マエバ・セイボスキー
2025-03-05 00:16:28
30655文字
Public パーバソ
 

海に似ている

人魚姫パロです。
なんのひねりもなく、ストレートに人魚姫パロのパーバソです。
領主のパと人魚のバソ。海の魔女役をテ神にしてますが、カップリングはパーバソだけです。
※ただし、デイテス生産工場で作られています
※喫煙表現があります
※盲目のパの描写があります
※設定は完全にいつかのどこかの、なので深く考えないでください

加筆修正して素敵な表紙をつけて本にしました。よろしければ。
https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031242019



バーソロミューは、止める声も聞かず城を飛び出した。
途中で邪魔になって、履いていた靴を脱ぎ捨てる。
海辺に近いこの街は、どこを歩いていても、地面は砂混じりだった。
足の裏に砂がざりざりと触れる。そしてそれは、ひどく、痛む。
いつだって、バーソロミューの不自然な両脚は酷い痛みを孕んでいた。
今も、まるで針の山を歩くように、叫び出しそうに痛い。
けれど、この痛みはバーソロミューが自ら受け入れたものだった。
この脚を手に入れるため、だれもがうっとりと見蕩れるほどに美しかった尾ひれを手放したのだ。
どうしても、欲しかった。
あの見たこともないほど、美しく光り輝く銀色の星を、どうしても自分のものにしたかった。
そのために、声を代償に脚を得たのだ。
海の魔女は怖ろしいと評判であったが、バーソロミューは恐れなかった。
魔女が何よりも規律と公平を是とするのを知っていたからだ。怖ろしいが、理不尽はしないはずと、信じていた。
だから、もう一度その力をかりなくてはならない。
魔女ならば、あるいは、見合うものさえさしだせば、きっと。
バーソロミューは、心の中にあった欲望が、いつの頃からかまろく柔らかな愛に変わっていたのに気付いていた。
どうしても手にしたいと願った一等星は、ただそこで美しくあるだけで価値があるものなのだと、気付いてしまった。
だから、バーソロミューはそれを手放す為に走っている。
国を守るため、領地と、領民を守るために戦争にいったパーシヴァルは生きて帰ってきた。
生きている。
今は。
バーソロミューは、肺がきりきりと痛むのも無視して駆けた。下りの坂道で脚が縺れ、ごろごろと転がる。
「っ」
どこかにぶつけたのか、頬から血が滴る。
手をすりむき、脚が血を流す。けれど、拳で頬をぐっと拭って、立ち上がった。
貧弱な脚を叱咤して再び駆け出す。
こんな距離、海の中であったならあっという間なのに。
一刻も早く、魔女のもとへ行かなくてはならない。
早くしないと、パーシヴァルが死んでしまう。
戦争から戻った彼は、息をしているのが不思議な程だった。
身体中包帯に巻かれ、四肢が繋がっていることさえ奇跡に見えた。
ひゅうひゅうと隙間風のような息が乾いた唇の隙間から漏れていた。
恐らく普通なら死んでいたのだろう。
彼は人よりもずっと強い身体をもっていたから、命の火が消えないでいる。
けれど、それがパーシヴァルにとって良いことなのか、見ている者は皆、疑問に思っていた。
死んだ方が楽だと思うほどの痛みと苦しみのなかにいるのは、明らかだった、
巻かれた包帯は瞬く間に赤黒く染まる。余程の深手とみえ、一晩で血はベッドまで汚した。
パーシヴァルの広い、清潔な寝室に、生臭い血と消毒液の匂いが充満している。
バーソロミューは、部屋の隅で呆然とベッドの上を見つめていた。
側にはメイドや使用人、医師が代わる代わる控えている。
パーシヴァルはゆっくりと顔をバーソロミューの方へ向けた。
その微かな動きだけでも、今の彼にとっては儘ならない様子だった。
「バーロミュー……
辛うじて絞りだされた、掠れた声。バーソロミューはぐっと奥歯を噛みしめて駆け寄った。
手を握ると、喘鳴に微かな笑い声が混じる。
パーシヴァルは顔もその殆どが包帯に巻かれていて、口以外は外に出ていない。
「ああ、きみ、だね」
必死で頷くけれど、彼には見ることができない。こんなときばかりは、どうして声がでないのかと喉をかきむしりたくなった。
けれど、パーシヴァルはカサカサに乾いてしまった唇に、やわらかな笑みを浮かべる。
「わ、たしは、もうながく、ない、だろうから」
(やめてくれ、きみのために、わたしはここにいる)
思えども、それは言葉にはならない。
パーシヴァルは途切れ途切れになりながら、酷くながい時間をかけて続ける。
「きみ、が、ふじゆう、なく、いきていける、よう……
握った手は異様な程にあつい。
何度か偶然のように触れた彼の手はいつも温かかったけれど、こんなふうに熱いのはおかしい。
それが移ったかのように、鳩尾にじわと熱を感じた。
「かれらには、いって、ある、から」
信じられない程に弱い力が、バーソロミューの手を握り返してくる。
「どう、か……しあわせ、に」
傷だらけの太い指が、そっとバーソロミューの手を撫でる。
その手を頬にあて、じっと包帯の向こうにあるはずの瞳を見つめた。
「ああ、わた、しは……
もはや、咳き込む力も無いのかもしれない。
薄く開いた唇の隙間から、とぽり、と真っ赤な血があふれ出る。
似合いもしない赤を唇に乗せ、パーシヴァルはやわやわと笑う。
「き、みを……
寒いのか、怖ろしいのか、握り込んだ手は小刻みに震えていた。
もしかすると、バーソロミューが震えているのかもしれなかった。
「あい、して、いた」
こころから、と殆ど聞こえない程の声が血潮とともにあふれ出る。
(ああパーシヴァル!私も君を愛しているよ!)
医師がいる、使用人達も。けれども、そんなものはもはやどうでもよかった。
バーソロミュー瞳には、目の前で瀕死の身体を横たえる愛しい男のことしか映っていない。
二度目のキスは血の味がした。
そしてバーソロミューは、誰もの制止を振りきって、城を飛び出してきたのだ。
彼を、死なせるわけにはいかない。
彼が生きてくれるならば、自分はどうなったってかまいはしない。
まろぶように走って、真っ黒な海に出た。冬を控えた秋の海は、しんと静まっている。
海面には丸い月が浮かんでいた。
……!!」
出ない声で呼びかける。
すると、その月はブルブルと震えた。
それは月ではなかった。
黒い波間に浮かぶ黄金は、海を纏うようにして盛り上がった。
「オレをそんなに気安く呼ぶのは、今んとこオマエとオレの相棒くらいだぜ」
不敬だな、とあくびの合間に言いながら、海の上には怖ろしい魔女が寝そべっていた。
魔女の身体を滑り落ちた波が、ざざっと砂浜に寄せている。
波はカウチのように魔女の身体を支え、その白く滑らかな身体を浮かべていた。
黄金の髪はミルキーウェイのように流れ、眩むほどに目映い。
「なんだなんだ、目標まであと一歩だろ。がんばれよ」
魔女は全てをみているはずだ。わかっていて、そう言っている。バーソロミューは首を振った。
目標などどうでも良い。今、あの心を手にしたところで、バーソロミューがほしかったものはなにも手には入らない。
欲しかったのは、何よりも美しく光り輝く銀色の星だ。
「うそだろ、ここまで来ていらんというのか」
欲しい。けれど、それよりもずっと優先すべきことがある。
魔女はうんざりしたように手を振った。
「だめだ、そもそもオマエ、何を代償にそんな大それたことしようってんだ。
オマエは何を差し出せる? 今のオマエが持ってるのは、心臓か、瞳か、心か」
何をさしだしたって構わなかった。
愛した男が再び大地を踏みしめ、あの闊達とした笑顔を浮かべることができるのであれば。
自分程度のもつもので、彼を助けることができるのであれば、それほど良い使い道はない。
自分一人泡となって消えたところで、誰もこまらないが、彼のことを悲しむひとは数え切れないほどいる。
彼は生きるべきだ。パーシヴァルはバーソロミューに幸せになれというけれど、彼こそがそうなるべきなのだ。
家庭を築き、子供を育て、立派にこの地を守り、命をつなげていく、それこそが、彼の辿るべき道なのだと思えた。
バーソロミューはいまではまるで自分を拒むような海を掻き分けながら、魔女の元へと向かった。
「あん?正気か?そりゃあオマエ、随分贅沢な……
黄金の髪を掴む。けれど、水にうつるばかりのそれは手の中をすり抜け、雫となって落ちていく。
……まあ、いいだろう。代償としては、充分だ。人魚の涙には価値がある……あ?なんでかって……しらなかったのか。
そりゃあ簡単だ。人魚には普通心なんてもんはない。魂もな。オマエさんがレアケースなんだよ。だから、涙なんて流さないのさ」
魔女のベッドが崩れ落ちる。それは大きな波となりバーソロミューを包み込んだ。
「ま、悪くなかったぜ、そこにオマエの努力と……愛があったこと、オレだけはしっていてやるよ」
節くれ立った長い指が、バーソロミューの頬に触れる。
「お疲れさん」
骨張った胸にだかれる。バーソロミューは、全身を柔らかな気泡が包むのを感じた。沸き上がる、寂寥と安心感。
これで、パーシヴァルはきっと助かるのだ。胸が熱い。涙がこぼれる。長い指先が、ソレをぬぐいにやりと笑う。
「オマエの献身と愛に、応えてやる、バーソロミュー・ロバーツ」
じゃあな、とまるでちょっとそこまで、とでもいうような気軽さでかけられる声。
バーソロミューは不思議な満足感を感じながら、どこかひどく遠くから、愛しい男の声がきこえた気がした。