マエバ・セイボスキー
2025-03-05 00:16:28
30655文字
Public パーバソ
 

海に似ている

人魚姫パロです。
なんのひねりもなく、ストレートに人魚姫パロのパーバソです。
領主のパと人魚のバソ。海の魔女役をテ神にしてますが、カップリングはパーバソだけです。
※ただし、デイテス生産工場で作られています
※喫煙表現があります
※盲目のパの描写があります
※設定は完全にいつかのどこかの、なので深く考えないでください

加筆修正して素敵な表紙をつけて本にしました。よろしければ。
https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031242019



ここには海の加護をもつ騎士伯がいる、そんな噂がいつの間にか広まっていた。
確かに、海沿いの領土にしては水害はすくない。
漁業も盛んだがそれだけではなく、山もある。土木や希少な金属も少しだがとれるので、それなりに豊かな土地であると自負している。
けれど、それらと海の加護をもっていると噂されていることには、あまり関係はなかった。
理由は、この領地を治める伯爵が、戦争に行く途中でとんでもない海難事故から生還し、
あまつさえその後の戦地でいくつも成果を上げ国王からたんまり褒賞を受けたことによるものだ。
同じ船に乗っていた船員たちは誰もが伯爵は死んだと思ったし、そしてそれは本人も同じだった。
当人であるパーシヴァルは、いつも不思議に思っている。
何故助かったのか。
その後の活躍については実力だとは思うけれど、まずあの事故で助かった理由がわからなかった。
死んだと思ったし、ここで尽きるのならばそれも命運だと受け止めていた。
幼いながら船員として船に乗り込み、生きるためにと必死で働いていた子供を助けたのだ、それで良いと思っていた。
子供を救助の小舟に押し上げ、そのあたりからあまり、記憶が無い。
けれども、確かに、柔らかな波に揉まれ気泡が身体を滑り、沈んでいったような気がする。
するけれど、今自分は生きている。
どうやって?
幸運にも波に運ばれ、打ち上げられたのだろうか。
パーシヴァルは、寝室の窓から黒い海をみおろし、ううんと首を傾げた。
生きて帰ってから、毎晩のように海を眺めている。
眠る前の一服を、ここでしばし海と過ごすのだ。
……
吐き出した煙が、潮風に運ばれていく。
城のすぐ下は海だ。地下は洞窟に繋がっていてそこから船を出すこともできるようになっていた。
生まれたときから聞いている海の音。
その合間に歌声が聞こえた。
……?」
海の男は音楽が好きだ。
街に出ると、そこかしこから聞こえてくる。
けれど、祭りの日でもないのにこんな夜中に聞こえてくることはまずない。
窓に乗り出して見回してみるが、どこにも人の姿はない。
あるのは、星空をうつしきらきらと波を煌めかせる海と夜空だけだ。
砂浜にも、なにもない。
けれど微かに、聞こえてくる。
すこし高めの、恐らく、男性の声。
綺麗な歌だ。
歌詞はわからない、異国の歌のように聞こえる。
いったいどこから、と思っているうちに歌声は波の音に紛れ、消えていった。
「あつっ」
ぱっと手を振る。
夢中になりすぎて、煙草が短くなっているのに気がつかなかった。
ソファを焦がしたことを、明日メイド長に伝えなければならない。
きっと、眉を顰められる。育ての親のような彼女には、頭が上がらない。
窓の外はすっかりいつも通り。
パーシヴァルは首を振りながら、窓を閉めた。

それからも変わらず、パーシヴァルは夜をそうして過ごした。三日に一回程度は、あの歌が聞こえてくる。
けれど、結局誰が歌っているのかはわからない。
ソファを焦がした翌朝に謝罪ついでにメイド長に聞いてみたけれど、そんな歌は聞かなかったと言われた。
他に同じ歌を聞いた者は誰もいない。中には、海の加護と一緒にセイレーンでも誑かしたのではないかと、からかう者もいる始末だった。
その不思議な歌以外には、戦争もなく、災害もない、穏やかな日々が過ぎていた。
ある日、事件が起きる。
沖で商船が難破した。
時化の夜だった。
港の漁師は皆しっかりと備えながら、沖に見えるあの船は危ないのではないかと口々に言っていたが、それが現実となってしまったのだ。
船は、雷に打たれマストが燃え、大きく傾いだかと思うと、そのままざぶんと横ばいになった。
海の上では、助け合わねば生きていけない。船の素性や、誰が乗っているかは関係がないのだ。
溺れる者がいれば、助けるのが海上のルールである。明日は我が身だ。
パーシヴァルも率先して救助にあたった。
危険を承知で船を出し、木片に捕まり喘ぐ人々を掬い上げた。
恐らく、何人かは不幸にも暗い海に消えただろう。
それでも、救えた命もあった。
救助を終える頃には、空が白み始めていた。パーシヴァルはびしょびしょに濡れた髪をかき上げ、後の手当を港の女達に任せその場を後にした。
その背中では、領主様じゃなくてオレを労ってくれという漁師陣の悲痛な声が聞こえた。
罪作りな領主は肩を竦め、あとで皆を労ってやらねばと苦笑いをするのだった。

風呂に入り冷えた身体を温めて、パーシヴァルは煙草に火を付けた。
常に多忙な身ではあるが、今は急ぎの仕事もない。今日は流石に休もうと、夜通しの救助で疲労にだるくなった身体を窓枠に寄せた。
ちらりと落とした視線の先には、先日焦がした布がある。
今度は気をつけようと、灰皿を寄せる。
昨晩の時化が嘘のように良い天気だった。
海鳥が大きく鳴きながら、海に黒い点を描いている。
普段、こんなにのんびりと朝の海を眺めることもない。
吐き出した煙が、白く青空に溶けてゆく。
そのとき、きらり、と海面に何かが光った。
魚が跳ねたのかと思うが、見慣れたそれとは違うと、違和感が首を擡げる。
気付けば、海鳥の姿もない。
ざあんと、波が砂を洗い、引いていく。
もう一度、ちかちかと何かが瞬く。
パーシヴァルは、はっとした。もしや、まだ救助を求める人がいたのではないか。
殆ど反射的に、バルコニーに飛び出す。浜に降りるには、そこからが一番早い。
浜辺から伸び上がっている松に飛びつき、そのままするすると降りていく。
幼い頃、こうやって抜け出してよく怒られた。大人になって寝室は変わったけれど、海沿いの部屋であることは変わらない。
となれば、窓の外には木が植わっているのだ。
ざっと、両脚を砂に埋める。
パーシヴァルは重たい。ざくざくと砂に大きな足跡を付けながら救助者を探した。
城近くの砂浜に人がいることは稀だ。城の敷地内というわけではないのだが、遠慮をしてなのか、街の者はあまりやってこないのだ。
そこに、人の姿があった。
波打ち際を、ふらふらと歩いている。
その人は、突然現れたパーシヴァルをみて、目を丸くした。
「あ、」
パーシヴァルも、思わず足を止めた。
その人の胸元に、きらきらと輝く十字架が下がっていたのだ。光っていたのはきっと、これだ。
「ああ、君、大丈夫ですか?」
とはいえ、その人はびしょ濡れのようだった。
うねる髪が頬に張り付き、胸に下がったクロスとは不釣り合いに質素な服も、ぴたりと肌に張り付いている。靴も履いていない。
それはパーシヴァルも同じだったけれど、どうみても彼は海遊びにきた風ではなかった。
それに、彼の顔に見覚えがなかった。この辺りの住民ならパーシヴァルが知らないわけがない。
男は、浅黒い肌をしていた。
太陽に輝く肌は健康的だが、その肌を覆う服はひどく粗末だ。ズボンも半端な丈で、裾がすり切れている。
この辺りでは、あまりみない顔つきだった。
天使が摘まんでつくったような小さくつんとした鼻、薄い唇、凜々しい眉の下にある、切れ長の双眸。
その眼窩に納まる硝子玉のような瞳は、煌めく海を固めたような輝きでこちらをみている。
(綺麗な人だ)
パーシヴァルは見蕩れた。
青年は、ぱちぱちと瞬いてから、形の良い唇に笑みを浮かべた。
……え、っと」
にこにこしたまま、じっとこちらを見上げている。大きなパーシヴァルよりは小さいけれど、視線の位置は低くはない。
「ああ、その、大丈夫?ですか。どこか怪我を?」
青年は答えない。ただだまって微笑んでいる。
「貴方はどこから、びしょ濡れで、一体……
どうにも、昨日の難破船の船員、という風ではない。
肌が綺麗だし、ちらりと見えた足の爪や手の爪も美しく清潔な色をしていて、働く者の手という感じではなかった。
身分は、身なりを見ればわかる。労働階級はそういう格好をするし、聖職者は聖職者の、貴族は貴族の格好をする。
けれど、彼の容姿からは一体どういう階級のものなのか、とんと想像ができなかった。
青年がぱたぱたと首を振る。雫が飛んで、パーシヴァルの寝間着を濡らす。
「どこから来たのかわかりますか?」
青年は、暫く考える風に首を傾げてから、すっと海を指した。
「海?向こうの国から?」
……
違うとも、そうだとも取れる顔で首を傾げる。
「困ったな、名前は?」
……
「言えないのか、言わないのか、どちらか」
……
どうにも、わからない。敵意があるようにも見えない。
青年は何度か口を開いては、閉じるという動作をして黙っている。
「ああ。もしや、喋ることができないのかな」
「!」
こくこくと頷く。
「それはすまない、聞こえてはいるんだね」
もう一度頷く。
「わかった、話はあとにしよう、ひとまず城に……
青年は、ぱっと瞳を輝かせた。それは本当に晴れた日の海のように綺麗な輝きだった。
すると、彼の腹からくうと控えめな音がする。
「おや、お腹がすいているね」
頬を染め、俯く。パーシヴァルは笑みを浮かべて、青年の手を取った。
「それはいけない。すぐに何か出しましょう」
本当は、このまま教会へ連れて行くのが正規のルートだ。けれど、どうにも触れた手を放しがたい。
パーシヴァルは、どこのだれとも知れない男を、無防備な教会にいれるのは危険だから、
ただそれだけだと自分を納得させる必要があった。

パーシヴァルはメイド達に青年をまかせ、自分は寝室に向かった。そろそろ休養をとらなくてはまずい。
このあとには、難破船の対応が控えている。
寝室の窓をあけたままベッドに潜りこんだ。
海鳥の鳴き声と波の音が部屋にじわりと広がっていく。だんだんと、部屋の中に海が満ちていくようだった。
酷使した身体に、瞼はとろとろと下がっていった。
考えなくてはならないことがある。
あの青年をどうするか、彼はどこからきて、いったいだれなのか。
しみるように重たい瞼の裏側に、こちらを見上げる微笑みが浮かぶ。
深く明るい海を覗き込んだような、美しく碧い双眸。
ここに来るまでにみた彼の素肌は、やはりきれいだった。どうみても労働階級の皮膚ではない。
ふれた手のひらはまるで生まれたてのように柔らかく、皮膚がうすかった。
労働も戦闘もしらない手だ。
この国でそんなことが許されるのは、聖職者くらいのものだろう。
とすれば、彼はやはりどこかの国からやってきたのだ。
では、どうやって。
一番可能性が高いのは昨日の難破船だ。
商船に見えた。積み荷はまだ改めていない。
もしかすると、商品、だったのではないだろうか。
労働をさせる訳でも戦わせるわけでもない、ただ美しいことを求められる『商品』。
そう思えば、合点がいく。
喜ばしくはないけれど、ここにもそういう売買は存在している。
貧困があるかぎり、完全に絶つことは出来ない。
このあたりではもっぱら若い娘と少年少女が対象であることが多いとパーシヴァルは認識しているけれど、国が違えば需要もかわるのだろう。
唾棄すべき需要だが、それでも存在しているのだから、理解するよりない。
あの船に乗っていて、難破したことで逃れられたのかも知れない。
その可能性があるのなら、やはり他の救助者がいる教会へ連れて行かなくて良かった。
起きたら、名前を聞いて、食事を一緒に……
とろん、と眠りの帳が落ちる。
パーシヴァルは海の音を聞きながら、夢への船をこぎ出した。