マエバ・セイボスキー
2025-03-05 00:16:28
30655文字
Public パーバソ
 

海に似ている

人魚姫パロです。
なんのひねりもなく、ストレートに人魚姫パロのパーバソです。
領主のパと人魚のバソ。海の魔女役をテ神にしてますが、カップリングはパーバソだけです。
※ただし、デイテス生産工場で作られています
※喫煙表現があります
※盲目のパの描写があります
※設定は完全にいつかのどこかの、なので深く考えないでください

加筆修正して素敵な表紙をつけて本にしました。よろしければ。
https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031242019



目がさめたのは、とっくに太陽が中点を過ぎたあとだった。
パーシヴァルは空腹を抱え、部屋を出た。
城の中が俄に騒がしい。なんとなく空気が浮ついている。
何かあったのかと思いながら、ひとまず調理場へと降りていった。
夕食用の仕込みを止めようとするのを制して、自分の手でパンとハムを適当にカットする。
領主にそれだけではと、流石に気を遣った料理長の夫人が手早くスープを作ってくれた。
邪魔にならない場所に椅子を寄せ、背を丸めてパンをかじる。
その姿を見た調理場の者達は、口々にまるで領主じゃないみたいだと笑う。
パーシヴァルはこの空気が好きだった。
立場は理解している。責任や義務、権力も。
けれど、不必要に特別視されるべきではないとも思っている。過剰な格差は軋轢を呼ぶ。
お互い人間であることを前提に、尊重と敬意を持って接するべきだ。
パーシヴァルには、こんなに美味しいスープをつくることなど出来ないのだから。
「ところで、何かあったのかな?」
空になった食器を手渡し、そういえばと城の異変について尋ねる。
お喋り好きの夫人は、ぱちんと手を叩いてからぺらぺらと話し出した。
原因は、彼だった。
パーシヴァルが連れてきた青年。
忘れていたわけではない。どうしようかなと考えていたけれど、きっと疲れて眠っているだろうと、食欲を先にしたのだ。
帰城してすぐ、彼には食事を出すように言ってあった。
あの彼が、俄に皆を浮き足立たせているらしい。
聞いたところによると、あのあとも喋ることはなかったようだ。
けれど、夫人はうっとりしながらあのエメラルドの瞳といったら、と頬を染めた。
夫人だけでなく、芋の皮むきをしていた見習いの若者までも、とろんと瞳を潤ませている。
料理長でさえ、いい食いっぷりだったと満更でもない顔だ。
どうやら随分と気に入られたらしい。
腹もくちた。あっという間に皆の心を射止めた青年と、話をしなくてはならない。
彼は一体、どこからきて、誰なのか、何をしにきたのか、聞きたいことは山ほどある。
パーシヴァルの脳裏で、海色の瞳がちかりと朝日を反射する。
たしかに、うっとりするほどに美しかった。
夫人は、意味深に笑うと領主の肩をばしんと強く叩くのだった。

窓のない廊下は、昼間でも薄暗い。
照明をつけっぱなしにするほど、贅沢はしていないからだ。
寒々しい石の廊下を通り、奥の客間へと向かう。
どの部屋に案内するかは指示していなかったけれど、きっと使用人室を宛がうようなことはしないと信じてのことだ。
この先には、急な来客にも対応できるように、小さな客間が整えてある。
狭く少し不便な場所にあるので、賓客には使わない。
あの状況でこの部屋への案内なら問題はない。充分期待どおりだ。
けれど、あとで場所をかえさせようと思いながら、パーシヴァルは足音を響かせた。
ノックを二つ。
返事はない。
当然だ、彼は声がでないのだから。
「失礼、入るがよろしいか」
少し強めにノックをし、隙間ほどの幅でドアを開ける。
やはり答えはない。拒否であれば何かアクションがあるだろうと考え、そのまま大きくドアを押した。
「ミスター……?」
名前を呼ぼうとして、知らないことを思い出す。
部屋は廊下よりもさらに暗い。
カーテンは閉めきられ、しんとして水底のように冷えている。
城の中でも北に位置しているせいだ。パーシヴァルはやはり碧の間に案内するよう伝えておけばよかったと後悔した。
碧の間は南にあって、青い天井の美しい客間だ。
「失礼する」
反応はなかったけれど、かまわず足を踏み入れる。できるならすぐにでも暖かな部屋に移動させたい。
この部屋ではまるで彼を歓迎していないかのようだ。
暗い中をそっと進む。ベッドがまるく盛り上がっている
彼は、両膝を抱えるようにしてベッドの上に丸まっていた。
毛布は被るのではなくくしゃくしゃにして、そこに埋まるように眠っている。
あどけない寝顔は、伏せた睫までがよくできた彫刻のようだ。けれど、このままでは風邪をひく。
ただでさえびしょぬれで海岸を歩いていたのだ。真冬ではないものの、海水浴を楽しむには早すぎる。
起こそうと伸ばした手は、空中で動きを止めた。
ふわふわとした睫が小鳥のように震える。
……?」
彼は、ぼわりと輪郭のとろけた瞳を覗かせた。不思議そうにパーシヴァルを見上げ、ぱちりぱちりと瞬きを数度。
「やあおはよう」
……
彼はぼんやりと、無遠慮に覗き込む男を見上げてから、ハッとしたように起き上がった。
「体調は?」
起き抜けの小さな顔は、ぐるりと周囲を見回し、その後何故か自分の脚をじいっと見つめている。
「どうかしたかい? 脚を痛めた?」
彼は、ゆっくりと首を振った。
「起きられるようならお茶でもどうだろうか、君のことを聞かせて欲しい」
青年はもう一度ぱちぱちと瞬いてから、花が咲くように笑った。

浜辺に面したテラスに、お茶の支度を並べた。
パラソルを出し、北部で生産している紅茶を同じエリアで作っている茶器で淹れる。街で一番と評判の菓子店のタルトも切り分けた。
城の菓子職人のつくる菓子も美味しいのだが、パーシヴァルは領民が作るものも同じくらいに食べている。
さて、彼からまず何を聞くべきか。美しい琥珀色にうつる自分の顔を眺めながら考えていると、控えめにノックの音が聞こえた。
顔を上げると、テラスの入り口に彼が立っている。
「ああ、きたね。どうぞかけて」
すぐ横に控えていた使用人が椅子を引く。
青年は、小さくうなずいて言われるままに腰を下ろした。
彼は、こちらで勝手に用意した服を身につけていた。
簡素なシャツとズボンだが、寸法を測って誂えたものではないので些かオーバーサイズになっている。
ゆったりと開いた襟ぐりからのぞく滑らかな肌には、細いチェーンが下げられていた。
彼が最初から持っていた、あの豪華なクロスだ。
青年が、美しい指先でティーカップを摘まむのを待ってからパーシヴァルは口を開いた。
「改めて、私はパーシヴァル・ド・ゲール、この城の主だ。貴殿の名前をお聞かせ願えるかな」
……
青年が、何度か口を動かしてから、困ったように首を傾げる。
パーシヴァルが手を上げると、心得たメイドはさっと紙とペンを用意した。
「書けるかい?」
青年は、紙とペンを不思議そうに見比べてから、恐る恐るといった風にペンを手にした。
……
そのまま動かないものだから、ペン先からぽたりとインクが滴る。じわ、と紙に染みたのを見て、青年の瞳が輝いた。
もしかすると、失敗してしまったかもしれない。読み書きが出来ないのではないか。
パーシヴァルの領土では、それなりに識字率は高い。
それはひとえにパーシヴァルの一族が教育を是としてきたからであり、ひろくみると読み書きの出来ない者などごまんと居る。
そしてその多くが、それを引け目に感じるであろうことも理解していた。
自分の至らなさで彼に恥をかかせてしまったのでは、とひやりとする。
「ああ、もし……
けれど彼は、パーシヴァルが他の方法を提案する前に、ペン先を紙に滑らせた。
指先を見つめる顔が機嫌良さそうに笑っている。
そのまま、美しく整った指先は繊細なペンを踊るように閃かせ文字を綴った。
……
の、だが、パーシヴァルの前にずい、と差し出された紙に書かれていたのは恐らく文字。
読み取りは不可能だった。アルファベットではない。何か、別の言語だ。
「無知でお恥ずかしい……どうやら貴殿と私の扱う言語は違ったようだ」
言葉は通じている。
文字だけが違うということもあるのか、彼がパーシヴァルの言葉の聞き取りだけが出来るのかはわからない。
読めないと伝えると、彼は眉を下げた。
「困ったな、君はこれが読めますか?」
パーシヴァルは試しに自分の名前を書いて見せた。けれど、彼は眉をハの字にしたまま小さく首をふる。
「私の言葉はわかる? それは自然に?」
頷く。やはり、会話は問題ないらしい。彼の顔と書かれた文字を見比べる。
パーシヴァルは複数の言語を読み書きすることができるけれど、この文字を見たことはなかった。
「貴方を呼ぶことができないのは、些か不便だな」
ふむ、と顎に手を当てて考える。彼は何故か、それを楽しそうに見つめていた。
「さてどうしよう」
青年は、両手でそっとカップを持ってお茶をちびちびと啜っている。
熱いものが苦手なのかもしれない。薄い唇が白いカップに触れ、たわむ。
パーシヴァルはなんとなく良くない気がして、そっと視線を逸らした。
「うーん……パトリック?」
青年は、首を振る。
「エンツォ、ディエゴ、マテオ、サルヴォ……
彼は、途中から半分笑いながら首を振っている。
パーシヴァルも面白くなってきて、つられるように笑いながら次々と名前を羅列した。
今では殆ど付けられることのないような古い名前をあげると、彼は、声もないまま、からからと笑った。
その顔が見たくて、わざと曾祖父の名前をだしたりする。彼は、ずっと肩を震わせていた。
結局、お茶のおかわりをしても答えにはたどり着けず、パーシヴァルはギブアップするしかなかった。
「もう出てこないよ。本当に正解はなかった?」
海色の瞳をした彼は、くすくすと笑って首を振る。
「そう、困ったね、君の名前をしりたいな」
彼はうーんと視線を彷徨わせてから、ぱっと花が咲くように笑った。首を振り指先でとんとん、とこめかみを叩く。
「それはなにかな、当ててってことかい?」
こくりと頷く。
「わかった、じゃあ君にここの文字を教えても? 君が覚えて、名前を書けるようになるのと、私が名前を当てるのとどちらが早いか」
彼は本当に花が咲くように笑う。
頷く姿を見ながら、パーシヴァルは昔自分が使っていたアルファベットの絵本は、図書室のどのあたりにあっただろうかと考えるのだった。

その後、彼に新しい部屋をあてがい、難破船の事後処理をとデスクにむかった辺りで、はっと己の行いに気付いた。
これでは、彼に長逗留を勧めているようではないだろうか。
事実、勧めているのかもしれない。
いったい、自分はどういったつもりであんな風に彼に接したのか。
……
彼はただの迷子だ。
否、迷子かどうかもわからない。なにも。
困っていたようだったから、手を差し伸べただけで。きっとそれが彼以外であってもそうした。
本当に?
幼ければ孤児院へ連れて行っただろう、大人であれば教会へ。
けれども今は教会へは連れて行かない方が良い理由があるから、ここにおいている。ただ、それだけだ。
彼以外であっても、同じ事をする。
けれど、あの名前を巡る戯れるようなやりとりは。
……
パーシヴァルは首を振った。考えてもしようが無い。
仕事に集中しよう。そして今夜は彼と食事をして、そのあと少し文字を教えてやれば良い。
名前と素性がわかったら、元いた場所へ案内する。それで終わりだ。それが正しい。
食事と言えば彼は、肉と魚どちらが好きだろう。希望を聞いて料理長へ相談を──
……
首を振る。重症だ。
一体なにが、と己の感情に何度目かのため息をつき、今度こそ目の前の書類に意識を集中させた。

夕食を終え、パーシヴァルは図書室に明かりをつけた。
彼をソファに座らせて、その膝に大きな本を置く。
可愛らしい絵の描かれたその四角い本は、パーシヴァルが幼い頃文字を学んだアルファベット絵本だ。
本を膝にきょとんとする彼の横に座って、分厚い表紙を開く。
「アンドレア」
昼間の続きと気づき、彼は肩を竦めて笑い首を振る。
「これも違うのか、仕方が無い。では君にここの文字を覚えて貰うより無いようだ」
一ページ目には美しく装飾された『A』の文字と、いくつかのAがつくものの絵が描かれている。
Apple、Air、Animal、Alone……。彼は興味深げに本を覗き込んでいた。
「けれど、それまでに呼び名がないのは不便だな……
ふと、視界の隅に一冊の本が目に留まる。
「それじゃあ、サラザール、というのは」
仮の呼び名だ。目についた著者名を提案する。
正しい彼の名前がわかるまで、そう呼んでも良いかと尋ねると、青年は少し考える風な顔をしてから、こくっと頷いた。
その夜から、迷子の青年の名前は「サラザール」になり、ふたりの密やかな夜の時間がはじまったのだった。
生憎とパーシヴァルは暇ではない。
女主人がいないものだから、領主としての仕事と併せて城のあれこれも管理しなくてはならなかった。
それに鍛錬も怠ることは出来ないし、街の様子も確認しなくてはいけなかった。
慌ただしく過ごすパーシヴァルの後を、サラザールはついてあるいた。
けれど出しゃばったり、不審な動きをするわけではない。
ただパーシヴァルの邪魔にならない距離感で、興味深そうにその様子を眺めている。
ほんの時々、その多くは力仕事を要するときに、手を貸してくれることもあった。
どうにも世間知らずのようで、知らないことが多い様子だったけれど、それもすぐに慣れたようだった。
夜には、ふたりで図書室に籠もって静かに過ごす。
広い図書室に響くのはパーシヴァルの声だけだったが、パーシヴァルにはまるでサラザールの声がきこえるようだった。
彼の唇から漏れる吐息には、笑い声が混じって聞こえた。
深い海の色をした瞳は雄弁で、きらきらと輝いていた。
「もうだいぶ覚えたね」
彼の拙い羽ペンが、たどたどしくPを書く。
青い瞳が煌めいて、とんとんとパーシヴァルの胸元を叩いた。
「ああ、そう、よくわかったね、それは私の名前と同じPだ」
サラザールはにっこりと嬉しそうに笑い、何度もPを書き記す。
拙い文字。美しいとは言いがたい。けれど、彼はさも喜ばしいとでもいうように、その文字を書く。
伏せた睫が歓びに瞬き、頬はほっとバラ色に染まる。
「サラザール」
……?」
「君の名前が知りたいな」
心からそう思った。サラザールは仮の名前だ。きっと彼の本当の名前は、この美しいひとに相応しい綺麗な名前に違いない。
サラザールは困ったように眉を下げた。
「すみません、困らせるつもりはないんだ、ただ知りたいと」
彼が来てから一週間ほどたっていた。
あっという間だったような、すごく長い時間を彼と過ごしたような不思議な気持ちだった。
サラザールは、とんとんと紙を叩いた。
「?」
そこにあったPに曲線を付け足す。
「B?」
こくこくと頷く。そして、BのあとにAを書き、ちらりと此方を見上げる。
「A……バ?」
「!」
もう一度頷く。
「君の名前?」
そして、そこでペンは止まった。
……わかった、少し待っていて」
たしか、人名辞典もあったはずだ。図書室の膨大な書籍は、きちんと分類でわけられている。
パーシヴァルは、梯子を随分と高い所まで登って、その一冊を見つけた。
「さあ、あったよ」
Bのページを開く。Bの次がAで有れば最初のほうにきっと正解があるはずだ。
Baldwin、Barnaby、Barnard……
「バリー、バーソロミュー」
ぱっと彼が顔を上げる。ペンが転がり、チョコレートを思わせる彼の指がパーシヴァルの手を覆った。
「バーソロミュー?」
サラザールは、頬を赤くして大きく頷いた。
「ああ、君の名前」
その手を取る。
サラザールの……バーソロミューの手は、パーシヴァルの手の中でふわりと熱を持った。
「バーソロミュー」
海の碧が、パーシヴァルを見つめる。
その視線には温かさがあった。とろりと溶け出す飴玉のような。
薄い唇が開く。音はない。けれど、その濡れたように滑らかな薄い皮膚は、確かにパーシヴァルの名前をかたどった。
「素敵な、名前だ」
彼は微笑む。照れくさそうに、嬉しそうに。
視線が色を持つとしたら、今はきっと、柔らかな桃色をしている。
パーシヴァルは彼の手を握りしめ、じっとその瞳を見つめた。
彼の碧のなかに、とろけるような顔をした男が映り込んでいる。
「バーソロミュー」
膝が触れる。
彼の脚の上から、手本にしていた本が滑り落ちる。
バーソロミューのクセのある髪が額を擽った。
ゆっくりと長い睫が降りていく。
そのとき、ドアをノックする音が響いた。
ハッとして顔を上げる。
続いて、城の主を呼ぶ声。
パーシヴァルは慌てて立ち上がり、ドアに向かった。
いったい、何をしようとしていたのか。
明日の予定の確認をする声が、耳から入って抜けていく。
……
ドアを閉め、ソファに戻ると彼はじっとこちらを見上げていた。
「もう、遅い。明日は、少し早くでるから、そろそろ休もうか」
何もなかった顔をする。
バーソロミューは、頷き立ち上がった。
その表情にどんな感情が含まれていたのか、結局知ることは出来なかった。
そのまま二人は互いの部屋にもどったけれど、パーシヴァルは普段より多くナイトキャップを飲まないといられなくなっていた。
甘いクレームドカカオを舐めるように飲み、窓を開ける。
だいぶ柔らかくなってきた海風が吹き込んで、前髪を掻きまぜていく。潮騒がざあんと部屋に波を寄せる。
……
そう言えば、一時期よく流れてきていたあの歌を最近はきいていない。
結局だれの歌だったのだろうかと思いながら、パーシヴァルはベッドに潜り混んだ。