4話✧恢械




「! やっぱりまだいますよ」

二人は数時間前に馬を降りた場所へと戻ってきていた。
ほとんどの馬は城の外に逃げていたが、運良く2頭だけはその場に留まっている。

「すぐに向かうぞ。」

カラベラフィルムは素早く馬の手綱を解き、シアノもそれに続く。
二人は馬に跨り、菜市口へと急いだ。

菜市口の広場へと続く大通りが見えてくると、そこには異様な人混みができていた。
まるで市場のように人が集まり、何かを見上げてざわついている。
視線の先には、処刑場の中央に立てられた一本の棒があった。

処刑は、まだ始まっていない。

カラベラフィルムとシアノは、慎重に建物の物陰へと身を隠し、囚人が運ばれてくるのを待った。
群衆は、興奮気味に口々に何かを囁いている。

「来たぞ」

カラベラフィルムが低く呟いた。

兵士たちに囲まれ、一人の男が引きずられるようにして処刑場へと連れてこられた。

酷く汚れた囚衣、縄で縛られた手足、鉄の枷。
その姿はかつて皇太子に寵愛された人物とは思えない。

長い監禁と拷問により、彼の髪はぼさぼさに伸び、肌は痩せこけ、痣や傷が無数に刻まれていた。
それでも、男はただひたすら何かを叫んでいた。

声は酷くかすれ、意味を成しているのかも分からない。
しかし、その叫びには執念のようなものが込められていた。

……

カラベラフィルムは静かに状況を見定める。

処刑台の周囲には兵士が数名。
処刑を執行する役人が、刃を持って男の前に立つ。

「行きますか?」

シアノの問いかけにカラベラフィルムは、ゆっくりと頷いた。

『ーー!』

兵士の1人がこの囚人の罪状を読み上げる。そして、彼の合図と共に処刑人が刀を振り上げた。

その瞬間、カラベラフィルムが飛び出す。シアノは物陰から能力を発動した。

兵士が刀を抜く間もなく、カラベラフィルムの一撃が鋭く閃くき、シアノもまた手際よく兵士をDreamBoxに閉じ込める。

突然の襲撃に、群衆は悲鳴を上げ、広場は一気に混乱へと陥った。
兵士の何人かは戦うことすら放棄し、四方へと逃げ散る。

戦闘は、わずか数十秒で終わった。

カラベラフィルムとシアノは、縄で縛られた宦官のもとへと駆け寄り、素早く縄を解いた。
しかし、宦官は酷く怯えている。突如襲撃してきた上に、正体が分からない力を使い人を殺していたのだ。
彼の目には恐怖と警戒の色が浮かんでおり、素直に馬に乗ってくれないだろう。

どうするんですこれじゃ馬に乗せることもできませんよ

当然言語による意思疎通は不可能だ。無理矢理乗せるのはどうにも気が引ける。
眉を顰めるシアノにカラベラフィルムは静かに答えた。

「私に任せてくれ。シアノ殿は馬を頼む。」

シアノはしばらくカラベラフィルムの顔を見た後、頷き、馬を迎えに行った。

宦官はまだ地面に座り込み、2人の動きを警戒し続けていた。
カラベラフィルムはゆっくりと彼の前にしゃがみ込み、そっと手をかざす。宦官は突然近づいてきたカラベラフィルムにビクリと肩を震わせながらもかざされた手を見つめた。

その瞬間、彼の左の手のひらに、一輪の花が生まれる。
透き通った水でできた、美しい花だった。

宦官はそれを目を見開いて見つめた。

彼の表情に警戒心が薄くなったことをカラベラフィルムは確認する。

その花は姿を変え人を模した小さな像を作り出した。

宦官は首を傾げながらその像をじっと見つめる。

これでは伝わらないかとカラベラフィルムはその像の後ろに、大きな宮殿を作る。
どちらもかなりデフォルメされていたが、皇太子の事ばかり考えている彼ならきっと伝わるとカラベラフィルムは確信していた。

次の瞬間、宦官はそれが皇太子を模しているということに気がついた。

彼の呼吸が変わり、パッとその表情が明るくなる。

そして、次にカラベラフィルムは右手を使い、宦官自身の姿を模した水の像を作り上げた。

宦官は自分の体を見てその像が自分だと理解する。

そしてカラベラフィルムは両手を近づけ、手の上の2人を引き合せた。

『!我能见到太子殿下吗!?』

宦官は震える手で2つの像を指し、カラベラフィルムの顔を見つめる。
カラベラフィルムはゆっくりと確かに頷いた。



その時、シアノが馬を引いて戻ってきた。宦官の表情を見て、彼はすべてを察する。

「伝わったぞ。」
「よくできましたねそれじゃ、早く行きましょう」

カラベラフィルムがまずは馬に跨り、シアノと2人で宦官を支えながら同じ馬に乗せる。
宦官は体を大きく動かす度に顔を歪めるが、それでも懸命に耐えていた。
身体には無数の痣があり、過酷な環境に閉じ込められていたことは一目瞭然だった。

宦官を無事に馬に乗せ、シアノも自身の馬に跨る。
二人は互いに目を合わせ、静かに頷いた。

「出すぞ。」

二頭の馬が宮殿を目指し一斉に駆け出した。

宦官を救い出し、カラベラフィルムとシアノは宮殿へと馬を走らせていた。風が肌を打つ中、シアノの目に多くの人影が映る。

……?」

目を細めるが、距離があるため詳細までは分からない。
追っ手か、それともただの通行人か
気になりはするが、今はそれどころではない。

まぁ、大勢人もいるか。」

そう呟き、馬の速度を緩めることなく駆け抜ける。
やがて宮殿の裏門にたどり着くと、まだ警備は薄く容易く突破することができた。

しかし、問題はここからで、城内にはすでに多くの兵士が配備されていた。明らかに自分達、械を探している。

厄介ですね。」

シアノは眉をひそめる。
二人だけでこれだけの兵を相手にするのは時間がかかる上、こちらには戦えない宦官までいる。

カラベラフィルムはそんな状況を冷静に見据え、低く呟いた。

「守備は任せた。」

それだけ言うと、影に紛れてすぐさま移動を開始する。宦官は一切の迷いもなく、カラベラフィルムの後を追った。
”守備は”ということは”攻撃”は彼がするというのだろう。
シアノはぼそりと呟く。

そんな簡単に守備って

彼の能力が守りとして使えるのは毒ガスを多少吸っても死ぬ事がない械相手だけだ。
だが、生身の人間相手となると細かな調整が必要になる。驚いただけでもうっかり殺しかねないだろう。
この状況でうまく使えるかどうか……

「ったく……分かってるのか、分かってないのか……。」

そう言いながら、彼はカラベラフィルムと宦官を守るべく、足を進めた。

その頃、樊凌は皇太子のいる寧寿宮へと戻っていた。