4話✧恢械




樊凌はすでにラートとフィリップと合流し、戦いの渦中にいた。

樊凌の刀が兵士の喉を裂き、鮮血が夜気に散る。まだ彼の体は軽く、疲労の色は見えない。背後で肩を揺らしながら立っているラートとフィリップの様子とは対照的だった。

二人はすでに二時間近く、絶え間なく戦い続けていた。呼吸は荒く、ラートの手からはじっとりと汗が滴っている。彼の武器である木製の車輪はすでに傷だらけで、いくつもの亀裂が入っていた。

「ほ、ほんまに多いなぁ

樊凌は唇を噛みながら呟く。彼の視界に映るのは、次から次へと押し寄せる兵士たち。倒しても倒しても、終わりが見えない。

ルフレの話では、ここで待っていれば、寧寿宮を脱したカラベラフィルムたちと紫禁城の門で合流できるはずだった。
しかし、”待つ”というにはあまりに厳しい状況だった。ただひたすら、ここから”動けない”まま、襲い来る敵を迎え撃つしかない。

樊凌は素早く間合いを詰め、敵の首筋を斬り裂く。その横では、ラートが車輪を振りかぶり敵の身体に叩きつけた。
嫌な音とともに、兵士の顔が歪み倒れ込む。
しかし、ラートの動きはすでに鈍く、次に構えた車輪を振るう手もわずかに震えていた。

フィリップもまた限界を迎えつつあった。有罪判決を告げ、敵の足元に火を灯す。
しかし、その炎は弱々しく、以前のような猛火ではなかった。

「っ!」

息が詰まる。全身が重い。視界が揺れる。

「もう限界だ……

フィリップの足元が揺らぎ、彼の膝が地面に落ちた。



その瞬間、敵兵が素早く接近し刀を振りかぶる。

「プーちゃん!」

駆けつけた樊凌が間に割って入る。
彼の小刀が鋭く閃き、兵士の刃を跳ね返した。そのまま敵の首筋を貫き、鮮血が迸る。

「プーちゃん、大丈夫?」

樊凌は焦りを滲ませながら問いかけた。

「っはぁ全くもう限界です

フィリップは荒い息を吐き、苦しげに目を細める。

樊凌は地面に座り込んだフィリップを守るように立ち、刀を構え直した。

彼の体力が回復するまで、絶対に守り抜かなければ。
フィリップを守りながら、ラートも助ける。

そう決めた矢先、突如として背後でバキッッ!!という嫌な音が響いた。

樊凌は即座に振り返る。

「ラーちゃん!!」

そこにあったのは、無残に割れた木製の車輪。
ラートはそれを手にしたまま目を見開いていた。

そして、彼の周りを取り囲むように兵士たちが迫っている。

フィリップを守りながらでは、ラートのもとへ行くことはできない。歯噛みする樊凌の前で、兵士がラートに斬りかかる。

どうすれば、と目を瞑った瞬間。

突然、激しい水音が聞こえた。

「すまない。長らく待たせてしまった。」
「ラートさん、フィリップさん、待たせてしまってすみません。」

目を開けば見覚えのある二つの背中があった。
カラベラフィルムが操る水が、ラートとフィリップの周囲に壁を作る。
迫っていた兵士たちは水の勢いに弾かれ、地面に叩きつけられた。

樊凌は、カラベラフィルムとルフレが合流し、ラートとフィリップがひとまず安全になったことに胸を撫で下ろした。しかし、違和感が胸の奥に重く沈む。

足りない、一人。

喉がひりつくほどの緊張が、樊凌の胸をざわつかせた。

ふと、彼は視界の端でカラベラフィルムの動きに目を留めた。

(カラちゃんのあんな能力の使い方、見るの初めてやな)

カラベラフィルムは水を自在に操り、まるで刃のように兵士たちを切り裂いていた。片や水の壁は次々と敵を飲み込み息の根を止める。

それは、どこかで見たような戦い方だった。

まるで、シアノの能力のような

しかし、考える暇などない。次々に襲いかかる兵士を前に、彼は迷いを振り払い、刀を振るった。

刃が血を引き裂き、月光に鈍く光る。剣戟の音が空気を裂き、断末魔が夜闇に響いた。

ラートとフィリップはすでに戦闘不能。彼らの代わりに、樊凌、ルフレ、カラベラフィルムが容赦なく兵士たちを斬り伏せていく。

剣が交わる音、断末魔の叫び、そして荒い呼吸だけが戦場に響く。

ルフレの剣が兵士の刃を弾き返し、その首を一瞬で落とした。
そしてカラベラフィルムの水刃が兵士の心臓を貫く。
樊凌の刀は迷いなく振るわれ、首筋を切り裂いた。

戦いは終わる気配を見せず、夜空の下で続いていく。
やがて、頭上の月はゆっくりとその位置を変えた。

地面には無数の死体が転がり、血が泥に染み込んでいく。
鉄と血の匂いが風に乗り、鼻腔を満たす。
剣を握る手は痛みを訴え、足は鉛のように重い。それでも、彼らは止まらなかった。

時間の感覚が曖昧になっていく。

疲れが腕に、足に、そして意識にまでのしかかる。
敵を倒すことだけに集中する。
余計なことを考えれば、命を落としかねない。

そして。

ようやく、兵士たちの数は確実に減っていった。

戦場を満たしていた喧騒が、徐々に静寂へと変わる。

最後の一人を斬り伏せ、ルフレが荒い息をつきながら刀を下ろした。

「っはぁこれで、終わり、ですか?」

荒い呼吸の合間に漏れた問いかけに、樊凌とカラベラフィルムは辺りを見渡す。血に染まった地面、静まり返った夜の戦場。
敵の姿はもうどこにもない。

「あぁ、終わりのようだ。」

カラベラフィルムが静かに言葉を返す。

「はぁぁ良かったぁやっとやわ

樊凌はその場にへたり込みルフレも隣に腰を下ろす。カラベラフィルムもラートとフィリップを守っていた能力を解除し、ようやく緊張が解けた。

しかし、遠くから人々のざわめきが聞こえてくる。その音は不穏なものだった。

……まだ城壁の外に兵士がおるかもしれへんな。」

樊凌は疲れた声でつぶやく。彼らを待ち伏せるように潜んでいる兵士がいてもおかしくない。

完全に気を抜くことはできない。

それでも、彼らはその場でしばしの休息を取った。