…………
「僕は
……いや
……この世の全ては悪だ
……」
ぽつりと落ちたその言葉は、まるで底なしの闇に沈んでいくかのようだった
フィリップの核心にピキっと、大きな亀裂が入る。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
ぎこちない動き。まるで操られる人形のように、不自然で、危うい。
─けれど、その目だけは異様なほどにハッキリとしていた。全てを見通しているような、全てを決意したような目。
「ここであなたが消えれば、全てが終わる。魔女も、黒魔術も、僕自身も。」
フィリップは静かに、しかし確かな意志をもって、ガベルをクラーマーに向けた。
その手は震えていない。迷いは、もうどこにもなかった。
迷ったところで何も変わらない。
人間も神も械も
…自分でさえも、この世の全ては悪なのだから。
「ッはは!初めからこうしていれば良かったんだ!」
その笑いは、悲鳴を通り越した、絶望の果てに辿り着いた狂気だった。
「っ!?フィリップさん、待って
……!!」
ルフレは彼を止めようと手を伸ばした。しかし、その腕が届くよりも先に、彼の足元が轟々と燃え上がった。
審判の炎はフィリップの意志に従って、自分自身に牙を剥く。
足元から燃え上がった業火は、瞬く間に彼と、男を呑み込んだ。
同時に、小屋の中にしゃがれた叫びが響く。
炎の中、1つの黒く焦げた影が身をよじり、踊るように暴れ回る。
それは生き物の“最期の抵抗”と呼ぶには、あまりにも執拗で、悲痛だった。
燃え盛る炎の中から、何度も手が伸びてくる──
だがその体は炎に絡め取られ、まるで縄のように巻き付かれ動きを制限されていた。
逃がすまいとする意思が、炎そのものに宿っているかのようだった。
黒く焦げた腕が虚空を掴もうと、何度も何度も空を裂く。
誰かに助けを求めているのか、それともただ、死を拒んでいるのか──
だが、掴めるものなど、そこにはない。
誰も手を伸ばさない。
いや、誰も──届かない。
肉の焼ける臭いがした。
あの時と同じだ。
まだ救えるかもしれない。
そう信じたカラベラフィルムは、熱気に顔を顰めながらも、業火の中の影を凝視していた。
即座に水を操り、燃え盛る炎へと放つ。しかし──
「ジュッッ!!」
大きな蒸気音とともに、水は火に触れた瞬間、激しく弾けて消えた。まるで存在ごと拒まれたように、触れることすら叶わない。
彼の火は床に散乱していた紙
……それだけでなく、この小屋さえも巻き込んで燃え上がっていく。
「フィ
……リップ
……?」
ラートは、あまりの出来事に言葉を失っていた。
目の前で広がる業火。その中心で焼かれていく男の姿を、ただ呆然と見つめるしかできなかった。
まさか、こんなことになるなんて、思ってもいなかった。
ただ、目の前の
…神を仇なす者に、鉄槌を下そうとしただけだった。
それだけのはずだったのに。
なのに、その想いは
……共に歩んできたフィリップさえも巻き込んで、燃やしてしまった。
フィリップの行いが、決して正義と呼べるものだったとは言えない。
けれど──確かに彼は神を信じていた。
ラートの胸に、得体の知れない痛みが広がる。
それは後悔か、怒りか、あるいは──罪悪感なのか。
もしあの時、たとえ嘘でも彼を庇っていたら
……
あの言葉を飲み込んでいたら
……
「っ
…ルフレ殿、ラート殿!」
突然名前を呼ばれたかと思うと、カラベラフィルムが素早く腕を掴んできた。
そして戸惑う間もなく、彼に引っ張られるままルフレとともに小屋の外へと連れ出される。
最後まで、フィリップは痛みで叫び声を出すことも、助けを求めようと手を伸ばすこともなかった。
ただ、静かに──焼かれていった。
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