにくいから自分の赤い目よりとても有利だ
「いま思いました。黒い瞳のライガーと僕で、途絶える因子同士で黒い瞳の子孫ができないかな、できたらいいのにって。そうしたら、さみしくてもぼくたちが途絶えて消え失せて何もかも無意味だったことになってしまいそうな気持ちには二度とならない」
だからまずぼくのものになってよ、星の王子様のキツネみたいに、「ぼくだけの特別に。どれだけ似たようなキツネたちがいても、どれだけ同じようなバラが咲いていてもぼくにだけはわかる、ほかにはかけがえのない、ぼくが愛するものに。
「そんなことを伝えたくなりました」
ごめんなさい、理屈になっていませんし、あのきれいな獣ではなくあなたに向けて言ってる、あなたに言いたくなってしまったんです、今を逃してはいけないと。これはいけないことだとしても神・隼人―――
黒い双眸が揺らぎ、ぼくらが唯一の希望みたいに思ってしまう光をやどすのを逃げないようにしっかりつかまえて
「待て、待つんだそれ以上は、」
カムイ、と声に出して呼ばれたいっとき、垣根が壊れた。周囲の光景が灰色に消えた。雨の音、濡れた傘

『あんたが隼人かい』
そんな声を聴いた、気がした

そうやって彼が他の誰かのかけがえのないものになった瞬間がある、運命的な瞬間が
ああ、またその瞬間が来たんだよとぼくは彼を見上げた

今になっても一足飛びが過ぎるプロポーズだった
その返事を待ち続けた

今も待ち続けている あの人が去ったいまも