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さもゆ
2024-12-10 03:42:48
82844文字
Public
吸死
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【ヒヨロナ】ロナルドと永遠のきょうだい
弟を亡くした吸血鬼に弟認定されてしまった退治人と、その周囲の話。
※自我と名前のある吸血鬼兄弟と女性がガッツリ出る。話のメインまである
※捏造過多
※ロくんの本名有
2024.9.18 たべものpixiv投稿作品
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九
人間とそうでない者の間に見えない壁でもあるようだ。
引き戸の外れた本堂の前、玉砂利の敷き詰められた敷地内では、今、三つの陣に分かれていた。ひとつはタロウと次郎の陣。もうひとつはドラルクと花子の陣。そしてその隣、歩いて十歩ほどの距離にロナルド、ヒヨシ、住職の陣がある。
歩いて十歩ほどの距離を詰めたりしないのはドラルクなりの配慮でもあった。
何せドラルクと、この寺に来るまでにヒヨシの運転する車中で出会った花子は、純血かどうかの差はあれどれっきとした吸血鬼である。吸血鬼にとって、血のにおいは何よりかぐわしい。彼女がどれほどの吸血衝動を持っているかは分からないが、少なくとも、ドラルクにはこの血を美味しく育てている自負がある。あまり近づきすぎて、無駄に腹を空かせたりはしたくない。
それにまあ、近づけやしないだろうとも思う。
地べたに座り込んだロナルドを抱き寄せ、隊服が汚れるのも構わず首の吸血痕を押さえているヒヨシには、まるで隙がない。今、人間でない者が彼らに近づけば、たちまち塵にされてしまうだろう。お兄さんのあんな目、初めて見たな、ドラルクは思う。伝説の退治人だったというのはどうやら本当の本当だったらしい。いや、ロナルドが夢を見すぎていたとしても、腕の確かな退治人だったことを疑ったりはしなかったけれど。それでも、現場の後方で指揮をしたり、部下の奇行を止めたりしていた苦労人ぶりからは、想像もつかない目つきの鋭さだ。タロウを殴ったときに切ったであろう皮のめくれた拳ですら、とても様になっている。
ロナルドによく似ている。真面目に仕事をしているときの──ロナルドは大体にしていつも真面目に仕事をしているが──気配というか気迫というか、目線の力強さだろうか、そっくりだ。いや、ロナルドがヒヨシに似たのか。やっぱり本物の兄弟だ。ロナルドは何を疑っていたのだろう? どうしようもない馬鹿たれだ。挙句、あんな年寄りに血を吸わせて──。
「ドラルクさん」
隣に立ち、次郎とタロウを真っ直ぐ見つめている花子が、そっとドラルクを呼んだ。
「はい、何でしょう」ドラルクはともすればむかっ腹の立ちそうな思考を中断して、微笑んで答えた。相手は90歳の年若いお嬢さんだ、穏やかでいなければ紳士の名が折れる。(以下、車中での会話。『やあこんばんは、美しいお嬢さん。これがただのドライブでなくて、とても残念ですよ』『まあ、お嬢さんだなんて。あたしもう九十歳になりますわ』『では正真正銘、お嬢さんですよ。私は二百歳ですので』『まあ!』『
……
おい、人の車ン中で口説くなよドラルク』『は、花子。こっち来なさい』)
「車の中でのお話、本当なのですね」
花子の問いに、ドラルクは首を傾げて答えた。
「ええ、もちろん。あー、サバを読まずに答えれば二百八歳ですが」
「え? ええ、ああ、」花子はきょとんとしたのち、ふふっと吹き出した。「いえ、そうではなく。それを言うなら、あたしもまだ八十九なんです」
「おや、どちらにせよお嬢さんに変わりはありませんよ。誕生日は二つ?」
「いえ、一つ。転化した日を、あたしの今生の誕生日としました。人間だったころの数と合わせて、ちょうど来週、九十歳になります」
「それは祝いませんとな」
「祝えたら、いいのですけれども。ドラルクさん、車の中でおっしゃったでしょう。あたしの父に
……
」
「ああ、」
花子の言わんとしていることを正しく察し、ドラルクは頷く。「あなたのお父上は、ほとんど人間です。私のような、まあ、ちょっとばかし血の濃い吸血鬼なら一目でそうと分かる。もちろん、あの兄上様にも分かるでしょうな」
ここに来るまでの車中会話を思い出す。
ロナルドの事務所でヒヨシに電話をかけたあと、ヒヨシはすぐに次郎と花子を車に乗せてドラルクを連れ去った。法定速度をガン無視したスピードとテクニックにほぼ砂になりながら、寺までの案内がてら、お互いの情報を交換し合った。ヒヨシは、花子から依頼され、父である次郎の探し人を探している。次郎の探し人は、かつて自分を吸血鬼にした赤い目の鬼で、その赤い目の鬼はドラルクとロナルドの知っている場所にいる。そして、事務所のパソコンの仕事メールを調べたところ、ロナルドは今、赤い目の鬼のところにいて、きっと弟にされようとしている──。
双方の辻褄を合わせたあと、ドラルクは『ところで』と後部座席に青白い顔をして座っている次郎に言ったのだった。『あなたはあのおとぎ話に出てくる鬼の弟君だとして。どうしてそんなに力が薄いのですか? まさかその状態で、五百年も生きて?』
タロウの返事は曖昧な微笑みだけだった。隣に座る花子は強張った顔をし、運転席のヒヨシも苦い顔を浮かべた。それでドラルクはなるほどと思ってそれ以上は突っ込まなかったのだが。
「あたし、
……
あのひとを探していた一番の理由があるんです」
吸血鬼は人間より耳がいい。ドラルクにしか聞こえない声量で、花子が打ち明けた。
「父は、決してあたしには言わなかったけれど。でも一緒に暮らしていたら、何となく分かるでしょう。ああ、このひとは本当に、弱っているんだなって
……
」
「ええ」
「年々、日に日に、夜毎、父の命の灯が短くなっているような気がして
……
。やはり、そうだったんですね。あたしを吸血鬼にしたときに、きっと、ほとんどくれてしまったんだわ」
囁き声に涙が混じる。
「自己犠牲が過ぎるひとなの、あのひと。あたしを拾ったときだってそう。あの戦争は酷くて、人間も、吸血鬼も、みんな困っていて、なのにあのひとはあたしに手を差し伸べてくれた。あたしを生かしてくれた。それだけじゃない、育て、守り、あたしがどちらでも生きていけるよう、学を施してくだすったんです。あたしにとっては、もうずっと、父であり、恩人なんです。だから
……
」
「
……
だから?」
「もう一度、父を
……
」
花子はそれきり口を閉じ、自分の父親と、伯父にあたる吸血鬼の様子を見守った。ドラルクも二人へと視線を戻し、耳をそばだてた。十歩先では、ロナルドがヒヨシから説明を受けている声が聞こえる。ドラルクの腕の中でジョンも耳を小さく動かしている。吸血鬼は、耳がいい。
さて。
タイミングが重要だ。
「
……
俺のこと、
……
覚えてる?」
「
……
ゆ」
「待って。今は、次郎って名乗ってる。
……
弟だから、次郎にした。分かりやすくて、いいだろ」
「死んだんじゃなかったのか」
「し、
……
死んでた。二百年ぐらい。酷い姿だったんだけど、親切な吸血鬼の方たちが面倒見てくれて、」
「どうやって」
「ええと、」
「だって、嘘だ。俺が駆けつけたときには、だってお前、村のやつらから聞き出したんだ。磔にされて、槍で刺されて、燃やされて、陽が昇るまで! 塵の一粒でも残ってやしないか俺はちゃんと見た! けど、雨で全部──」
「陽を浴びたときに、全部崩れなかったんだ。俺の体が弱かったから、兄さん、俺を完全には転化させなかったでしょう。だから、まあその、ヘドロみたいになっちゃってさ。自力で影まで逃げたら、偶然通りがかった吸血鬼に助けられて、そのまま二百年
……
」
「俺は
……
お前が、死んだかと思って、」
「兄さん」
「
……
お前は半端者だったから、輪廻転生もあるかと思って、ずっと、」
「兄さん
……
」
「生まれ変わりを、探してた。それが、嘘だろ。おい。もっと顔を、よく見せろ」
「嫌だよ。あなたの記憶にある僕とは、何もかもが違うでしょう」
「そんなことねえ」
「
……
俺のこと、分かるの」
「当たり前だろ。この髪の色、目の色、におい、俺の弟じゃなけりゃ、何だってんだよ。大きくなったな。本当に、大きくなった
……
」
「
……
兄さんはあのころと変わらないね」
「俺のことも、ちゃんと覚えているのか?」
「忘れるわけない」
「本当に? 俺の名前は?」
「呼ぶわけないだろ」
「ああ、」
「周りにひとがいるのに。知れ渡ったら、駄目だろ。昔みたいに山に二人きりとかなら、二回までなら全力で呼ぶよ」
「ああ、お前、本当に
……
。生きてて、良かった。お前が生きていてくれて、本当に
……
」
「
……
うん。僕も、あなたが生きていてくれて、良かった」
「苦労したんだろう。二百年死にかけてた? その間に助けてくれた吸血鬼ってのはちゃんと、いや、それよりもまず、だからか? そんなに弱々しくなったのは」
「
……
分かる?」
「ったりめーだろ。俺が噛んだんだぞ、お前を見りゃ医者より分かるわ。何でそんな、」
「
……
あのさ。娘が、できたんだ」
「は」
「あっ待って結婚はしてない、」
「は?」
「ちがっ待って誤解だ、そうじゃなくて! 兄さんと一緒のことを、した」
「一緒のことって」
「転化。
……
あそこにいる女の子、見えるだろ。花子って言うんだ。この前の戦争のときに、出会って、
……
僕が親代わりになった。上手く、守って育てた自信はないんだけど
……
でも吸血鬼としての素質はあって、僕なんかよりずっと、逞しく生きてくれている」
「待て。待て待て待て。おまっ
……
ああ? この前の戦争? お前ったらどうしていつもいつも自分のことは後回しにして他人助けてばっかなんだ、お前っ
……
はー
……
ああ
……
分かったよ、そうだよな、お前ったらそういうやつだよ。俺とは違う
……
」
「
……
ごめん」
「いや、変わってなくて安心した。そんで?」
「ええと、それで、
……
分かるだろ? あの戦は酷くて、その時は大丈夫でも、後遺症が
……
」
「だからお前の、俺の力を全部やったって?」
「全部じゃないよっ、まだっ
……
あー、いや、まあ、ウン。そんな感じ」
「はあ。分かった。おい。首を出せ」
「兄さん」
「また噛んでやるから。元より、そのつもりだったしな。はは、五百年越しだとはさすがに思わなんだが
……
。今度はもっと加減する。俺の力はお前に毒だろうが、薬にもなるはずだ。このまま死なせはしねえ」
「
……
兄さん」
「ん?」
「僕は、もう、いい」
「あ?」
「あなたに、会うつもりも、本当はなかったんだ。会いたかった。会いたかったけど、僕にその資格はないと思って
……
いいや違うな。僕は兄さんに罪悪感があって、それでもうずっと、あなたを探そうともしなかった。あなたに会うのが怖かった」
「ゆ
……
どういうことだ」
「僕のせいで、あなたにたくさんの人を殺させてしまった」
「
……
」
「あの時、あなたの名前を
……
呼ばなかったのは、自分の意思だ。呼んだら、三度唱えたら来てくれるって、信じてた。けどもし呼べば──あなたは悪い鬼になってしまう。あなた自身がそれを望んでいないのは、一緒に過ごした日々でよく分かってたから。だから、呼ばなかった」
「
……
お前、それで、黙って人間になぶられたのか
……
」
「怖かったよ。二百年経ってしばらくしても、人間のことが怖くて、自分だって人間だったくせにさ。けど、やっぱりいい人もいるんだ。花子もそう、あそこにいる吸対のヒヨシさんだってそう。ここまで、僕を辿りつかせてくれた。あなたも、いい人には出会ってるんじゃない?」
「ああ。
……
うっかり者が多いが」
「
……
人間を、あなたに殺させてしまったことを、僕はずっと悔いてる。僕が名前を呼んでいたら
……
いや、結果は同じだ。きっと。だっておれ、あなたに大事にされてた自覚があるもの」
「うん。一番大事な人間で、弟で、子どもだよ」
「だからおれ、もう
……
これを最後にする。あなたに大事にしてもらってたのに、おれはあなたに、何も
……
これ以上生きていくつもりはありません。兄さん、どうかおれのことなんか忘れてください。あなたに、人を殺させてしまった愚弟のことなんか
……
」
「殺していないが?」
今だ、とドラルクは思った。
思いのほか声を張り上げすぎて喉が少し崩れる。ここに来る前、起き抜けに母ミラから送られてきた情報のひとつを口にすると、離れたところにいた吸血鬼兄弟が、こちらを振り返った。
何かあった時にすぐに飛び出して行ける距離で見守っていたロナルドたちも、会話の内容は耳に入っていただろう。全員、驚いた顔をしてドラルクを見つめた。隣の花子がハッとしてドラルクを見上げる。ドラルクは涙と鼻水に濡れた花子にハンカチを差し出してやりながら、「殺してませんよ」正しい位置に戻った喉でこの場にいる全員に向けてハッキリと告げた。
「あなた方の親、兄、伯父であるそこの吸血鬼は、五百年前、誰も殺してなどおりません」
「な、」
タロウが真っ先に動き出し、一歩ドラルクへとにじり寄った。「なぜお前がそれを知っている」
光る赤い目を向けられたドラルクは、口端を上げて「お忘れですか? うちの母は頗る優秀な弁護士なんですよ」と返す。元から高い鼻をもっと高くして、ニヤリと笑った。
「どれだけ優秀かって? 弁護の難しい
おとぎ話裁判
・・・・・・
のうちのひとつ、『赤い目の鬼』の当鬼の冤罪を晴らし、無罪放免を勝ち得たほど。誰よりあなたはご存知のはず」
「約束が違ェ! 他言無用のはずだろ! あの
女
アマ
……
!」
「おっと。私の母への中傷は止めていただきたい。感謝こそされど、恨まれる筋合いはありませんな。おかげで、兄弟の誤解が晴れるのだから」
「ッ、けど俺は
……
!」
「弟さんは生きていた。なら、偽りのおとぎ話はもう必要ないはずだ」
「に、兄さん! 兄さん、どういうことっ? 殺してないって、」次郎がタロウに縋りつき、咳き込みながら言う。「だっ、だって、百五十一人、あなたが殺して回ったって! そう聞かされたんだ!」
「誰からですか?」
「え? それは、俺を保護してくれた吸血鬼たちや、あの村の近隣から、風の、噂、とかで
……
現に、おとぎ話にだってなって
……
」
「それは全てね、あなたのお兄様が流したデマですよ」
「オイ、」
「
…………
どうして、どうしてそんなこと」
薄青い瞳に、水で溶かした赤色が滲むのを、間近で捉えたタロウは、ぐ、と喉の奥を詰まらせた。低い声が言う。「恐ろしい話に仕立て上げれば、俺の名前を、呼ぼうって輩はいなくなる。誰も知りたがらないように、誰も辿り着かないように、
……
お前さえ俺の名前を知っていてくれていれば、それだけで良かったんだ。だから
……
」
「で、でも、」ぐすっ、げほっ、ごほっ、鼻水の混じる咳を零す背中を、寄り添ったタロウに撫でられながら、次郎は「村のひとたちは、死んだって。二百年、療養しているときに、聞いたんだ。全員、村ごと、無くなってたって
……
」と震えた声を発した。
タロウは観念したように息を吐くと、弟の丸まった背中に頬をつけ、懐かしむように瞼を閉じた。
「あのとき、日照りが続いてたよな。ひどい飢饉だった。村の輩は山に住む俺たちを捕まえようとした。なァ、あのころはさ、災いってのは大体、俺みたいなもんのせいにされてさ
……
なのに捕まったのはお前だった。俺がもっと
……
」
「ううん、ううん。ちがう。おれが迂闊だったから」
「
……
村人たちは雨乞いをした。お前を儀式の贄にして。ああ、思い返すだけで腸が煮えくり返る」
「兄さん」
「
……
でも、殺さなかったよ。一人も。だって。だってよ、お前は俺の名前を呼ばなかったんだ。俺は“鬼”じゃないと、お前が言ったんだ。お前が信じてくれた。お前の信じてくれた俺を、俺が裏切れるわけがない」
「
……
にいさん」
「
……
雨は降った。お前の塵を流し、全部無かったみたいに。七日七晩、振り続けた。干上がっていた川は溢れ、固まっていた地盤は緩み、木は倒れた。
……
村は消えて、全員死んだ。
自然災害
・・・・
だ。俺は願ったが、それだけだ。
……
何もしてねえ」
「そんな」
次郎はそれきり絶句し、言葉を紡げないようだった。少しの間を置いて、ドラルクは口を開いた。
「お兄さんはしばらくは、嘘のおとぎ話をでっち上げ、比較的静かに生きていたようですが。しかし今から三百年ほど前、このお寺の当時のご住職と出会った」
ロナルドとヒヨシのそばで銀の卒塔婆を手にした現住職がおもむろに頷く。「
……
随分昔の凶悪な吸血鬼を、うちで見張ることになった、と。うちでは知らされております」
「そうでしょう。当時のご住職は、立派な退治人だったようですな。“赤い目の鬼”を探し出し、必ず退治するのを使命としていたようです」
「しつこかったよ」タロウが笑って言った。「負けず嫌いでね。ひとの話もあんまし聞きゃしねえし。けど辛抱強く向き合ってみるうちに、あいつの探す“赤い目の鬼”が俺じゃねえことが分かった。赤い目の鬼が出てくるおとぎ話なんざ、日本どころかこの世にたくさんある。あいつはうっかり、俺だと錯覚しちまったわけだ」
「そしてあなたは裁判を起こした。私の母に頼んで」
「だってしゃーねーだろ。あいつひとの話聞かねえんだもん。俺も全くの謂われなき罪で滅されるのは嫌だったんでね。
……
アンタの母親、凄かったよ。どっから仕入れたんだか、坊さんの勘違いを正してくれるどころか、頼んでもねえのに俺の作ったおとぎ話も偽りだと証明しやがった。まあ、俺が悪い鬼じゃないと示すには、それしかなかったんだろうが
……
」
「あなたは母に頼んだそうですね。“おとぎ話はそのままにしてくれ”と」
「ああ。もちろん、坊さんにもな。子々孫々の代に至るまで、俺の秘密は隠し通すように言った」
「
……
では、お前を見張るように言われてきたのは?」
住職が訊くと、タロウは眉を困ったふうに下げた。
「あー。五百年前の村人殺しは冤罪でもな、それよりもっと前、俺ァ能力の暴走で色々やらかしちまってるんだ。最近だと
……
この前の大戦の時もそう。人間相手の小競り合いもちょくちょく起こしてる。昔っから、その点は有罪なんだよ。見張りをつけたのは正しい。
……
まあお前は、甘ちゃんだったわけだが」
「黙れ。お前、
……
私にあのまま殺させるつもりだったのか。真実を、教えもしないで」
「そうだよ。まあ、本当に茶番になっちまったわけだが
……
悪かったな」
「黙れ後で殴る」
住職は般若もかくやという面で吸血鬼を睨んだ後、目頭を押さえ沈黙した。傍らのロナルドが、ようやく、ほ、と安堵の息を吐くのをドラルクは見逃さなかったし、ヒヨシは直で感じ取ったことだろう。一体どこまでお人好しなのだろう。最初から現場にいなかったドラルクでさえ、ロナルドが住職とタロウのために気を揉んでいたことは容易く想像できてしまう。他人様のためにどこまで体を張り、心を削るつもりなのか。それに際限がないのでは、と思うと、永遠を生きるドラルクはゾッとしてしまう。
「あらかたの誤解は解けましたな」ドラルクは言い、花子を促すために一歩退いた。「あとは吸血鬼同士でお話なさい。何かあったら、ここには退治人も警察も僧侶もいる。何とでもなりますよ。それに、弁護士や、チートを呼んだっていい。どうぞ存分に、家族水入らずで」
そうしてドラルクはロナルドたちのもとへと歩き出した。
腕の中のジョンが心配してロナルドへと飛びつく。後ろでは、花子が二人に駆け寄っていく足音がじゃりじゃりと響いた。そしてもちろん、会話も──。
「お初にお目にかかります。あたしくし、次郎の娘、山田花子と申します」
「あ、ああ。利発そうな娘さんだな」
「花子
……
」
「昭和二十八年、あたくしが十九のころでございます。あたしは次郎に噛んでもらい、吸血鬼となりました。聞けば、この力、あなたの──伯父様のものだと言うじゃありませんか」
「ああ。確かに。きみの中に流れる吸血鬼の毒は、俺から、こいつに
……
弟にやったもんだ」
「父は、次郎は、
……
あなたの弟は、あたしの命の恩人です。あの皆が苦しんでいた戦火の中、あたしを拾い、育て上げてくださいました。あたしだけではありません。このひとは、人間も吸血鬼も関係なく、困っている者をなるべく助けようと働きかけてくださいました」
「花子、」
「あたしは父を誇りに思います」
「ああ。
……
俺もだ」
「そこで、折り入ってお頼みしたいことがあるのです」
「何だい。
……
初めての姪の頼みだ、俺にできることなら、何でもしてやる」
「あたしの父はもう長くありません」
「花子」
「本来なら、父から譲り受けたこの命、父へとお返しすべきなのでしょうが、」
「花子!」
「
……
そのようなことをすれば、父はきっと、自らを責め、堪え難い辛苦に苛まれることでしょう。あたしはそんなこと、とても望めません」
「ああ。そうだろうな
……
」
「ですので、どうか。伯父様。もう一度父を、このひとを、助けてください。お願いです。このひとをもう一度、あなたの子に、弟に、吸血鬼にしてあげてください。あたくしはもう、充分と言っていいほどこのひとの時間をいただきました。
……
いい加減、親離れをする時にございます」
「花子、なに
……
」
「父は長い間、あなたを思って生きて参りました。届かない手紙を書き続け、遠い目をする。あなたを慕い、焦がれておりました。ご兄弟の縁が再び繋がったこの機会を、あたしはみすみす逃しません。たとえ父がもだもだと拒んでも、あたしは恨まれても構いません、必ずあなたに父を噛んで欲しいのです。このひとをこのまま、死なせたくはない」
「は、花子!」
「ふ、
……
ふふっ、はっは! いいね娘さん、いや花子。芯が強く、ともすれば頑固者、いい娘だ! 俺の名前を教えてやってもいいぐらいだぜ」
「いりません。今は令和ですのよ、助けてもらうなら警察を呼びますわ」
「はははは! いいね。あんたと家族になれて、こいつは幸せだろうよ」
「では、」
「けど、俺は生憎と、そこまで悪い鬼じゃないんでね。本人の合意がなけりゃ、決して噛みはしねえんだ」
「
……
父さん」
「で、
……
でも、けど、そんな。待ってよ。色々、起こり過ぎて、おれ
……
」
「
……
もうお前は俺の弟じゃない?」
「ちがう!
……
違うよ、だって、だってさ。おれ、歳をとった。あなたは変わらないのに、
……
あなたこそ、嫌なんじゃないのか。こんな勘違いしたまま、あなたに辛い思いをさせて、こんな弟、嫌じゃ
……
」
「お前が、いいんだろ。お前じゃなきゃ駄目だ。お前は嫌なのか?」
「兄さんが、いいなら。催眠でも、変身でも、頑張って身に着けて、昔の姿に戻れるようにしたっていい。おれは、そう思うぐらい、またあなたと
……
本当はずっと、兄弟で、いたい」
「俺もだよ。
……
いいな?」
「ああ、
……
ああ。お願い、兄さん。鬼さん。もう一度俺を、あなたの弟に
……
吸血鬼に、して」
「招いたのはお前だぞ。後悔はないな」
「
……
その確認、前もされた。一度受け入れただけじゃ、足りないの? 来世の分もいる?」
「充分だ」
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