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Hizuki
2025-02-08 09:53:52
25240文字
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とうらぶ
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きみのために俺ができること
【とうらぶ】鶴さに。商店街の外れの桜の木の下で出会った訳ありの鶴丸を連れ帰った主の話。色違い要素、捏造設定あり。2022年6月発行のネットプリント本の再録。叶うなら、知らないままでいてほしかった。
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六
今日は夜警のない日だった。珍しく手合わせの約束もない日で、廊下の柱に背を預けてぼんやりと庭を眺めていた。時折ちりんと鳴る風鈴の音を聞きつつ、たまにならこういうのも悪くはないかと思いながら、少しだけ目を伏せていると。
「わぁ!」
「うぉ! 何だ何だぁ?」
声に驚いて慌てて目を開ける。えへへ、と笑いながら俺の側にしゃがみ込んでいたのは彼女だった。
「ちょっと買い物に付き合ってほしいんだ」
「買い物? こんな時間からか?」
彼女の格好からして、どこかに出かけるところだというのは分かった。時期柄まだ太陽はそう低くはないが、日中というには遅い頃合い。
「この時間からじゃないと買えないものがあるんだよ」
告げられた理由は納得のできるものではあった。以前も数量限定のものに何度か付き合ったことがある。しかし、何故俺に声をかけたのかが分からない。
「山姥切がいるのに俺もなのか?」
後ろには山姥切の姿もあった。俺と会った時がそうだったように、彼女は一人で出かけることも珍しくないらしい。だが、先日の政府の注意勧告もあって、近侍である山姥切が共に行くと言ったのだろう。ならば尚のこと、俺を誘う理由はないはずで。
「ほら、たくさん買ったら持って帰るのも大変じゃない?」
「なるほどな? 相当買い込む予定があるってことか」
「もちろん、ちゃんとお礼はするよ」
一人と一振りでも持ち切れない量となれば、余程の予定があるということ。彼女の礼に釣られた訳ではないが、何も予定のない今日ならばついて行くのも悪くはない。
「分かった、付き合おう」
「ありがとう」
まだ明るい時間であることは多少気がかりでもある。とはいえここからは日が落ちていくだけ。何より、彼女が声をかけてくれたのなら断る理由はなかった。
手早く身支度を整えると、彼女達と共に商店街へ向かった。買うものは決まっているようで、彼女は迷いなく店舗に入っていった。この時間でそれなりの人出なのは、皆同じものを目当てにしているからだろう。ここなら警備もいるからと、店の向かい側の建物の壁にもたれて山姥切と彼女を待つことにした。
「
……
しかし俺を誘うとは、彼女は一体どうしたんだ?」
盛況な店先を眺めながら山姥切に問いかける。誘ってくれたのが嬉しかったのは本当だ。とはいえ、買い込む予定があるのなら、俺ではなくもっと適役な奴がいたはずだとも思う。
「
……
最近のあんたの様子がおかしいのを気にしている」
「俺の?」
「主が言うには、元気がない、だそうだ。主だけじゃない。本丸の奴らもそう言っている」
思わず山姥切の方へ視線を向ける。固まった俺と目を合わせた山姥切がふぅと息を吐いた。
「
……
何か心当たりがありそうな顔だな」
「
……
参ったな。表に出したつもりは微塵もないんだがなぁ」
はは、と笑い、手を頭の後ろで組んだ。元気がない、というのは大体当たっている。隠していたつもりだったが、どうやら隠し切れていなかったらしい。そういえば、先日手合わせした奴もどこか不思議そうな顔をしていた。俺が口にしなくとも太刀筋が語っていた、ということか。そして彼女は、もっともらしい理由を付けて、俺の気分転換に連れ出してくれたということだ。
「理由は?」
山姥切は回りくどい聞き方をしなかった。彼女に問われたのならば、適当に誤魔化している。流石の俺でもこれを口にするのは少しばかり心の準備が必要で、すぅと大きく息を吸い込んだ。
「
……
多分、主が、死んだ」
刀剣男士という同じ存在だからこそ、俺はそのまま告げた。
「なっ⁉」
弾けたように一際大きな声が山姥切から発せられた。声に驚いた周りの奴らが一斉にこちらに視線を向ける。
「どういうことだ」
慌てて布を引っ張って顔を隠した山姥切が、俺を建物の影に引きずり込んで問いを重ねる。
「
……
俺の主は時の政府の元にいるはずなんだ。俺が傷付けて、政府に保護されている」
それは俺の過去。俺が本丸を出て単独でいた理由。
主に刃を向けて、傷を負わせた。
「霊力は感じていたんだが、少しずつ薄くなってきていてな。
……
途切れたのが三日ほど前だ」
俺達が折れたところで、仕組みとして審神者には何の影響もない。だが、審神者の霊力で顕現を維持されている刀剣男士はそういう訳にはいかない。
「そのうち俺も姿を維持できなくなって消えるだろうさ」
主からの霊力が途切れるということ。つまり、主の死は、自身の消滅に繋がる。本来、政府権限を持って刀解されてもおかしくはなかった。今までされなかったのは、主が固くそれを拒んできたからに他ならない。止める者がいなくなった以上、刀解されるのが先か、俺が消えるのが先かという話になってくる。
「待て、主を傷付けた
……
? あんたの本丸で何が
……
」
俺の肩を掴む山姥切の目は困惑に染まっていた。
「おまたせー
……
ってどうしたの?」
真相を問おうとする声を遮ったのは彼女だった。
「
……
いや、何、さっき見かけた弁当がうまそうだったもんでなぁ」
さっきの話を彼女にするつもりはない。何より、これ以上彼女に余計な心配をかけたくはない。適当に場を繕うための言葉を並べる。
「お弁当? 今日のお礼の件もあるし、買いに行こうか」
「あんたはすぐそうやって
……
! こいつが見てた弁当、いくらするか知ってるか?」
「えっ、そんなにいいお値段なの?」
「まぁ、その
……
ちょっぴりな?」
「それは
……
ちょっと相談させてほしい、かな
……
?」
「ははっ! 別に構わんさ」
隠していた俺の変化に気付いたほどの彼女だ。素の反応のようにも見えるが、下手な芝居だというのはきっと筒抜けになっているだろう。そんな弁当は存在しない。それでも追及することはなく、逆に乗っかってくれているのは彼女の優しさだ。山姥切が上手く合わせてくれたのもある。あいつにも感謝しないと。まだ何か言いたそうな目をしているが、山姥切もこの場で問うつもりはないらしい。俺が隠していたことを汲んでくれたようだ。後で問い詰められるのは明らかだが、今はこれでいい。
「
……
それで、買うものは買えたのか」
「うん。量が多いから、ちょっと準備に時間がかかるって言われたよ」
「そうか」
彼女と山姥切の話を聞きながら、辺りに目を向ける。今日明日でとは言わないが、できるだけ早くあの本丸を離れる準備をしなければならない。身を隠して、その時を待つだけの場所を探す必要がある。無策に探すくらいなら一時期世話になったあそこでもいいか、と考えていると、にわかに商店街がざわつき始めた。
「何やら騒がしいな
……
」
「演練場の方か?」
声が聞こえてくるのは現在地から東の方からだった。そちらにある主要な施設となれば、各本丸の腕試しに開放されている演練場。時に訓練とは思えない、見世物に近いような熱い戦いになることもある。
「ちょっと行ってみようか」
人の合間を縫って歩いていく彼女の背を追う。演練場に近付いていくほどに、辺りの空気の温度が変わっていく。感じるのは熱気ではなく、冷気。演練場から離れてくる面々の表情は恐怖に染まっている。聞こえるのは歓声ではなく、悲鳴。
「きゃああああ‼」
一際大きな声が上がった。山姥切と顔を見合わせて頷くと、彼女の前に身を割り込ませた。間違いなく、よくないことが起きている。誰かが戦っているのだろう、金属同士がぶつかり合う音が絶え間なく鳴り響いている。結界をすり抜けて時間遡行軍が現れただけならいい。だが、これは、きっと。
「黒い刀剣男士⁉ どうしてここに⁉」
山姥切が叫ぶ。道の先の演練場前の広場に出ると、どこかの本丸の蜻蛉切とそいつが刃を交えていた。時間遡行軍とも違う黒い影。辛うじてヒトの姿を保っていて、見覚えのある誰かのような気はするが、元の姿を判別できるものは何もない。獣のような低い唸り声を上げて、対峙する蜻蛉切に突っ込んでいく。その攻撃を受け止めるも、耐え切れずに吹き飛ばされてしまった。壁に叩き付けられた蜻蛉切の側に主と思われる男が駆け寄って支える。相当な深手を負ったようで、すぐに立ち上がりそうにはなかった。相手を失ったそいつは俺達に気付いたのか、身体をこちらに向けた。俺達を標的にしたらしく、ゆっくりと近付いてくる。
「ど、どうする
……
? こっちに来るよ
……
⁉」
動揺する彼女を背に庇い、山姥切が刀の柄に手をかける。確かに山姥切は強くなった。それでも、あれには敵わない。何せ極めていた蜻蛉切が戦ってもあの有様なのだから。
「
……
まさか、ここであいつと会うことになるとはなぁ」
忘れるはずがない。昏く赤い光を目に宿したその敵は、俺の知っているものだった。
ならば、やるべきことは一つだけだ。
「
……
きみの本丸にいるのは本当に楽しかった」
「鶴丸
……
?」
彼女と山姥切の前に進み出る。目を閉じて深く息を吸い込めば、初めて彼女と会った時のことが思い浮かんだ。
「この場は俺に任せて行け。今まで世話になった礼だ」
そういえば、昔話があったっけな。罠にかかった鶴が、助けてくれた人間に礼をしに行く話。まぁ、俺の場合は罠にかかったところを直接、という訳ではなかったが。
「おい、鶴丸!」
「今の俺にでもきみ達が逃げる時間を稼ぐくらいのことはできる」
「ちょっと、どういうこと
……
?」
主からの霊力が途絶えた今、できることは限られている。遅かれ早かれ消えることが決まっているからこそ、できることもある。
「無茶をするな! 今のあんたじゃ
……
! 俺も一緒に
……
」
「いや、俺だけでいい。お前には『主』がいるだろう?」
山姥切の提案を即座に否定して、後ろにいる彼女を見る。近侍が主を悲しませるような無茶をしてもらっては困る。それに、俺が万全の状態だったとしても正直倒せるかどうかは分からない。それは山姥切と共闘したとしても同じこと。
「山姥切、ちゃんと主を守れよ」
けれど、奴と『同じ』になるのなら、多少の勝機はあるかもしれない。
「とはいえ、俺もどうなるかは分からん。
……
もしもの時は、分かってるな」
山姥切のことだ。俺が一体どういう存在なのか、もう何となく分かっているのだろう。あいつの答えをここで否定するのは裏切るようで心が痛むが、そんなことを言っていられるような状況でもない。彼女達を守るためだ。
「
……
ああ」
一拍遅れた返事には山姥切の葛藤が隠れている気がした。そして山姥切の肩越しに彼女の心配そうな顔が見える。
「
……
叶うのなら、またきみのところに帰りたいものだ。きみの、鶴丸国永として」
何度も瞬きをして俺を見上げていた。近くに歩み寄って、安心させるように彼女の頭に手を乗せる。
俺は『きみの』鶴丸国永ではない。いつか彼女の元にも鶴丸国永は顕現するだろう。それが『俺』であってほしいと願うほどには、彼女のことを好いている。
「いいかい、くれぐれも振り返っちゃいけないぜ」
だから、彼女達をここで失う訳にはいかない。そして、俺の『あの姿』を見られる訳にも。
「さぁ、行け!」
彼女と山姥切に背を向け、鞘に収められた刀を天に掲げる。柄を握り、鞘を滑らせれば、傾きつつある日がその銀色を輝かせた。敵を前に高揚していくのが分かる。あれは俺が倒すべき敵。俺が本丸を離れることになった元凶。
「
……
待って、鶴丸! ちゃんと説明して!」
「っ! 主、行くぞ!」
「山姥切!」
声と足音が遠くなっていく。意識が徐々に他の何かに塗り潰されていく。あの時も、主を斬ってしまったあの時も、こんな感覚だった。本丸を襲撃した敵の中に紛れていたのは、敵の邪気に汚染されたどこかの刀剣男士の成れの果て。そいつの攻撃を受けた俺もまた、同じ存在へと堕ちた。『斬りたい』という衝動に侵食されて、それを象徴するように全身が黒く染まっていく。仲間達がいたおかげで、一度は正気に戻ることができた。とはいえ黒く染まった白が完全に元に戻ることはなく、俺は『灰色』になった。
「鶴丸、その色
……
⁉」
完全に意識を手放そうとした刹那、はっきりと声が聞こえた。そちらに目を向けると、戻ってきた彼女が酷く驚いた顔で俺を見つめていた。
「全く
……
振り返るなと言ったんだがなぁ
……
」
足元から始まった黒の侵食は首元まで進んでいる。俺のことを素直に信じてくれた彼女だからこそ、この姿を見せたくはなかった。近付いてこようとする彼女を山姥切が担ぎ上げて走っていくのが見える。もうここに戻ってくることはないだろう。
「さて
……
」
にじり寄ってくる唸り声の主に視線を戻す。帰る本丸は無い。守るべき主も既にいない。それでも、俺を受け入れてくれたきみを逃がすくらいならできる。例え、この身を失うことになったとしても。
俺はきみに受けた恩を返せただろうか。問う相手はいない。今は彼女達のために、この忌むべき力を使う。
「
……
さぁ、大舞台の始まりだ!」
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