4話✧恢械




数時間後、裏道から樊凌、カラベラフィルム、フィリップが姿を現した。ラートは微かに明るくなり始めた空を見上げ、その瞳に何かを感じ取っているようだった。

「聞き出せたのか?」

グラディエーターの問いに、樊凌はにこりと微笑んで頷いた。

樊凌の予想通り、彼女たちは皇后と名家の娘だった。その皇后の息子が次期皇帝だと言われているが、1人の宦官に心を奪われ、正室や側室を立てるどころか、跡継ぎを作るつもりすらないという。
結果、皇太子の後継を争う派閥が現れ、痺れを切らした皇后が名家の娘に宦官を陥れるよう命じたのだ。
こんな発想をする皇后なら、上手く使用人たちを使い、巧妙に計画を練り上げたのだろう。
その計画は成功し、宦官は明日処刑されることが決まった。

樊凌の表情は先程よりも微かにスッキリしたように見えた。
先程叫び声が響き渡り、最後には火柱が上がった理由を察する。

「この後はどうする?」

グラディエーターの問いに、樊凌は少し考えた後、ゆっくりと答える。

できるだけ早く宮殿に行かんと。2人の話だと、宮殿内の牢獄に収監されとるらしいから。」

その瞬間、事が終わったことに気づいたルフレとシアノが合流した。樊凌の言葉を聞いたルフレは、ふと思い出す。

「それなら、あっちに厩舎がありますよ。10頭以上いて、みんな乗れます。」
「だったら馬に乗って移動するか!」

こうして、彼らは馬に乗って宮殿へ向かうことに決まった。馬に乗れば数分で到着するだろうと、樊凌は言う。
ルフレの案内を頼りに、彼らはずらりと馬が並んだ厩舎に到着した。
持ち主にバレないよう、それぞれ自分の馬を選び、近くに置いてあった馬具を素早く装着する。
幸い、彼らには最低限の馬術の知識があったので、問題なく準備を整えることができた。

馬にまたがったラートは、少し高くなった視線で朝日が昇るのを見つめていた。

「朝日が昇るぞ。」
早くしないと、人間にバレますよ。」

フィリップは辺りを警戒し、誰もいない道を見渡す。



「リンリン、道案内を頼む。」
「無問題。道案内なんか要らんよ。」

樊凌はにっこりと笑って、とある方向を指さした。
その方向に目を向けると、朝日の光を浴びた黄金色の屋根が輝いているのが見えた。
その威厳に満ちた姿は、遠くからでも圧倒的な存在感を放っている。
それが、紫禁城だった。

「なるほど、あれなら僕たちにも見えますね。」
「是的!」
「はは!確かに、道案内なんて不要だな!さっそく出発しよう!」

グラディエーターの声に応じて、械たちは馬を走らせ、宮殿に向けて進み始めた。
その蹄の音は、静かな菜市口の街に響き渡った。

朝日に照らされながら馬を走らせて数分。すぐに、巨大な城壁が姿を現した。その壁に沿って進むと、やがて巨大な門が見えてくる。その前には水堀が広がり、何人もの兵士が厳重に門を守っていた。警備は堅固であるが、械にとってはほぼ無力だ。

「ほとんどが弓矢や槍、刀を使う奴らやから、そんなに危険はないはずやで。火器も一応あるけど、そんな使われとらんから」
「先手必勝ということだな!」

馬に乗ったまま、水堀を渡る橋を進む一行。

『ーー!!』

門番たちが槍や刀で抵抗しようとするが、ルフレとカラベラフィルムの異能力が発動した瞬間、首が一閃で跳んだ。兵士たちは何が起こったのか分からず、慌てふためく暇もなく、次々と命を落としていく。遠くから弓矢で狙いを定める兵士も、ラートの能力によって地面に縛り付けられ、無力化された。

ルフレは一歩前に出ると、正面に立つ木製の扉を能力で力強く両断した。
そして、先頭のグラディエーターが馬の前足で扉を蹴り飛ばし、硬い扉が簡単に吹き飛ばされる。両断された扉の上を、7頭の馬が一斉に駆け抜けていった。

「ずいぶんと厳重な警備だな!!ぞろぞろ出てきたぞ!」

楽しげに叫ぶグラディエーターの言葉通り、次の門までの道のりには、数十人もの兵士が待ち構えていた。だが、彼らの矛先は驚くべきことに、械ではなく馬に向けられていることに気づき、瞬時に馬から降りる。

馬に罪はありませんし
「予想より早く着いたから、少し遅れても大丈夫やな!」

馬たちは危険を感じ取って一斉にバラバラに逃げ出し、兵士たちの矛先はようやく械に向けられた。

その瞬間、樊凌とグラディエーターは一瞬で兵士たちの懐に飛び込むと、血飛沫が舞い上がる。数秒後には、数人の兵士が動けないまま倒れ、他の兵士たちも次々に首を落とされた。何が起こったのか理解できない間に、全ては一瞬で終わる。

その後も端門、午門と関所を次々と突破していく械たち。戦闘が激化する中、兵士たちが増え続け、ついには本殿の前までたどり着く。

「っはぁ、はぁさすがに人数が多いですね
「っ、あぁやはり数が多いと厄介だな。」

いくら倒しても兵士たちは次々と現れ迫ってくる。人並み外れた体力を持つ械たちでされ疲労の色が見え始めた。

「まだ来る次々と増える一方だ!」

息を整える間もなく、新たな兵士たちが迫ってくることに気づき、グラディエーターはその場から飛び出そうとする。だが、樊凌が冷静に止める。

「こんな広い場所で戦っても、無限に湧いてくるだけやで。まずは宮殿に入って、狭いところで戦った方がええよ。」
なるほど。わかった。」

樊凌の冷静な判断に、グラディエーターはすぐさま答える。彼らのやり取りを聞き、械たちは背後から迫る兵士を無視して、宮殿の守りを突破することにした。

本殿に近付くほど兵士たちの腕が確かになり、先程よりも手強い相手が増えた。しかし、械は弓矢が放たれる直前に懐に入り込んで刺し殺したり、能力を使って遠距離から片付けていく。

ようやく本殿まで到着し、樊凌は扉を一気に開け迅速に本殿内へと突入する。

「やっぱり逃げられとるな

樊凌は悔しそうに呟く。室内にいるべきはずの皇帝や家臣の姿はどこにも見当たらなかった。代わりに刀を持った屈強な兵士たちだけがこちらを警戒しているだけ。

樊凌が皇太子を探し攻撃の手を休めたタイミングで彼らは一塊となり刀を振り上げて突撃してきた。

しかし、その瞬間、地面から透明な壁が突如として現れ、鋭い刀の刃を弾き飛ばした。金の装飾が施された空間に似つかわしくない、無機質な緑の金属の枠とガラス張りの壁。
シアノは自身の能力で彼らを閉じ込め逃げられないことを確認し、フィリップの方を見る。

「フィリップ、この人たち、魔女の仲間らしいですよ。ほら、変な帽子かぶってます。」

シアノの嘘の密告に、フィリップは即座に反応し、有罪判決を下した。DreamBox内で紫色の炎が瞬く間に巻き起こり、シアノの能力は解除される。炎が燃え広がりすぐに消えていく。
本殿には黒焦げになった死体だけが残された。

本殿の扉を閉め、奥の窓を破って外へと逃げる。そして、道を外れた先にある、右手の建物群の一つに隠れた。

「ふぅ……何とか一休みできますね
「とりあえず錦衣衛獄っちゅう場所におる1人と、皇太子を見つけんと
「次期継承者となると、すぐに逃げられた可能性もあるのか
「せやなぁこの敷地内に隠れてくれとったらええんやけど
「敷地内にいることに賭けて、手分けして探すしかないんでじゃ?」

械たちはどう動くべきか話し合うが、皇太子がまだこの敷地内にいる可能性は低い。それに、仮に隠れていたとしても、この広大な宮殿の中から探し出すのは容易ではない。

樊凌が兵士の服を着て敵に紛れたらいいんじゃないですか?これだけ数がいるなら、顔を覚えていない奴がいてもおかしくないでしょう」

シアノの提案に、樊凌はハッと顔を上げた。「それええやん!!」と声をあげた樊凌は兵士の服を調達するため、グラディエーターと共に素早くその場を後にした。

彼らを待つ間、5人はしばしの休息を取っていた。
壁に寄りかかり、目を閉じるシアノに、カラベラフィルムは一瞬躊躇いながらも声をかける。

シアノ殿。」
嘘はいけないかもしれませんけど、今回ばかりは許してください。こうでもしなくちゃ樊凌が満足できない。」

カラベラフィルムの意図を察したシアノは、彼が諭すよりも先に答えた。カラベラフィルムはそれ以上何も言わず、静かに隣に座る。そのまま、数分の沈黙が流れた。

「服!手に入れたで!」

静寂を破る樊凌の声。彼の手には金色の兵士の服と、例の怪しい帽子が握られていた。

さっそくその服に着替える樊凌。すぐさま他の兵士に話しかけようとした瞬間、ルフレが思いついたように彼の肩を叩き、耳元で何かを囁く。

「それええやん!それやったら絶対いける!」
「そうでしょう?とはいえ、僕は痛いのなんて絶対嫌なんで辞退するんですけど
「なんだ、新しい作戦か?」

樊凌とルフレのやりとりに、グラディエーターが首を傾げた。

「えぇ。ただ話しかけただけじゃ怪しまれそうなので、僕たちを倒せばどうかって思って。そこで強者アピールをすれば、『皇太子を護りたいから場所を教えてくれ』って言っても違和感ないでしょう?」
「なるほど、その負け役を誰がするかってことか」

ラートの言葉に、グラディエーターは顔を背ける。フィリップとシアノも、「ほんとに刺されるのは痛いし」と首を横に振った。

それなら

みなの視線は1人に向けられる。

「私、か?刺されるのは問題ないが

騙すという行為に抵抗があるのか、カラベラフィルムは少し逡巡する。しかし、これが樊凌のためになるのなら……
覚悟を決めた彼は、静かに頷いた。


宮殿の庭では、兵士たちが消えた械たちを必死に探していた。
その中央に、突如として人の影が現れた。

「──ッ!?」

兵士たちが驚き、武器を構える。しかしそれは人ではなく、液状の塊だった。その怪しげな塊はゆっくりと形を変えていく。

そしてカラベラフィルムは完全な人の形へと変わった。その得体の知れない生物に兵士たちは一歩後ずさる。しかし、すぐに剣を抜き襲いかかった。

(殺さないように手加減を

カラベラフィルムは冷静に水を操り、一瞬で周囲の兵士の足を凍らせ、折るように締め上げた。

『う、うああああっ!!!』

激痛に叫びながら、兵士たちは次々と膝をつく。恐怖に包まれ、もはや戦意を喪失しつつあった。

その刹那

背後から、鈍い音とともに、刀がカラベラフィルムの身体を貫いた。

「カハッ……!?」

ではなく、水が吹き出し、彼の体はそのまま形を失い、ただの水溜まりとなる。

その背後から現れたのは、金色の兵士の服を纏った樊凌だった。彼は手に持った刀を振り、水を払う。
そして地面に座り込んだ兵士たちに声をかけた。

もう大丈夫やから安心して。急いで皇太子殿下の護衛に行きたいんやけど、どこにおるか知っとる?』

『ぁ、あぁっ!本当にありがとうございます!太子殿下は寧寿宮に、一時避難されています!!』

命を救われたと思い込んだ兵士は、あっさりと皇太子の居場所を吐いた。

樊凌はにこりと微笑み、「謝謝」と礼を言う。

次の瞬間。

鋭く振り下ろされた刃が、一切の躊躇いもなく兵士たちの命を刈り取った。

「カラちゃん、ほんまありがと〜もうええで」

樊凌の言葉を合図に、カラベラフィルムは静かに元の姿へと戻る。そして、隠れていた5人も物陰から現れた。

「皇太子の場所は聞けたか?」

「当然!寧寿宮っちゅう場所らしいわ」

樊凌はしゃがみ込み、わざと残しておいた一人の兵士の首元を掴む。樊凌の表情は笑っているものの、そこにあるのは純然たる敵意のみ。

『道、教えてくれるよな?』

男は恐怖に震えながら、何度も何度も首を縦に振った。

満足そうに立ち上がった樊凌は、その兵士の後ろ襟を乱暴に掴み、ぐいっと引き寄せた。