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さもゆ
2024-12-10 03:42:48
82844文字
Public
吸死
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【ヒヨロナ】ロナルドと永遠のきょうだい
弟を亡くした吸血鬼に弟認定されてしまった退治人と、その周囲の話。
※自我と名前のある吸血鬼兄弟と女性がガッツリ出る。話のメインまである
※捏造過多
※ロくんの本名有
2024.9.18 たべものpixiv投稿作品
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親愛なる鬼さん
ああ、良かった、そういうふうには、書けるんだ。あなたのことを書こうとすると、言葉が規制されてしまう。もちろん、口でもね。我ながら、ここまで強力だとは思わなかった。
書き損じた紙がいっぱいあるよ。こんなふうに三行以上も書けるようになるまで、三百年はかかってしまった。
僕があなたと離れ離れになってから、実はそんなに時間が経った気がしていない。最初の二百年は、親切な吸血鬼のひとたちに助けられて、僕はほとんど眠っていたんだ。再生が追いつかなくて、芋虫やみみずみたいに生きる姿を、あなたに見られなくて本当に良かったと思っている。そこからひとの形を取り戻して、びっくり、だって年を取るんだもの。
もしあなたが生きていたら、僕に気づかないかもしれない。
でも、元々髪の毛の色が変だったのは、幸いだったな。白髪が目立たなくて済む。
鬼さん。鬼さま。
この間の大戦の折、人間の女の子を拾ったよ。
母親は、戦火にまかれて死んでいた。父親からはまだ音沙汰がないが、もし、もしこのまま、この子の父親が帰って来なかったら、僕が育てようと思っている。
考えなしに言っているわけじゃない。いや、考えなしなのかも。でもさ、だって、こんな災いみたいな状況で、手を取ってしまったんだ。あなたなら、分かるだろう。あなたなら分かってくれるはずだ。あなたは昔、僕の手を取った。それがなぜか、今ならよく分かる。
半端者の僕が、この子を上手く転化させられるかは分からない。けど、きっと大丈夫だと信じている。
僕の血に流れるあなたの力は、とても強い。僕には、毒だそうだ。だから年を取るし、体も丈夫にはならなかった。この子は、大丈夫だ。生命力があるって言うのかな、立派な吸血鬼になれる素質を持っている感覚がするんだ。もちろん、もっと大きくなってから、相談して決めるけど。もしこの子がいいと言ってくれたら、そのときは、あなたが僕にくれた力を、すべて分け与えることを許してほしい。せっかくあなたからもらったものを、この身と共に朽ちさせるのは、嫌なんだ。
あなたのことを探そうとしたこともあった。
けれど、駄目だった。
あなたの噂は聞いている。僕は、僕があのとき、名前を呼ばなかったのは、あなたを本当の鬼にさせたくなかったからだ。
あなたに酷いことをさせたくなかった。
なのに、あなたは、ぼくのせいで
……
。
これ以上書くと、またくしゃくしゃに丸めて捨ててしまいそうだ。
最後にこれだけは。
何百年経とうと、僕はあなたの名前を忘れない。
あなたの唯一だった者より
六
暦が九月に変わったからと言って未だ暑さは厳しく、たまに秋めいた風が吹く程度でまだまだ夏の名残がしぶとく居座っている。
月末と月初はどこの部隊もやることが多い。ヒヨシも例に漏れず、特に最近は行方不明者解明に時間を割き過ぎて自分の事務作業が滞っていたため、しぶとい残暑並みに数日デスクにかじりつくこととなった。その間もほかの仕事は待ってくれないため、ほとんど二週間、デスクワークが主になる。十五日目の夜、最後の紙に印鑑を押し終わり、ヒヨシはようやく、これでまた、山田親子の謎に突っ込んで行けると思った。思ってから、自分に苦笑する。自分が思っている以上に、首ったけになっている。この謎に。
部下は先に帰らせていたため、戸締りをし、外に出る。夜明けはあと一時間もすればやって来るだろう。警察敷地内の草地から、鈴虫の声が聞こえ、もうそんな時期か、と毎年思っていることを思った。しかし歳を取れば取るほど、そう思う間隔が短くなっている気がする。去年なんて、いつの間に去年になったんだ。これじゃあ定年もすぐだろう。ああほんと。定年か殉職する前に山田親子の探し人だけ見つけておきたい。
鈴虫の声が遠くなり、敷地内から出たところで、「ヒヨシさん」とちょうど頭に思い描いていた片方の声が聞こえ、ヒヨシは驚いて振り返った。
道の先、電柱からひょっこりこちらを窺っているのは、山田次郎だ。
白に近い金髪に、薄青の瞳。スーツを着ているのは仕事終わりなのか。しかし彼の定時はもっと早い時間のはずだ。
「次郎さん。どうしてこんなとこに」
「
……
こんばんは。すみません、お仕事終わりに。お疲れさまです」
「こんばんは、お疲れさまです。もしかして、待っとったんですか? 俺が出てくるのを?」
「いや、ええと、その、はい」
「ば、」ヒヨシは既のところで言葉を飲み込んだ。危ねえ。馬鹿と言うところじゃった。「俺がこのまま出てこやんくて、陽が昇りそうになったらどうするつもりだったんです。連絡してくださいよ、番号教えたでしょう?」
「その、お仕事忙しいでしょうし。電話なぞかけたらご迷惑かと思って
……
陽が昇るまでには、帰るつもりではいましたよ」
「迷惑じゃったら端から教えませんて」
デジャヴ。相手への気遣いが空回り、逆にこちらが心配してしまう事象は、昔からよく経験していた。ロナルドだ。弟も、よく優しさをおかしな方向に振り切ってはヒヨシを笑わせたり心配させたりしていた。たとえば、寒がる小さな妹にあたたかい白米を盛ったり、そう、毎年あげていたお年玉を全額返されたり──「ええと、それで俺を待っとった理由は? どこか入りますか。話しとる間にあなたが塵になったら笑えん」ヒヨシは懐かしい思い出を咳払いで打ち消し言った。
「いえ」
次郎は首を振り、言いづらそうにヒヨシへと視線をやる。「お願いがあって、来たんです。すぐに済みます」
「お願い?」
「私の
……
兄を探すのは、もう、やめていただきたいのです」
ヒヨシはぴくりと眉を痙攣させた。
今、次郎は、探し人をハッキリ兄と呼んだ。
「もう、呼べるんですか? 祖父でもない、妹でもない、自分の兄だと?」
「
……
催眠は、自分でかけたんです」けぶる白金の睫毛がそっと伏せられる。「誰にも兄のことを話せないように、名を呼べないように
……
」
ヒヨシは特には驚かなかった。
ただ、そうか、と思った。誰も名前を知らない吸血鬼。姿も分からない。知っているのは、見たことあるのは、弟である次郎だけ。
その秘密をうっかりでも他に漏らさぬよう、自分で自分に催眠をかけた。割と納得のいく話だ。
「あなたは本当は、兄を探して欲しくなかった?」
でなければ、自分にそんな催眠をかけはしないだろう。ヒヨシの確認じみた質問に、次郎はこくりと頷いた。ヒヨシはまた、そうか、やっぱりか、と思う。自分の勘は間違ってはいなかったようだ。
「しかし会いたくないわけではないんでしょう。花子さんに言わせれば、あなたはお兄さんをいつも夢見とった」
「
……
手紙を、たくさん書いたのが駄目だったんでしょうね。宛名のない、届かない手紙です。花子はそれを見て、かなり怒りましたよ。私に大切なひとがいて、そのひとのことを喋れないと気づいても、私が見つかりっこないと言っても、自分が見つけてみせる! と啖呵を切って
……
。死んだことに、しておけば、良かったんでしょうが。でも、そんなこと、」けほ、軽く咳き込む。「できなかった」
「お兄さんは生きている?」
「きっと」
「どうして探してはならんのですか?」
「
……
俺のせいなんです」けほっ、けほ、咳が続くが、次郎はそれを無理やり飲み込んで言った。「むかし、俺のせいで、兄さんに酷いことをさせた。合わせる顔がない」
「
……
そんなもんは、大体、杞憂だと思うんじゃが」ヒヨシはまたロナルドを思い出しながら言った。弟も、長いこと自分のせいでヒヨシが退治人を引退したと思い込んで、距離を取ったことがある。その距離を縮められたのは、弟の事務所に突如として住み着いた高等吸血鬼のおかげだ。ドラルクがいなければ、今も弟に泣きそうな顔しか向けられていなかったかと思うと、ゾッとする。「あなたがお兄さんを思うように、お兄さんもきっとあんたのこと思っとると
……
」
「人を殺させてしまったんです」
「なに?」
「総勢百五十一人の村人を、俺のせいで、兄に殺させました。たとえ五百年経とうと、この罪は消えない」
ヒヨシは一瞬言葉に詰まり、そうして、脳が叩き出した答えを勝手に口に出していた。「おとぎ話か。赤い目の鬼。三度名前を呼ばれたら、災いをもたらす。大切な人間を村人に襲われたが、名前を呼ばせて全員殺した。話に出てくる人間は、あんたのことか」
「そんなところまで、調べてくだすったんですね」次郎は柔らかく微笑んで見せた。しかしすぐに喉が痙攣し、か細い息を漏らす。「あなたは本当に、いい警察だ。だから、もっとほかの、困っているひとたちを助けてあげてください」声はほとんど掠れていた。
「じゃが、」
「僕たちのために、時間と、力を割いてくださったこと、感謝してもしきれません。ですがどうか、もうこれ以上は
……
」
「待ってくれ。ならこれだけ。あんた、どのくらいまでそうして生きていられる?」
ヒヨシの問いに、次郎はやはり、微笑んで答えた。
「さあ。ただ、俺に
吸血鬼
兄さん
の力はもうほとんど残っていません。火葬にするか土葬にするか、早く選ばないと。塵になるか骨になるか、死んでみないと分からないのが専らの悩みなものですから」
東の空が明るくなってきた。
次郎は無事に帰れただろうか。帰れただろう。彼はその身に訪れる死を覚悟していたが、自棄にはなっていなかった。きっと娘である花子の待つ家に、いつも通り迎え入れてもらっているだろう。
ヒヨシは静かな駅を通り過ぎ、見慣れた雑居ビルに向かうと、階段を上がり、ロナルド吸血鬼退治事務所の扉の前で立ち止まった。
ノックをしようとし、寸の間躊躇し、結局二度、叩く。事務所内の灯りは点いていなかった。
それ以上のアクションを起こそうとは思わず、ヒヨシは踵を返して帰ろうとした。しかし振り向いたところで、背後のドアが開く音がする。「
……
兄貴?」ロナルドの驚いた、けれど時間帯を気にして幾分か潜めた声も背中にかかる。「ど、どうしたの、こんな時間に。今ちょうど、兄貴に連絡しようと、」
「ヒデオ」
ヒヨシが振り向いて名前を呼ぶと、弟は目を丸くしたあと、「
……
なに、兄ちゃん」と気恥ずかしそうに相好を崩した。「い、今は隊長さんじゃないの? 仕事終わり、だよな? 何かあった? 残業? あ、半田に暴れられたとか?」
「いや
……
」廊下に出てきたロナルドの前まで歩み寄り、その出で立ちがパジャマ姿なことに少し申し訳なくなったが、じっと自分より高い位置にある垂れた瞳を見つめ上げた。「おみゃあの顔が見たくなってな。すまん、連絡もなしに」
「み゜、」
ロナルドの頬に一瞬にして赤が捌ける。「ど、な、も、もっと見る? 兄貴になら首ごと貸せる気がするぜっ」
「気がするだけじゃ。やめれ。けど、そうじゃな、もっと屈めるか」
「うんっ」
素直に膝と腰を屈めた大きな弟の太いうなじに手を回し、癖毛頭を自分の肩にもたれさせる。髪からは使ったことのないシャンプーの香りがほのかに漂い、ヒヨシはふー、と溜め息に似た吐息を零した。安堵だった。弟は健康的に生きている。
「
……
兄貴?」
おろおろと彷徨っていた両手が、ヒヨシの溜め息を聞き届けるとそっと背中に回された。「
……
疲れちゃった?」
「ああ。ちょこっとだけ。よく分かったな」
「
……
だって、昔も兄貴、こうだったもん。俺とヒマリが小さい時だけだったけど
……
」
「そうじゃったっけ?」
「そうだったよ。疲れたーって言いながら、俺たちを一回ぎゅってしたら、こっちがぎゅってする前にはもう次の仕事行っちゃうんだもん。だから俺とヒマリがぎゅってできるころには、兄ちゃん玄関で寝てた」
「マジか。あー、そうじゃったような気もする。
……
もしかして一時期おみゃーらが玄関に手作りのテント張っとったのって、あれか、俺のためか」
「
……
布団を玄関に敷くのは怒られるかなって思って」
「あー
……
」
お気に入りのタオルケットと、段ボールと、あとお菓子。テントと呼ぶのも心許ない、玄関に作られた簡易的な寝床を思い出し、ヒヨシはロナルドの癖っ毛に頬を擦りつけた。「おっきくなったなあ、おまえ
……
」
「
……
そりゃ、もう、子どもじゃないし」
「つい最近まで小学生じゃったのになあ。俺も歳を取るわけじゃ」
「兄貴はいくつになっても変わらずカッコいいよ」
「そうか?」
「そうだよ」
「そうか」
なら、やはりここで引き下がるわけには行かないんだろう。
ヒヨシは強くそう思い、ついでに「おみゃあ、もし慕っとる兄貴がひとを殺したらどうする」と問いかけた。ロナルドは突飛な質問にびくりと身を震わせたが、ぎゅ、と抱きしめる腕に力をこめ、「とりあえず、そいつが本当の兄貴かどうか確かめる」と答えた。
「確かめて、それで?」
「もし本当の兄貴じゃなかったら、ぶん殴って捕まえる」
「ほう。本当の俺じゃったら?」
「
……
殴る。殴って、捕まえる」
「その後おまえはどうする?」
「たぶんグレる」
「そうか」ヒヨシは思わず笑ってしまう。予想通りだったからだ。
「兄貴」ロナルドは不貞腐れた声を出した。「何がおかしいの。俺怒ってるよ。何でこんな縁起でもないたられば話すんの。じゃあ兄貴は俺が誰か殺しちゃったらどうすんの」
「お前はそんなことせん」
「ほら、そうなるじゃん。俺だって一緒だよ。俺真面目に答えたのに。その答えで良いのなら、俺だってそう答える」
「ロナルド」
ヒヨシは体を離し、ずっと屈んでくれていた弟をやっと解放してやった。ロナルドは会話の内容からか不満そうに眉を寄せていたが、背を伸ばすと、ヒヨシの次の言葉を待った。ヒヨシは言った。「この間のな、ドラルクに話してもらったおとぎ話、あるじゃろう」
「え? う、うん」
「あのおとぎ話に出てくる赤い目の鬼を探したい」
「え」
「俺の仕事に首突っ込ませて悪いな。じゃが、どうしても
……
」見つけたい。見つけてやりたい。探し出して、謎を解き明かしたい。自分は元来、きらりと光るものに目がない。金も女も酒も地位も、きらきら光ってはいたが、そのどれもは、仕事を完遂したからこそ手に入れられた報酬だ。ヒヨシは自分のことを欲の強い男だと、正しく認識している。この闇と泥の詰まった事件に片足を突っ込んだ、突っ込んだからには、その奥にある真実の光を得なければ我慢がならない。そして何より、ヒヨシにとって一番の
きらり
・・・
が、この弟の純粋無垢な眼差しだった。ヒヨシはもうずっと、この瞳を裏切ることができない。「おそらく、生きとる。本人には会えんでも、そいつが本当におとぎ話通りのことをしたのか、それが知りたい」
「
……
知って、どうするの」
「そいつが今でも悪い吸血鬼なら、捕まえる」
そうして善悪を問わず、今でも弟のことを大切に思っているのなら、ふたりを絶対に会わせてやる。
エゴだ。
次郎はそれを望んでいない。
だからこれは正真正銘、ヒヨシのエゴだった。次郎には寿命がある。そしてそれは、自分の定年か殉職よりも、早くに訪れるかもしれないのだった。
大事な弟が全てを抱え込んで死んでしまいそうになっているというのに、兄は一体どこで何をしている? 転化させ、ともに生きようとしたほど、弟に酷いことをした人間をすべて殺してしまうほど、執着していたはずなのに。
まさか本当に、既に死んでしまっているのか?
何にせよ、ロナルドの言った通り、まずは事実確認だ。
「
……
悪いな、ロナルド。またドラルクにも協力してもらえるか」
「う、うん」
「はー、今回はあいつに頼りっきりじゃな。吸対として情けないが、吸血鬼の手も借りたいほど、人間の手にゃ限界がある」
「う、
……
うん」
「ドラルクのおふくろさんからは、まだ?」
「う、」ロナルドは俯き、「
……
ごめん」と小さく謝った。「その、うん、まだ。あいつのおふくろさん、忙しくて
……
」
「俺が無理に言っとるんじゃ、そんな気にせんでええ。じゃが、何か進展があったら、すぐ知らせてくれ。こっちの都合ばっかで本当にすまんが
……
この詫びは必ず」
「ううん。分かった」
ロナルドは頷き、ヒヨシの目を真っ直ぐ見つめて言った。
「何かあったら、すぐに知らせる。俺はいつでも、
……
隊長さんの味方だから」
七
ドラルクが目を覚ますと、既にロナルドは仕事へと出ていた。
リビングの冷房の温度が高めに設定されている。夜になると、もうそこまで暑くはなくなっているらしい。そろそろ汗くさゴリラも見納めならぬ嗅ぎ納めか、いや、あのゴリラは冬でも新陳代謝えぐかったな、思いながらドラルクが身支度を整え、さて今日はまず何しようかね、と一緒に起き出してきた可愛い使い魔を抱いて予定を立てる。牛乳を切らしそうだから買いに行かないと。そろそろ、そうめんの時期も終わりそうだからそうめんも買ってくるか。夜食はそうめんと、あと若造はどうせ肉も食べたいだろうからおかずとして豚肉の──いや、そうか。ダメだ。ドラルクは手に取った買い物袋を元に戻す。今日は客人が来る予定になるかもしれなかった。ということは、先に掃除をした方がいいかもしれない。毎日掃除しているので特段しなければならない箇所もないのだが、吸血鬼として、客人はきちんとした部屋でもてなしたい。まあ客人というより、身内の身内みたいなもので、しかも今回ばかりは仕事相手みたいなものだが。
ロナルドの兄、吸血鬼対策課の一隊長であるヒヨシが、今夜は来る、はずだ。
「ロナ造のやつ、ちゃんと連絡したのかね」
ドラルクがぼやくと、肩に乗ったマジロが同調するようにヌーと鳴いた。
昨晩、ドラルクの母ミラからようやく返事が送られてきた。
息子が何やら調べものをしていると理解した彼女は、ミラらしい、情報ごとに分かりやすく纏められたデータファイルまで送信してくれた。返事が遅れてすまない、最後にはその一文があり、その言葉がファイル送信から何分も経っての返事だったため、ああ、何かもっと言おうとして──たとえば、母親らしい挨拶(最近ちゃんと食べているのか)だとか、こんな古臭い事件を掘り起こしたことへの疑問(何か危ないことに首を突っ込んでいるんじゃないだろうな)だとか、何かあったらすぐに言うように(何もなくてもお前の様子は気になる)だとか──を送ろうとして、止めたんだろうな、とドラルクは察する。何せ二百八年、ドラルクはミラの息子をやっているので。母親の不器用な気遣いを正しく理解している。
ドラルクは昨晩、ミラから渡された情報をロナルドに渡している。
そうしてロナルドは、寝る前に携帯を持ち、兄貴に連絡しなきゃ、とぽつりと言っていた。夜明けが近かったためドラルクはほとんど棺桶の蓋を閉じていて、でも内容的に直接会った方がいいんじゃない、とアドバイスじみた言葉を返すと、ロナルドはまた小さくうんと言った。呼ぶなら時間を教えるんだぞ、とそれだけ念を押して棺桶の蓋を閉じきってしまったのだが、そういえば、ロナルドはきちんと兄に連絡を取ったのだろうか?
あのロナルドが、兄の欲しがる情報を手にしてそのまま隠し持つとは考えにくい。
だが、内容が内容だった。
あの寺の吸血鬼と、ヒヨシが探しているであろうおとぎ話の吸血鬼は、同一吸血鬼だ。
ミラから送られてきた資料にも吸血鬼の本名は載っていなかったが、それは彼の名が悪用されるのを防ぐためだろう。
タロウは過去、七百年昔に自分の一族を全員殺してしまっている。それが確定的な殺意だったのか未必の殺意だったのか、それとも完全なる事故だったのかは分からないが、事実、彼の原罪として日本吸血鬼の歴史に刻まれているらしい。
彼の能力は、彼の名前を三度唱えることで発動する。吸血鬼“災いを呼ぶ名前”それが彼の謂わば通り名だ。
ヒヨシが知りたがっていたおとぎ話の事件は、原罪から二百年後、今から五百年前に起こったことだ。
ドラルクがわやわやと説明した内容と概ね一致しており、タロウは、自身が転化させた人間を村人に殺されたため自分から全員殺した、とその数百年後、ミラが担当した裁判で自供している。彼の弟は──彼の名前を呼ばなかった。呼べば助かったかもしれないのに、それをしなかった。タロウは悲しみ、怒りに狂い、そして百五十一人の村人を手にかけたのだ。
あの寺はタロウの監視役として宛がわれた施設のようなもので、以来、タロウはずっとあの寺に住んでいる。
ロナルドはこれらの情報を、きちんと兄に伝えただろうか?
常なら、すぐに連絡を取っただろう。しかし今、あのお人好し退治人はタロウにかなり感情移入している。兄に言うよりも、直接タロウに事実確認を行うぐらいはしそうではある。
「いや、まさかな
……
」
ドラルクは自分の考えに首を振り、携帯を取り出した。本当なら門外不出の情報だろうに、ミラはドラルクとロナルドを信じて送ってくれたのだ、もう一度礼か、それとも今度会う約束ぐらい取り付けてもいいのかもしれない。それか、上手い具合に父と母を会わせてやるか。うん。それがいいな。ドラルクは仕方ない気持ちで笑み、ミラとのメッセージ画面を開いて、そして、今朝追加で送られてきたらしい文章を読んで硬直した。
「
……
待て、待て。待て」ドラルクはミラからの追記と、自分の考え、そしてロナルドとヒヨシのことに思考を巡らし、「どうしてこういつも目まぐるしいことになるんだ。ああクソ、楽しいな」と苛々と吐き捨てた。楽しくはなさそうだ。肩に乗ったジョンが、ヌンは待てるヌ、とドラルクを気遣って頬に鼻をすり寄せてくる。そうだね。ドラルクはそれで落ち着き、「きみだけだよ。私の時間に合わせてくれるのは」と小さな頭を指先で撫でやってから息を吐いた。だから、急がなくてはならない。今回はロナルドの時間に合わせなければ、きっととんでもないことになってしまう。
ロナルドはこの情報を知らない。
ヒヨシはどこまで知っている? ドラルクはそのまま指を滑らせ、とうとうヒヨシに電話をかける。コールは六回で済んだ。『はい、』
「あ、もしもし隊長さん? ドラルクですが。今大丈夫ですか? 大丈夫じゃなくても構いません。今夜何時に来ます?」
『な、何じゃ不躾に。今夜?』
「ああ」嘆息。「もしや、ロナルドくんからお話がいっていない? そうでしょう。あのバカ造
……
」
『どういうことじゃ。何かあったのか?』
「端的に言いますと、あなたが探している吸血鬼の居場所を我々は知っています」
『何ッ? いや、じゃがあいつ、そんなこと昨夜は一言も
……
』
「昨夜? 昨夜会ったのですか?」
『あ、ああ。夜明け前に。赤い目の鬼の情報が必要でな、協力を頼みに』
「うわ。リーチ」
『は?』
「そこでお兄さん、何か言ったりしませんでした? 赤い目の鬼を見つけてどうするおつもりで?」
『悪い奴じゃったら捕まえる』
「ビンゴ」
『何の話じゃ』
ドラルクは言った。
「あなたの弟が、その吸血鬼の弟にされそうって話ですよ」
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