6話✧自械




…………


「僕は……いや……この世の全ては悪だ……

ぽつりと落ちたその言葉は、まるで底なしの闇に沈んでいくかのようだった
フィリップの核心にピキっと、大きな亀裂が入る。

そして、ゆっくりと立ち上がった。
ぎこちない動き。まるで操られる人形のように、不自然で、危うい。

─けれど、その目だけは異様なほどにハッキリとしていた。全てを見通しているような、全てを決意したような目。


「ここであなたが消えれば、全てが終わる。魔女も、黒魔術も、僕自身も。」

フィリップは静かに、しかし確かな意志をもって、ガベルをクラーマーに向けた。
その手は震えていない。迷いは、もうどこにもなかった。

迷ったところで何も変わらない。
人間も神も械も自分でさえも、この世の全ては悪なのだから。

「ッはは!初めからこうしていれば良かったんだ!」



その笑いは、悲鳴を通り越した、絶望の果てに辿り着いた狂気だった。

「っ!?フィリップさん、待って……!!」

ルフレは彼を止めようと手を伸ばした。しかし、その腕が届くよりも先に、彼の足元が轟々と燃え上がった。

審判の炎はフィリップの意志に従って、自分自身に牙を剥く。

足元から燃え上がった業火は、瞬く間に彼と、男を呑み込んだ。

同時に、小屋の中にしゃがれた叫びが響く。

炎の中、1つの黒く焦げた影が身をよじり、踊るように暴れ回る。
それは生き物の“最期の抵抗”と呼ぶには、あまりにも執拗で、悲痛だった。

燃え盛る炎の中から、何度も手が伸びてくる──
だがその体は炎に絡め取られ、まるで縄のように巻き付かれ動きを制限されていた。
逃がすまいとする意思が、炎そのものに宿っているかのようだった。
黒く焦げた腕が虚空を掴もうと、何度も何度も空を裂く。
誰かに助けを求めているのか、それともただ、死を拒んでいるのか──
だが、掴めるものなど、そこにはない。

誰も手を伸ばさない。
いや、誰も──届かない。

肉の焼ける臭いがした。

あの時と同じだ。

まだ救えるかもしれない。

そう信じたカラベラフィルムは、熱気に顔を顰めながらも、業火の中の影を凝視していた。
即座に水を操り、燃え盛る炎へと放つ。しかし──

「ジュッッ!!」

大きな蒸気音とともに、水は火に触れた瞬間、激しく弾けて消えた。まるで存在ごと拒まれたように、触れることすら叶わない。

彼の火は床に散乱していた紙……それだけでなく、この小屋さえも巻き込んで燃え上がっていく。

「フィ……リップ……?」

ラートは、あまりの出来事に言葉を失っていた。
目の前で広がる業火。その中心で焼かれていく男の姿を、ただ呆然と見つめるしかできなかった。

まさか、こんなことになるなんて、思ってもいなかった。

ただ、目の前の神を仇なす者に、鉄槌を下そうとしただけだった。
それだけのはずだったのに。

なのに、その想いは……共に歩んできたフィリップさえも巻き込んで、燃やしてしまった。

フィリップの行いが、決して正義と呼べるものだったとは言えない。
けれど──確かに彼は神を信じていた。

ラートの胸に、得体の知れない痛みが広がる。
それは後悔か、怒りか、あるいは──罪悪感なのか。

もしあの時、たとえ嘘でも彼を庇っていたら……
あの言葉を飲み込んでいたら……

「っルフレ殿、ラート殿!」

突然名前を呼ばれたかと思うと、カラベラフィルムが素早く腕を掴んできた。
そして戸惑う間もなく、彼に引っ張られるままルフレとともに小屋の外へと連れ出される。

最後まで、フィリップは痛みで叫び声を出すことも、助けを求めようと手を伸ばすこともなかった。

ただ、静かに──焼かれていった。