さもゆ
2024-12-10 03:42:48
82844文字
Public 吸死
 

【ヒヨロナ】ロナルドと永遠のきょうだい

弟を亡くした吸血鬼に弟認定されてしまった退治人と、その周囲の話。
※自我と名前のある吸血鬼兄弟と女性がガッツリ出る。話のメインまである
※捏造過多
※ロくんの本名有

2024.9.18 たべものpixiv投稿作品


 馬鹿じゃないの!
 
 今が何時代か知らないの? 昭和よ昭和! いつまで伊勢神宮に徒歩で参る時代に取り残されているつもりなの? 火事が起きたら家を破壊して回るの? ちょんまげ切腹百姓一揆米騒動ゼンブぜーんぶまだ続いてると思ってるの? あたしを拾った時代を言ってみなさいよ! 飛行機を見たでしょう? 郵便を知っているでしょう? ラジオを聞いたでしょう!?

 時代は進化しているのよ。
 
 だから絶対、絶対に。
 見つけ出してあげる、このあたしが!




 二



 山田花子。
 それが四十九年連続で行方不明届を出している女吸血鬼の名前だった。
 新横浜の郊外に住んでおり、夜間高校の教師をしている、経歴のハッキリとした人間側の ・・・・吸血鬼だ。

 ヒヨシが連絡を取った際、電話口で聞こえた声は少女のようにも少年のようにも感じた。
 行方不明届について直接訊ねたいことがある旨を伝えると、学校が休みの日ならと丁寧な物言いで了承をくれ、吸血鬼対策課までご足労いただくこととなった。
 ヒヨシがその山田花子と対面したとき、まず思ったのが、若いな、だった。見た目はおよそ十代後半から二十代前半に見える。妹と同じ大学生だと言われても、信じてしまうだろう。
 そして黒い髪に黒い瞳、健康的な肌色はただの人間に見えた。尖った耳と、口を開いたときに見える牙がなければ、吸血鬼だとは思えない容姿の女性だった。対策課の相談室のひとつに通された彼女と儀礼的な挨拶を交わしたのち、「それで、あたしに訊きたいことと言うのは」と電話口の声よりは幾分か低く彼女は言った。「一体何でしょう。届出に不備でもあったんでしょうか」
 不備だらけでしたよ、とはヒヨシは言わなかった。テーブルの上で無害な手を重ね、ヒヨシは「紙面だけでは分からないことがありまして」と人好きのする笑みで口にした。「まずお訊ねしたいんじゃが、なぜ全国で届出を?」
「その方が見つかりやすいかと思ったんです。普通は、管轄内でしか駄目なんでしょうけど……
「吸血鬼にそのルールは適用されませんからな。行方不明になった場所では、見つからなかったということですか」
「はい」
「一番最初は広島で出しているでしょう。行方不明になったのは、広島で?」
「いいえ、」彼女は曖昧に笑い、「……いえ、そうです」と数度頷いた。「そうです。広島です」
「四十九年前に?」
「いいえ。もっと前に行方が知れなくなりました」
「そのひとはお嬢さんの身内の方ですか?」
「お嬢さん?」
 彼女は目を丸くし、ヒヨシに首を振って言った。「お嬢さんだなんて。あたしこれでも、もうすぐ九十歳のおばあちゃんなのよ」
 人間社会で長く生きてきた吸血鬼らしい発言に、ヒヨシは笑って返した。「失礼になったのなら申し訳ない。レディと呼ぶには、自分の気性があんまり日本人なもんで」
 山田花子はそこでようやく、椅子の背もたれに少し体を預け、警察署内に足を踏み入れてからの緊張を僅かに解いたようだった。「……全然、失礼じゃありませんわ。ただあたしより若く見えるあなたに言われたら、変な感じがして」
「いやあ、僕はこれでも三十路のおっさんじゃよ」
「えっ本当に? ……生徒たちより少し上くらいかと思った……
「まあ、青二才っちゅー意味として受け取っときますよ。行方不明者ひとり見つけることもできない」
「いえそんな」
「お嬢さん。見つけたい気持ちはおんなじですよ。そのためには、もっと情報が欲しい」
「はい」
「あなたが探しているこの吸血鬼の名前は?」
「知りません」
 彼女はハッキリと言った。言い慣れた言い方だった。
「では、あなたとの間柄は? 一体誰を探しているんです?」
「そのひとは、」ヒヨシの目を真っ直ぐ見つめて言う。「あたしの、父です。名前も、顔も、経歴も、よく知りません。昭和二十年、夏のことです。まだ赤ん坊だったあたしと、それきり。会ったこともないし、見たこともない。だけどこれだけは知っているんです。彼を見つける手立ては、三回唱えることだけ」
……唱える? 何を?」
 彼女は言った。
「名前です。誰も知らない」


 
 山田花子は嘘を吐いている。
 それがヒヨシの見解だった。
 しかも、悪意のない嘘、または本人も気づいていない嘘だ。
 話を聞きながら、ヒヨシはじっと花子を観察していたが、とても悪戯や享楽で行方不明届をでっち上げているとは思えなかった。それが吸血鬼の能力と言えばそれまでだが、決定的だったのは、帰り際「やはり真面に取り合っては貰えませんよね」と彼女から言われたときだ。
 その時の彼女の顔ときたら、悲嘆に暮れるでもなく、諦めて笑うでもなく、ただただ真っ直ぐ、ヒヨシの目を見つめ、その黒い瞳に血の揺らめきを宿していた。
 これは決意に満ちた目だ。彼女は本気で、“誰も名前を知らず”“姿を見たこともない”“自分の父親”を探そうとしている。
 そりゃ全ての都道府県で届出を出すはずだ。そしておそらく、それを正面から仕事として扱う者は、少なかっただろう。データとしては残しておいても、人間の短く忙しない時間を使ってまで、雲のような行方不明者を探しはしないに違いない。彼女はそれを分かっている。分かっているから、ヒヨシの目をこんなに強い信念を持って見ている。“あたしは探すのを決して諦めません”
……真面な奴は確かに取り合わんじゃろうな」
 ヒヨシはその視線を受け止め、返しながら、言った。「新横浜には真面な奴の方が少ない。お嬢さん、この町を選んで正解じゃな」 
「え……
「この吸血鬼対策課に真面な奴は一人もおらん! だから昼夜を尽くして探してみましょう、花子さんの父親。また連絡をしても?」
 花子は目を大きく見開いたのち、牙が覗く笑みを浮かべた。純粋無垢な涙を滲ませ、「よろしくお願いいたします」と頭を深く下げたのは、やっぱりどうしたって人間社会に深く関わってきた者の仕草だった。彼女は嘘を吐いているが、それは悪ではない。守るべき市民のひとり。ヒヨシはそう判断を下し、そして彼女を帰したあと、頭を抱えた。

 完成図のないパズルを組み立てなければならない。 
 ピースは渡されたが、そのピースですら形があやふやだ。
 情報が欲しくて彼女と会ったものの、彼女の存在自体も、怪しい。

 まず、彼女には血の繋がりのある父親がいる。
 これは役所にも確認を取ったので間違いない。山田花子は、山田次郎という血を分けたたった一人の血族がいる。これは文字通りの意味だ。かつて山田次郎というひとりの吸血鬼が終戦直後に拾った子どもを育て、終戦後しばらくの昭和二十八年、その子どもを転化させそして正式に娘とした。それが山田花子だ。当時の彼女は十九歳。
 つまり何が言いたいかというと、昭和二十二年の夏、彼女は赤ん坊ではなかったし、彼女の人間の父親は母親諸共戦死しているというれっきとした記録があるため、どちらの父親にしろ、名前も顔も経歴も知らないということは有り得ない。
 
 公的機関が調べれば出てくる情報に対して、嘘を吐く必要は?

 こうなると一番怪しく感じるのが、彼女の育ての親と言っても過言ではない吸血鬼の山田次郎という存在だ。住民票という制度ができる昭和二十七年以前の所在は知れないが、以降はずっと、娘の花子とともにどこかしらに住民登録をできるだけの人間性 ・・・はある。そしてもちろん社会性もだ。彼は大学の教師としてきちんと働いている。
 およそ吸血鬼として真面目に人間社会に溶け込み、元人間の娘を悪道に堕とすことなく育て、この四十九年間で娘と共に各都道府県に越しているにも関わらず、彼は、この件に一切関与していない。
 そこが引っ掛かる。
 山田花子は、父の次郎に隠して行方不明届を出し続けているのだろうか。それとも、知った上で? ならば山田次郎に話を聞くのが一番手っ取り早い気がしてくる。しかし、もしこのことを知らないのであれば、踏み込み過ぎだ、ヒヨシに複雑な家庭環境を暴く権利はない。

 とは言っても仕事ではある。
 ヒヨシは頭を抱えながら、通常の吸対業務をこなしつつ、この謎の行方不明届の吸血鬼を探す手筈を整えていった。
 
 

 


「──では皆さんは、戦時中、日本の吸血鬼がどのように暮らしていたかご存知でしょうか。次回はそこから話ていきましょう、チャイムももうすぐ鳴るので、今日はここまでにします。お疲れさまでした。前回のレポートを持ってきた方は、出してから帰ってくださいね」
 計算し尽くされた講義だ。
 山田次郎がそう締めくくり、生徒たちが各々立ち上がったタイミングで、終業ベルが鳴り響く。授業は長引くことも、生徒が途中退出することもなく、こうしてスムーズに終えられた。
 ヒヨシは始めから最後まで次郎の講義を聞いていたが、現役学生の妹や退治人の弟にも受けさせたいくらい、興味を惹かれる内容と話術だった。感心している場合ではない。ここは神奈川県某大学の講義室。ヒヨシは山田次郎と接触を図るためにここへ来ている。
 次の授業がないのか数人の生徒は教室内に残っているが、教壇に向かう生徒がいなくなったタイミングで、ヒヨシは一番後ろの席から最前の教壇へと向かった。
 提出されたレポートを纏めていた次郎は、ヒヨシに気がつくと、ヒヨシの何も持っていない手に視線をやって眉を下げた。「すみません、出席表は授業の初めに書いてもらっているんです。一回生かな? 僕の授業は全部そうしているので、次からは……
「あー、いや」
 ヒヨシは気まずく思いながらやんわりと遮った。「電話した、神奈川県警吸血鬼対策課のヒヨシという者です。お仕事終わりに申し訳ないんじゃが、さっそくお話を伺いたくて」
「えっ」
 山田次郎は目を丸くした。
 講義をする様は髪色も相俟って初老の男に見えたが、いま慌ててはにかむ様はヒヨシと同じ三十代ぐらいの男に見えた。遠目からでも吸血鬼にしては色素が薄いと思っていたが、目の前まで来ると顔色は雪より白く、髪も白髪ではなく金色に近い色だと分かる。ヒヨシの頭より上にある瞳の色は、これもまた、明るい青灰色をしていて、何というか、吸血鬼のよくあるイメージからはかけ離れていた。転化したからといって、娘も似るとはならないらしい。当然、花子とは見た目に似ている部分はなかった。
「す、すみません。てっきり生徒かと思って、失礼なことを」デジャブ。目に見えないところは花子によく似ているのかもしれない。いや、花子が彼に似たのだ。「あの、僕は、山田次郎と申します。本当にすみません」
「いえいえ、お気になさらず。目立っちゃいかんと思って若者みたいな恰好してきたのが原因なので」パーカーにズボン、ヒゲを付けず前髪を下ろせば自分はまだ二十歳前後に見えてしまうのか。ヒヨシは内心苦笑いをしながら、それをおくびにも出さずに言った。「どこで話しましょうか。山田さんの都合のいいところで大丈夫ですよ」



 途中あった自動販売機で缶コーヒーを二本買い、一本渡すと、次郎は恐縮しきって「す、すみません。お気遣いいただいて。どうぞ座ってください」と言うのでヒヨシは逆効果だったかと思いつつ「お時間を頂くので、これくらいは」と軽く言って椅子についた。
 次郎の受け持つコマは本人の特性上夜しか開けず、先ほどの授業でもちらほらと吸血鬼の生徒がいたが、この大学自体は、人間寄りに作られている。それ故先ほどの一コマが全学科の中でも最後であり、それが終わると教室が閉じられていくらしい。
 次郎に案内された部屋は、彼がよく使う資料室のひとつで、整頓された本棚と、テーブルがひとつと椅子をふたつ置いただけの手狭くシンプルな部屋だった。頭上の電球がちかちかと明るさを保っているが、おそらく遮光カーテンである布を引き、窓からの明かりも取り入れたあと、彼は向かいに座ってヒヨシを窺うように見つめた。
「それであの、電話でも聞きましたが。うちの花子が何か……
「まず、お宅のお嬢さんが行方不明届を出していることは、ご存知でしょうか」
 ヒヨシは単刀直入に訊いた。

 結局、この山田親子の身辺を隊の部下にも命じて調べたりもしたが、あまり実りもなく、本人に直接訊きに行くのが一番手っ取り早いという結論に落ち着いてしまった。
 部下が行くとも言ってくれたが、本来、この仕事の優先順位は町の平和や調整に比べれば随分と低いものだ。それをほぼヒヨシの好奇心で優先してしまっているため、ほかの通常業務は部下に任せ、この件に関しては気が済むまで自分が突っ込んで行くと決めていた。

 次郎はヒヨシを真っ直ぐ見つめ、動揺することもなく、「はい」と答えた。
「存じております。何か、……進捗でも、あったんでしょうか」
 ヒヨシは多少なりとも面食らった。「ご存知で? 花子さんが、父親を捜していると?」
「はい」
「矛盾点にもお気づきで?」
「今回は、どんなふうに説明したのですか」
……」ヒヨシは注意深く次郎を観察しながら、偽りなく答えた。「行方不明届に書かれていた黒髪赤目、青い肌の吸血鬼は自分の父親だと。昭和二十年、赤ん坊のころに別れ、姿も、経歴も、名前も知らないと言っていました」
「そうですか」
 次郎は一度顔を伏せ、肩を震わせるようにして軽く咳き込むと、自分の弟妹よりも薄い色の瞳を再びヒヨシに向けた。どこまでも薄青い、風に色を乗せるとしたらこんな色ではないかという瞳で「何度かあなたのような親切な人が、話を聞きに来てくれたこともありました」と言った。血の一滴も滲んでいない両目は、娘の花子と違い、弱々しく、儚い印象をもたせた。「そして一度目は、彼女は自分の弟を捜していると言った。二度目は、母だと。三度目は友人、四度目は……
「毎回言うことがバラバラだということですか」
「そうです」
「なぜ?」
……花子は諦めていませんでしたか」
「はい。全く。意思の強いひとじゃ。きっと貴方の育て方が良かったんでしょう」
「いえ、僕が頼りないので、……あんなにしっかりさせてしまった。僕がとっくに諦めたことを、あの子が継いでくれているんです」
 ごほ、ごほ、先ほどより水っぽい咳を漏らし、失礼と言って次郎は取り出したハンカチで口許を覆った。そのハンカチに赤い染みが付着するのを、ヒヨシは見逃さなかった。「山田さん、アンタ……

「花子が捜しているのはね、祖父ですよ」次郎が咳を零しながら言った。「そして僕の従妹です。は、夫です。養子です。はは、ハ。刑事さん、」げほ、ゴホッ。口の周りをハンカチでは隠し切れないほど赤く染めた次郎は、「どうぞ構わないでください」と嗄れた声で言った。「花子は、諦めませんでしょうが。あの子はまだ、若いので。きっとそのうち、あと、三百年もすれば、こんな雲を掴むような真似、しなくなるでしょう」
「言えないんじゃな?」
 ヒヨシは立ち上がり、咳き込み掠れた息を吐き出している吸血鬼の背を擦りながら、ほぼ確信を持って訊いていた。次郎はか細く咳き込み続けている。
 こういう病弱じみた症状は、過去に数回見たことがある。いずれも元人間の転化者だ。吸血鬼の毒に順応できておらず、拒絶反応を起こす場合がある。瞳の色からも分かるが、次郎も元人間だ。山田親子を調べた際、次郎の転化届は出されていなかったはずだが、ということは、彼が転化したのは制度が整うもっと前だろう。彼の年齢は大正の頃より数えられていたが、所詮、人間の所持するデータじゃ本当のところは分からない。彼は一体いつ転化し、グールにもならず、半端な状態で生き続けている? 新たな疑問はひとまず後だ。
……あんたと花子さんを見て分かった。嘘を吐いとるようにはとても思えん。気が狂っとるわけでもない。ただ、言えんのじゃ。そうじゃろう」
 大人しく背を擦られている次郎は肯定も否定もせず、それすらできないのか、浅い呼吸を繰り返していた。ヒヨシは呼吸が落ち着いてきたのに合わせ、手の動きを緩めた。「俺もまだ若い。アンタ方よりうんとな。諦めるには、寿命が足りんじゃろうな」
「なに、を、言って……
「二回も神奈川県警を頼ってくれたんじゃ。ここで応えなければ、吸血鬼対策課の名が廃る。花子さんにも言ったが、昼夜を尽くして捜索しますよ、あなた方の父親、祖父、従妹、ええと、あと何じゃったっけ。まあとにかく、そのために、今後もご協力いただけると有難いんじゃが……。ただ今夜はもう、休んでください。通勤手段は? 送りましょう」
 次郎はしばらく震えた吐息を零していたが、やがて鼻を啜ると、「大丈夫です」と血のついた牙を見せて笑った。「電車で、帰れるので。ありがとう。ありがとうございます……
 感情を抑えて下手くそに笑う様は、なぜか自分の大きな弟を思い起こさせ、ヒヨシは思わず「乗り過ごさんように」と自分の何倍も生きているであろう吸血鬼に対して失礼極まりないことを言ってしまった。次郎はきょとんとしたが、またはにかんで、大丈夫ですよ、と口許の血を拭って見せた。



 完成図のないパズルのピースばかり集めてしまったが、解き方は少しずつ判明してきた。
 山田花子だけでなく、その父である次郎の代から捜しているらしい名も知らない吸血鬼。二人とも、その吸血鬼の名も姿も年齢もおよそ全ての情報を口外できていない。言うことはバラバラ、どれが本当かも分からず、そもそも、捜している吸血鬼が実在しているのかも疑わしい。
 しかしたとえばそれが吸血鬼の能力なのだとしたら、そこから完成図の輪郭ぐらいは掴めそうだった。ヒヨシは割に現実主義なところがある。雲を掴んだりはしない。これはちゃんと、解決できる問題のはずだ。
 一人では無理だ。
 ヒヨシは人間である。吸血鬼のことは、吸血鬼に訊かねばならないだろう。