Hizuki
2025-02-08 09:53:52
25240文字
Public とうらぶ
 

きみのために俺ができること

【とうらぶ】鶴さに。商店街の外れの桜の木の下で出会った訳ありの鶴丸を連れ帰った主の話。色違い要素、捏造設定あり。2022年6月発行のネットプリント本の再録。叶うなら、知らないままでいてほしかった。







 布団でぐっすりと眠ったのはいつ振りだろうか。昨日の手合わせの後、道場に残された俺を部屋に案内してくれたのは彼女だった。俺の部屋を山姥切に知らせ忘れていたから、と探してくれていたようで。宛がわれたのは近侍部屋の左隣。一応の事情を知っている山姥切の隣ならば、といったところだろうか。周囲を警戒することなく眠れるということのありがたみを噛み締めつつ、背中を伸ばしながら部屋の外に出た。

「おはよう、って言いたいところだけど、もう夕方だよ」

 くすくすと笑いながら声をかけてきたのは彼女だった。

「色々あって行動時間が逆転しているもんでな。俺にとっては夕方が朝みたいなもんだ」

 明るい時間はできる限り表に出ないようにしていた。『万が一のこと』があっても夜間の方が姿を隠すのに丁度いい、というのもあったが。それにお役所勤めの人間はあまり夜に姿を見かけないこともあって、自分の行動する時間帯をずらす方が何かと動きやすかった。

「そういえば、早速山姥切と手合わせしたんだって?」

 時間が逆転している理由を問うこともなく、彼女は話を切り出した。

「耳が早いな。あいつから聞いたのか?」
「ううん、遠征帰りの男士から聞いたの。昨日道場でひとりだったのは手合わせの後だったからなんだね」

 離れたところから感じていた複数の視線の正体はそれだったのか、と今になって思い出す。本丸の近侍と見知らぬ奴が手合わせしているとなれば、気になる奴も出てくるか。

「私が説明して回ったのもあるだろうけど、みんながちょっと鶴丸のこと気にしてるよ。うちの本丸で一番強いの山姥切だからさ」

 気にしている、というのはどういう意味でだろうか。興味なのか、あるいは警戒なのか。ただ本丸で一番強い奴を負かした相手を見てみたい、というのもあるかもしれない。眠っている間にも何度か部屋の前に誰かが来ていたのは知っていた。大丈夫だと分かってはいても、やはり身体に染みついているのか他者の気配には敏感になってしまう。

「なるほどな。まぁ、手合わせならいくらでも付き合うと伝えてやってくれ」

 何にせよ、手合わせを望む奴がいるのなら応じるつもりでいる。純粋な鍛練でも、山姥切の再戦でも、ただの興味でも何でも。きっとそれはこの本丸にとっての戦力強化に繋がるだろう。彼らが望むのであれば、それ以外のことでも構わない。俺にできることであるのなら。

「ついでに、何か本丸の中で俺に手伝えることはないか?」
「手伝えること?」

 俺が尋ねると、彼女は首を傾げてそのまま聞き返した。

「ああ。確かに俺を使ってくれとは言ったが、きみの本丸の刀剣男士ではない以上、そうほいほいと時間移動をする訳にはいかんだろう?」
……そっか、確かにそうだね」

 出陣や遠征のための移動には専用の時間転移門を通る。それぞれの本丸に設置してあるとはいえ、政府の監視の目が完全にない訳ではない。直接力を貸したいのは山々だが、それが原因で俺のことが政府に割れて、彼女に迷惑をかけるなら意味がない。

「みんなの鍛練の相手になってもらえるなら、それでも十分なんだけど……。うーん……鶴丸がいる本丸の話を聞かせてもらうのは?」
「別に構わんが、本丸の手伝いにはならないんじゃないか? どこか手薄なところは?」

 流石に手合わせの相手だけで置いてもらうのは気が引ける。俺がいた本丸の話だって対価にするには釣り合わないだろう。押し付けるつもりはないが、せめてもう少し何かさせてほしいとは思うところ。手薄、と繰り返しながら小さく唸っていた彼女が、何かを思いついたようにぱんと手を打ち合わせた。

「あ、昼と夜が逆転してるって言ってたよね? なら、夜の警備、お願いできないかな」

 なるほど、夜警か。確かに俺の行動時間ならばうってつけだ。大抵どこの本丸でも、有事に備えて一振りや二振りを夜間の警備に立てている。新しい本丸となれば刃員を確保するのも大変だろう。

「お安い御用だ」
「ありがとう。山姥切と相談して、ちゃんと決まったら知らせるね」

 彼女の行動は早い方らしく、一時間もしないうちに正式な形で俺の元に依頼が来た。彼女は全員を広間に集め、改めて俺のことを皆に伝えた。そして、俺は本丸の夜警に立ち、合間に皆の手合わせの相手となり、話し相手となり、時折戦場に出る、という生活を送ることになった。自分の本丸にいた頃とほとんど同じような生活であっても、環境が違えば感じるものは違う。懐かしさと新しさが入り混じる日々は、俺にとっては退屈しないものだった。