マエバ・セイボスキー
2025-03-05 00:16:28
30655文字
Public パーバソ
 

海に似ている

人魚姫パロです。
なんのひねりもなく、ストレートに人魚姫パロのパーバソです。
領主のパと人魚のバソ。海の魔女役をテ神にしてますが、カップリングはパーバソだけです。
※ただし、デイテス生産工場で作られています
※喫煙表現があります
※盲目のパの描写があります
※設定は完全にいつかのどこかの、なので深く考えないでください

加筆修正して素敵な表紙をつけて本にしました。よろしければ。
https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031242019

黒く濡れた石畳は、ぬるりと街灯の明かりを反射している。
この街は雨が多い。
男は暗く湿った夜の道を歩いていた。
空気は冷え、高慢そうなつんとした鼻が、猫のそれのようにつめたい。
煙草屋も薬局も電気を消し、鉄格子のシャッターを下ろしている。
暗いパン屋のウィンドウに、チカチカと光る小さなツリーが立っていた。
クリスマスまで三ヶ月もある。随分と気が早い。
くわえていた煙草を地面に押しつけて消し、携帯灰皿に入れる。
倫理や道徳、己の信ずる正には従うものの、不要であれば法を破ることに戸惑いはない質だった。
ぱたぱたと服を叩き、道路を横断する。
目的地はその先にある、小さなパブだ。
この田舎街にある唯一の酒場。
黒光りした木製の看板、ペンキのはげかけた赤いドア、木枠に嵌まった窓ガラスは波打って曇り、店内の様子はよく見えない。
クローズの札は出ていないから、営業はしているだろう。
ドアを押すと、ふわっと暖かな空気が吹き出した。
がらん、と鈍いベルの音と共に、耳に入ってきたのはピアノの音色。
店は広くない。奥にピアノが置いてあるのはすぐに見えた。

閉店間際だったのか、店内は男が一人寂しげに飲んでいるだけだ。
カウンターに向かい、まだ大丈夫か尋ねるとずんぐりとした店主らしき男が機嫌良さそうに頷く。
赤い頬に、白い髭の一足早いサンタクロースのような見た目の男だ。
ラム酒をロックで頼み、二人がけの小さな丸テーブルに腰掛けた。
四角い氷に注がれた酒は、上等とはいえない。けれど、不味くはない。
自分には丁度良い。
グラスの中の氷を指先で遊ばせ、演奏に耳を傾ける。
奏者は、男だ。
白い、大きな背中。
随分と上背がある。
演奏中に、その背中は殆ど動かない。長い腕が鍵盤を覆うように動くだけだ。
ピアノの横には、白い杖が立てかけてあった。
彼の奏でるメロディーを知っている。
どこで聞いたのだったか。
耳の奥に蘇るのは、人工的な音ではない。なら、どこかで演奏をきいたのだろうか。
クラシックではない、何か、歌詞がついていたような。
ふと、気付く。
その歌詞を、自分は知っている。
グラスを手に、腰を上げる。
長い指が鍵盤の上を踊る。
その旋律が頭の中にある詩と一つに重なったとき、思わず唇から零れていた。
曲が止まる。
男の腕が、ぴたりと動きをとめた。
「懐かしいな」
懐かしい。
懐かしい曲だ、自分は、この曲を、この歌を知っている。
男の指がぽーんと一つ、鍵盤を叩いた。
「古い、とても古い曲です」
男は、ゆっくりと振り返った。
澄んだ青空の色をした目が、迷子のように、彷徨っていた。