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Hizuki
2025-02-08 09:53:52
25240文字
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とうらぶ
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きみのために俺ができること
【とうらぶ】鶴さに。商店街の外れの桜の木の下で出会った訳ありの鶴丸を連れ帰った主の話。色違い要素、捏造設定あり。2022年6月発行のネットプリント本の再録。叶うなら、知らないままでいてほしかった。
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七
私の本丸には鶴丸国永がいた。
けれど、彼は私の力で顕現させた刀剣男士ではない。商店街の外れの桜の木の下で出会った、どこかの本丸の、何か訳ありの鶴丸国永。彼がその理由をこちらに明かすことはなく、私もまた尋ねることはしなかった。
そして、演練場に黒い刀剣男士が現れたあの日。私達を逃がすために刃を抜いた彼の『真実の姿』を見た。黒く染まった姿を。それが最後に見た彼の姿で、その後の消息は分からない。元の本丸に戻ったのか、私と会った時のように迎えてくれる主を探しているのか、あるいは。
彼がいなくなっても季節は巡る。木々の葉が赤く色付いたかと思えば、真白の雪が景色を白く染めた。雪化粧が解け、少しずつ暖かくなってくると、また桜の時期がやってくる。
――
彼と、会った季節が。また同じ場所で会えるんじゃないかと淡い期待を込めて向かってみるも、あったはずの桜の木は姿を消してしまっていた。誰もいないはずなのに誰かの声が聞こえるという噂が広まり、気味悪がられた結果切り倒されたのだという。政府にあの日の黒い刀剣男士の件について問い合わせてもみたけれど、公開できる情報はないと突っぱねられてしまった。逆に問われたこともある。もう手がかりは何もない。さすがにそろそろ諦めた方がいいのかもしれない。そんなことを考えながらふらりと本丸の庭を歩く。ここにある桜の木もちょうど満開だった。商店街の外れにあったものほどではないけれど、立派な桜の木はここにもある。その幹に額を寄せて、小さく彼の名を呟いた。すると。
「
……
なあ、きみ」
声が、聞こえた。聞き覚えのある声が。
「俺をきみの本丸で使ってくれないか?」
「えっ
……
?」
前にも、同じ言葉を聞いた。全く同じ言葉を。
「まさか
……
」
この声の主を、私は知っている。私だけじゃない。本丸のみんなも。木の上から物音がして、はらりと花びらが舞った。どこからともなく強い風が吹き抜け、思わず目を伏せる。しばらくして、顔の側で揺れる髪が肌に触れる感覚が消えた。恐る恐る目を開けると。
「よっ」
見慣れない灰色の羽織に袖を通した、よく知った薄金色の瞳がこちらを見つめていた。
「つる、まる
……
?」
その瞳の色を持つ存在は彼しか知らない。けれど羽織の色は知っているものとは違う。確かめるように呼んだ名前に、彼はほっとしたような笑みを浮かべる。
「
……
俺のこと、覚えていてくれたんだな」
「どうして、ここに
……
」
鶴丸を最後に見た日の記憶が蘇る。敵の相手を引き受けて、私と山姥切を逃がしてくれた日のこと。黒く染まった彼の姿。彼は何も語らなかった。理由を聞いているような余裕も時間もなかった。一つだけ確かなのは、私達を助けてくれた、ということだけ。
「まぁ
……
話せば長くなるんだが
……
」
気まずそうに鶴丸は自分の頬を指で掻く。けれど、今ここにいるということは、きっと。
「
……
じゃあ、お茶にしよっか。全部話してくれるんでしょ?」
驚いたのは本当だけれど、一周回って逆に頭の中は落ち着き始めていた。鶴丸にまた会えたことが何より嬉しい。立ち話で済むような内容じゃないことは最初から分かっている。なら、じっくりと腰を据えて話を聞かせてもらう方がいい。
「
……
ああ。もちろんだ」
この場所からなら客間よりも私の部屋の方が近かった。先に鶴丸を部屋に案内してから、お茶の準備をするためにここから一番近い台所に向かう。お茶の用意ができるくらいの広さしかない小さな台所。長くなると言っていたし、何かお菓子も一緒に持っていこうと棚の中身とにらめっこしていると後ろから声がした。
「誰か来ているのか?」
近侍の山姥切の声だった。あの商店街での騒動からしばらくして、山姥切は『修行に出たい』と私に告げた。『強くなって、あんたを守れるようになりたい』と。そして修行の旅から帰ってきた彼は、抱えていた迷いを捨てたように纏っていた布を脱ぎ去った。
「うん、ちょっとね。山姥切も一緒に来る?」
不思議そうに首を傾げる山姥切を見ながら、棚から最中とお煎餅を三つずつ取る。それからお茶を三つの湯呑みに注いでからお盆に載せて、台所を後にした。両手が塞がっている私に代わって、山姥切が部屋の障子戸を開ける。
「なっ⁉」
部屋の中にいた来客の正体に、山姥切からひどく驚いた声が発せられた。それに気付いた灰色の後ろ姿がこちらを振り返る。
「お、戻ったか
……
って、山姥切じゃないか。久し振りだな」
「な、何であんたがここにいるんだ⁉」
「それを全部話してくれるんだよ」
立ち尽くす山姥切の横をすり抜けて部屋に入ると、卓の上に持ってきたお盆を置いた。信じられないというように目を瞬かせながら、山姥切は鶴丸の右側に少し距離を置いて腰を下ろす。まぁそうなるよね、と思いながら、部屋の前に『非常時以外入室不可』の札をかけてから戸を閉める。それぞれの前に湯飲みとお菓子を並べ、卓を挟んだ二振りの反対側に座った。
「さて、何から話したもんかな
……
」
そう言って鶴丸は湯飲みに口を付ける。
「話せるところから話してくれればいいよ」
卓の上に戻された湯飲みがコトリ、と小さく音を立てた。さっきは木の影でそう見えていたのかとも思っていたけれど、やはりそういうわけではないようで。室内の明かりの下にいる彼の羽織は白ではなく、灰色だった。
「きみも見てしまったから知っているだろうが、俺も所謂『黒い刀剣男士』だ」
「どうして
……
そうなったの?」
「元々いた本丸で事件を起こしたんだ。山姥切には少しだけ話したんだが
……
俺の手で主を傷付けてしまった」
いきなり出た山姥切の名前。彼の方に目を向けると、それは本当のようで小さく頷いた。そして、鶴丸は苦々しそうに事の続きを語り始めた。
「本丸を襲撃した敵に混じって『黒い刀剣男士』がいたらしい。そいつの攻撃を受けた時に邪気をもらっちまったって訳だ。その邪気とやらに乗っ取られたようで、一瞬意識を失ったかと思うと主に斬りかかっていたというのが、同じ場に居合わせた奴の証言だ」
いつかの満月の日に、彼から問いかけられたことを思い出した。
――
もし、俺が噂の『黒い刀剣男士』だったら、どうする?
――
……
きみを手にかける可能性があってもか
「で、邪気に侵された結果があの黒色。乗っ取りも完全ではなかったらしく、仲間達の声で俺は正気を取り戻した。その結果、俺は白ではなく灰色になってしまった」
――
色々あって行動時間が逆転しているもんでな
あの時の私は、夕方に起きてきた鶴丸にその理由を問わなかった。単純に疲れていて眠っていたのだと思っていたから。でもそれは『白』ではなくなった自身の色を隠すためだったのだと今になって理解した。辺りも暗い夜なら、灰色でも誰も気に留めない。
「襲撃を受けた時点で緊急通報が飛んでいたから、救援と状況確認に政府の役人が来た。確か俺が正気に戻ってすぐくらいだったか。血の付いた刀を手に立ち尽くす俺と傷を負った主を見た奴らには俺がやったように見えたんだろうな。まぁ、事実その通りではあるんだが」
状況を把握しないまま見たとすれば、刀剣男士の反乱にも見えたのだと思う。真実を知っているのは当人達だけ。政府からしてみればそんな危険因子をそのままにしてはおけないはずで。
「見られた状況からして、俺が政府にどういう扱いを受けることになるのか見当は付いていた。だが、主は俺を取り押さえようとする政府の奴から逃がしてくれたんだ」
自分の本丸の刀剣男士が本心でそんなことをするはずがない。きっと何か理由がある。そう分かっていたからこそ、鶴丸の主さんはその場から彼を逃がした、というのは私にも分かる。私も同じ審神者だから。
「その、鶴丸の主さんは
……
?」
「傷もあったし、政府に保護されたんだと思う。あちらさんからすれば、主はこの件の重要参考人だ。事の詳細を知りたいだろうし、そのためには俺を追うことよりも、まず主の安全を確保する必要があっただろう」
鶴丸の言うことはもっともだった。当事者がいれば、話は後からでも聞ける。
「結果として本丸に戻れなくなった俺は、黒い刀剣男士を探しながら色んな場所を渡り歩いてたって訳だ。直接見えることがあれば倒すためにな。ついでに俺みたいな奴を増やさないために、っていう面もあるんだが」
鶴丸が単独でいた理由も、目的も分かった。けれど今後は別の疑問が浮かんでくる。
「鶴丸が黒い刀剣男士だって知られてたのに、刀解はされなかったの?」
「きっと主が拒否していたのさ。契約は破棄されていなかったし、俺の顕現が維持されていたのが何よりの証拠だな」
そこで鶴丸は言葉を切った。小さく息を吐いて、静かにその続きを告げる。
「
……
だが、主も死んじまった」
「えっ
……
?」
彼はさらりとそう口にした。何も言えなくなって、思わず山姥切の方を見る。まるで知っていたとでも言うように、山姥切は落ち着いていた。
「ちょうどきみのところにいた頃だ。俺があの姿をきみに見せた少し前にな」
思い当たることが一つだけあった。鶴丸を誘って、山姥切と一緒に買い物に出た日。ちょっと前から何となく元気がない気がして、気晴らしになればと思って声をかけた。少し時間がかかると思うから外で待ってて、と伝えてから私はお店に入った。手続きを済ませて外に出てくると、近くの建物の影で山姥切が鶴丸の肩を掴んでいて。あの時にその話をしていたのなら、山姥切の様子にも納得がいく。でも。
「なら、どうしてあんたは顕現したままなんだ」
私の考えを読んだかのように、山姥切が鶴丸に問う。審神者の死は刀剣男士との間に結ばれる契約の破棄と同義。それなのに彼は今ここにいる。不思議に思っていると、鶴丸は私をじっと見つめた。
「
……
きみのおかげさ」
「私の
……
?」
私のおかげ。そう言うものだから余計に私の頭は混乱する。何かしたような覚えは全くない。
「俺がここに来た時、きみは自身の契約の珠を俺にくれたな。あれのおかげで俺は今ここにいる」
「どういうこと
……
?」
「今の俺の主はきみ、ってことだ」
「えっ⁉」
訳が分からずに聞き返せば、鶴丸から帰ってきた答えは驚くようなもので。だって私は何もしていない。あの珠だって政府の目をごまかすために渡しただけ。そもそも他の本丸の審神者との二重契約は結べないはずなのに。どういうことなのか考えていると、山姥切がはっとしたように顔を上げる。
「
……
まさか前の主との契約が切れたままあんたがあそこで戦ったことで、主が渡していた珠で契約が結ばれたとでも言うのか?」
「ご名答!」
そう言って鶴丸は自分の懐から珠を取り出した。それには間違いなく私の紋と鶴丸の紋が浮かび上がっている。
「どうにか奴を倒すには倒せたが、流石に動けなくてな。騒ぎを聞きつけた政府の奴も来るだろうし、まぁ俺もここまでかと思っていたんだ。だが、見つけられた俺が捕らえられることはなかった。政府として追っていたのは『保護していた審神者の本丸の鶴丸国永』であって、『きみと契約している鶴丸国永』は対象ではなかったらしい」
「
……
物は言いようだな」
「とはいえ、俺はこの状態だろ? それはそれは色々と聞かれてなぁ
……
。解放されたのは昨日の夜の話だ」
やれやれ、というように首を振って、深い溜め息を吐く。つまり、私が珠を渡していたから鶴丸は今ここにいるということ。
「それで、ここに?」
「ああ。皆の目を掻い潜ってあそこできみを待つのは本当に大変だった
……
。誰かに気付かれるんじゃないかってヒヤヒヤしたものさ」
ははっと笑いながら鶴丸は言う。政府から何も知らせが来なかったのは、私を驚かせるために彼自身が止めていたからなのだろう。きっと『鶴丸国永』であったがために、すんなりと受け取られた。
「だから改めてきみに頼みたい。きみの本丸で俺を使ってくれないか
……
ってどうしたんだ急に」
あの鶴丸にはもう二度と会えないのだと思っていた。突然現れた、何か訳ありの鶴丸国永。ちゃんとしたお別れもできないまま、彼は私達の前から姿を消した。どれだけ探しても見つからなくて、諦めようとしていたところにこうして現れて。気付けば目から涙があふれていた。
「
……
あんた、どれだけ主に心配をかけたと思ってる」
静寂を破ったのは山姥切の声。低い、静かな声だった。
「目撃者を探したり、政府に呼び出されたり、主はどこの奴ともしれないあんたのために時間を割いてきた
……
。なのにこんな何事もなかったみたいに戻ってきて!」
「山姥切、いいんだよ。これは嬉しい方の涙だから」
「主がよくても俺がよくない!」
山姥切が卓を叩いた拍子に湯飲みの中身が揺れる。近侍だというのもあるけれど、鶴丸を探す時にいつも一緒に来てくれていたのは山姥切だった。早々に手合わせをしたと聞いた時は本当に驚いた。警戒心の薄い私の代わりに山姥切が気を張ってくれていたのだと分かっている。同じ場所で同じ時間を過ごすうちに、口にはしないだけできっと彼も信用してくれていた。特に戦闘面においては。そしてあの姿を見せて、消息を絶った。主を亡くしたと聞いていたこともあって、山姥切なりに気にしていたのだろう。
「きみにも、山姥切にも本当に迷惑をかけたな
……
すまん」
姿勢を正した鶴丸が私達に向かって深く頭を下げる。
「勝手な話だとは重々承知している。とはいえ、今の俺の主はきみだ。不要であれば刀解するなり、契約を破棄するなり、好きにしてくれて構わない」
彼をどうするのかは私の意思に委ねられた。
「
……
だが叶うのなら、どうか俺をきみの元に置いてほしい」
身体を起こした鶴丸がふっと笑みを浮かべる。願うように、請うように、彼の心の内を添えて。
「
……
私、ちょっと
……
ううん、すごく悲しかったんだ」
ぽろりと口からこぼれたのは、あの日の気持ちだった。黒く染まった鶴丸の後ろ姿を見ながら、山姥切に担がれて騒ぎの場所を離れたあの日。
「何についてだい?」
「いなくなったこともそうだけど
……
鶴丸のこと、何も知らなかったんだって。鶴丸自身のことも、黒い刀剣男士のことも
……
主さんのことも」
聞かせてもらった話もあった。でもそれは鶴丸が秘めていた心の一番外側で、私は何も知らないのとほとんど変わらなかった。
「正直自分の本丸のことで手いっぱいだったっていうのもあるけど。知ってたら鶴丸の力になれたかもしれないのに、って思った。だけど、それって私達を巻き込まないようにするためだったんだよね」
自分の本丸を持ってからまだ間もない頃だったけれど、訳ありそうな鶴丸をそのままにはできなくて本丸に連れ帰った。私の状況を察したから言わなかったという部分もあるかもしれない。聞くにしても、どこまで踏み込んでいいのか図りかねていたところもあった。全てを知った今なら、隠していたのは納得できることで。
「
……
まぁ、そうだな。どこかの本丸にいさせてもらえれば政府からの情報も入ってくる。何かしらの手がかりが得られたらすぐに出ていくつもりではいたんだ。ただ
……
」
そこで鶴丸は言葉を一度切った。続きを促すように彼に目を向けると、眉を下げて照れたような笑みを見せる。
「この本丸は
……
きみの側は居心地が良くてな。つい長居をしてしまった」
居心地がいい、なんて初めて言われた。きっとそれは鶴丸が他の本丸にいたからこそ出てきた言葉。鶴丸の不意打ちに心臓が大きく音を立てる。落ち着かせるように深く息を吸い込んで吐く。
「
……
でも、これからはずっといてくれるんでしょ?」
「きみが許してくれるのなら」
許可、なんていう堅苦しい言葉はいらない。立ち上がって鶴丸の隣に膝をつく。戻ってきた彼にかける言葉はこれだけでいい。
「
……
おかえり、鶴丸!」
腕を伸ばして鶴丸に抱き付いた。今も私の本丸に『彼』はいない。何の偶然なのか、『鶴丸国永』がここに姿を見せることはなかった。まるで、いつか彼が帰ってくる時のために空けられていたかのように。
「
……
ああ、ただいま」
鶴丸の左腕が私の方に伸ばされる。その手のひらが顔の輪郭に沿って髪を優しく撫でた。ここに鶴丸はいる。確かめるように力を込めれば、彼もまた私に触れてくれて。
「
……
主が許したとしても、俺は許さないからな」
鶴丸の存在を実感していると、横から不機嫌そうな山姥切の声が聞こえてきた。少し身体を離して声の主を見る。そういえば初対面の時も山姥切は警戒してピリピリしていたっけ。でも今はそうじゃない。何事もなかったように戻ってきた鶴丸へのいらだち、近侍としての使命感、そして帰ってきてくれたことへの喜びが入り混じっているように見える。
「おっと、あの時みたいに手合わせといくか?」
「あの時の俺と同じだと思うなよ」
軽く鶴丸が吹っかければ、山姥切はそう応じた。道場に向かうのだろう、山姥切が部屋を後にする。去っていく顔にはかすかに笑みが浮かんでいた。
「
……
あいつ、頼もしくなったなぁ」
「誰かさんのおかげでね」
顔を見合わせて鶴丸と笑い声を上げる。今の山姥切の土台を作ったのは間違いなく鶴丸だった。彼の主としても鶴丸には感謝している。
「それじゃ、どれくらい強くなったのか見せてもらうとするかな」
刀を肩に担いで鶴丸が立ち上がった。手合わせが始まれば本丸中に彼が帰ってきたことは知れ渡る。きっと今夜は飲んで騒いでの大宴会になるだろう。
「さて、私は食事の追加お願いしてこなくちゃ」
この時間から追加を頼むのは申し訳ないと思いつつも、今日の食事当番は手練ればかりだから何とかなるはず。大した戦力にはならないけれど、私も手伝いに入るつもりでいる。卓の上の珠を自分の懐にしまい、鶴丸と揃って部屋を出て、今度は『不在』の札をかける。道場も台所も途中まで道は一緒。ほのかに漂ってきたいい匂いが、私の目的地が近いことを知らせている。
「鶴丸、また後でね」
「ああ」
台所に続く廊下の角で立ち止まって鶴丸にそう告げた。山姥切との手合わせがどうなるのかも気になるところではある。今後観戦用のカメラとモニターを付けてみるのもいいかもしれない、なんて思いながら背を向ける。
「
……
主」
そう呼びかけられて、そちらを振り返った。鶴丸からその名で呼ばれるのはもちろん初めてのことで。
「俺はもう間違いなくきみの刀だ。きみのおかげで今ここにいられる。受けた恩はこの刀で返そう」
鶴丸が少しだけ鞘から刀を引き出し、それをまた収める。キン、と澄んだ音が鳴った。恩、なんて随分大げさだなと思う。でも彼にとってはそれほどのことだったということなのだろう。
「ふふ
……
そっか
……
鶴か
……
」
ふと頭の中に浮かんだ言葉につい口元が緩んでしまった。
「どうした?」
「自分の正体を明かしたのに帰ってきてくれる鶴もいるんだなと思って」
昔話の鶴の恩返し。助けてくれたお礼に来た鶴は、正体を人間に知られると飛び去ってしまった。けれど、その鳥と同じ名を持つ彼はこうしてまた帰ってきてくれた。
「
……
そういう鶴がいるのも面白いだろ?」
私が何を考えているのか分かったようで、鶴丸はにやりと笑って見せた。
「改めて、これからよろしくね」
「俺の方こそよろしく頼むぜ」
遠ざかっていく足音を聞きながら、もう一度珠を取り出した。この契約の珠はもう他人の目をごまかすためのものじゃない。私と鶴丸の間には『主と刀剣男士』という正式な契りが交わされた。
偶然の出会いから始まり、一度は断たれた彼との縁。再びそれが結ばれた今、私は願う。どうか私が審神者でいられなくなるその時まで、彼との縁が続きますように、と。
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